第7話

後ろになにかいる、


ずっと俺の背後に張り付いて、ずっと俺を見張っている。



俺は直感的にそう感じた。



しかし、つり目の生徒はそんな俺に再び近付き、今度は先程とは反対側の耳の後ろを人差し指でスっとなぞった。



「のぉわああああ!!だから何すんだよ!?やめろ!気持ち悪い!!」



「ハハハッ!お前がぼーっとしてるからだろ?良いから喋れ。お前は何しに来たんだ?」



つり目の生徒は、そう茶化すように笑いながら、俺の耳たぶを掴み、時折ぷにぷにと指で摘んだりした。



「俺は……コーチの…家に…」



「?コーチ?お前のコーチ、鬼なのか?」



「?鬼?ああ…それくらい怖いけど…」



「ふーん?で、ここ、お前のコーチの家なの?」



「あ、いや…俺はコーチの家なんて知らない」



「じゃあ、なんでここに来たんだよ?包丁なんて持って」



「わからない…だけどここに来なきゃいけなかった…ここに、コーチの奥さんと子供がいるって…」



「だから?」



「だから…"殺さなきゃ"って…」



「なんで?」



「…そうしないと持ち出せないから…」



「なにを?」



「なにを…?わか、らない…さっきまで持っていた"ソレ"を…ここから持ち出さないといけなくて…その為に2人を…」



「その2人が邪魔するとでも?」



「……いや…でも、いなくても不都合はないって…誰も俺を責めないって…」



「だから殺すって?」



「………あと、…コーチが悲しむから」



「ふーん、お前、そのコーチのことそこまで憎んでるの?家族を殺すほど?」



他人の口から改めてそう聞かれ、俺は一瞬ハッとした。



「違う…そんな…そこまでじゃない…だけど…」



「だけど?」



「なぜか…なぜか"そうしないといけない"と思ったんだ…確かに不満はあったけど…人を殺すほどのものじゃない…だけど俺…なんで…?」



この時の俺は、ついさっきまでの自分の精神状態を自分自身で測れずにいた。



そして、つり目の生徒が俺の耳たぶをぷにぷにと摘む度に、不思議と恐怖心が薄れ、次第に自分が何に対して怯えていたのかも分からなくなった。



「まっ!いいさ、お前もう帰れ!その角曲がればすぐにお前ん家だから」



「いや、そんなわけ…」



「いいから!」



俺はつり目の生徒にやや強引に背中を押されながら歩き、角を曲がるとそこには本当に自分の家が立っていた。



「え…なんで…」



呆然とする俺に、つり目の生徒は最後にパンパンと俺の肩を強めに叩いた。



「いって…」


「まあ、他人任せの人生も良いけどさ、そんなんじゃいつまで経っても月は手に入らないぜ?」



「つき…?」


「まっ、俺には関係ないけどな!じゃっ、俺は用あるから」



そう言ってつり目の生徒は来た道を走って戻って行ったが、しだいにその後ろ姿は形を変え、茶色い毛の大型犬になってしまった。



「んん!?」


俺は驚きの余り、目を擦ってもう一度見返してみたが、その時には既にその犬の姿は無かった。

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"なぜ"かそうしないといけないと思った。 椿 @Tubaki_0902

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