『桜ノ少年(ブロッサムボーイ)』

「竜一は時雨さんが、すきなの」


何処までも青い空の真下


薄桃色の花弁が風に揺られて踊る中

中学二年生になったばかりの長谷咲良(はせ さくら)は二つに分けた三つ編みを肩に揺らしながら美少女を見て惚ける隣の少年、遠山竜一(とおやま りゅういち)へ問いを投げかけた


「へ!あ⁉︎別にそんなつもりは⁉︎」


幼馴染の彼はその問いかけに少しばかり驚いた様子で、幾ばくか手を振ったり視線を泳がせたりと

少々慌てた様子であったが、最後には観念したかのように小さくコクリ、と頷いた。


「…うん、すきなんだと思う」

「なんだと思うってなに、男ならハッキリしなさいよ」

「だって、好きって言う感情がまずよくわからないし」

「じゃぁ、どうしてそんなに熱心にほぼ毎日見てるのよ」

「その、彼女の笑顔が…目が離せないっていうか、妙に綺麗過ぎて」

「惚気じゃないの」


「違うんだ。惚気とかじゃなくって、上手く言えないけれど、なんだか彼女の笑顔は美しすぎて、いつか壊れてしまいそうで、なんだか放っておけない気がして、本当にただそれだけで…!」


「はいはい、曖昧な返答をする男は嫌がられるわよ」



咲良は大仰に溜息を吐いた。

桜の花弁が風に揺れて雪の溶けた水溜まりの上に落ちた。

向こう側の桜の下で佇む彼女、時雨鳴子(しぐれ めいこ)は同性の咲良から見ても美しい


そんな彼女を眺める竜一の瞳は、憂いを帯びている。そのことにきっと自分でも気づいていないのだろう。

馬鹿らしい。馬も鹿も食わぬ、甘ったるい恋である


「馬鹿も、おっちょこちょいなりに頑張りなさいよ」

私もそれなりに応援してあげるわ、ほら、彼女の元に行きなさいよ、早速アピールできるチャンスかもしれないわよ



無理に作った元気な表情と声音で笑えば、竜一は「ありがとう」と言ったきり、桜の下に佇む彼女の元へ足を運んでしまった。


そんな竜一を眺めながら咲良は微笑った


「消してしまいたいな、こんな私の気持ちなんて」


幼い頃からずぅっと一緒にいた幼馴染、気がついた頃には竜一へ恋心を持っていた。でも、それも、もう散ってしまったのだ


鹿も馬も食わぬ初恋だ。咲良はそんな初恋を咀嚼して、すぐさま吐き出した

竜一を見届けた後、思惑その場で蹲る。


本当、随分アッサリとした終わり方


「恋って、甘ったるいものだと思っていた」


殊更、綺麗に咲き誇っていた桜の花弁が一枚、水溜りに落ちて沈んでいった気がした。




少しばかり時が経ち、気がつけば学年も中学三年生に上がっていた。

そんな四月の中旬頃のこと



咲良は授業開始のチャイムを遠くに耳にしながら、鼻息も荒いまま、嫌な顔を隠しもせずに学校の裏庭へドスドスと足を運んでいた。


新しい年度に変わり、始業式も無事に終えた

中学三年生の今、本格的な受験シーズンへと入る。

...つまり受験生となった咲良もキチンと勉強しなければならない


「…なのに、あの馬鹿ときたら!」


更に時を少し遡ること数十分前ー…

昼飯を食べ終わり、真面目な咲良は次の授業に備えて予習をしようとした


その時、机の引き出しから国語の教科書の中に付箋の如く一枚のメモ帳が国語の教科書に挟まっているではありませんか


...因みに全く身に覚えのないメモ帳である。怖すぎる。咲良は徐に不信感を抱き始めた


(...何これ?)


嫌な予感と共にそろりと細目でメモ帳を除けば何やら文字が書いてある


(...誰かの私物が紛れ込んだ、とか?)


誰かの私物が紛れ込んでしまったのなら返す他ない。疑問に思いながらもメモ帳のやたら達筆な文字へ目を通せば『校舎裏の桜の大樹の根本で昼寝してる。午後の授業はサボるから先公によろしく』とのこと。


「...」


嫌な予感というものは的中するものだ。


教科書の名前欄を見てみれば『秋田秀一(あきた しゅういち)』とのこと


「あいつ!」


ガタリ!と音を立てて椅子を後ろに倒すような勢いで席から立てば、周囲から驚かれてしまった。悪いことをしてしまったと思い「急に騒いですみません」と控えめな会釈を一つ


メモ帳は挟んだまま奴の教科書を小脇にスタスタと歩く。



所謂、嬉しくもない呼び出しというやつである

否、ある意味では喧嘩を売っているのだから果し状になるのか、嬉しく無いな


そんな事を頭の片隅で考えながら、咲良は校舎裏に足を向けた。



「ヤッホー、可愛い呼び出し人の秋田秀一くんダヨ」


「喧嘩を売ってるの?買うわよ?買わせなさいよ」

「うわー、マジギレじゃん、長谷の怒りの沸点低いな」

「黙らっしゃい」

「そんなに怒ってると将来若くして禿げそうだな」

「黙れ」


裏庭、地域よりも幾分か早咲の桜の大木の真下、現在、咲良まで授業をサボって今に至る


「呼び出したと思ったら、授業サボり予告とはいい度胸じゃない、急になによ」

「いや、いつも無断でサボってたから、偶には予告でもしてみよっかなーと」

「予告もなにも先ずは授業をサボらないでくれる?」

「長谷も結局授業サボったんだし、オーケーオーケー」

「オーケーオーケーじゃないわよ」


長谷は『全くもう』と呟きメモ帳を教科書から取り出した。

くしゃくしゃに丸めて呼び出し人である秋田秀一ー…こと授業サボり魔常習犯の秀一へ勢いよく投げつけた。

全く痛そうにしていない、大木の真下で寝転んだまま気怠そうにしている秀一に徐々に怒りが募る


大分イラッとくるけど我慢、我慢よ長谷咲良…そう咲良が自身に言い聞かせていると、漸く呼び出した当人、秀一が面倒くさそうに口を開いた。


「で、メモ帳に書いてあった話だけど」

「授業をサボるっていう内容よね?」

「もうなんか面倒臭いから、単刀直入に言うわ」

「会話のキャッチボールって言葉を知ってるかしら」

「知ってる知ってる」


秀一が億劫そうに桜の大木から身を起こす。

長谷の前に秀一が立つ。距離、一メートル


秀一を見上げる。その時意外に秀一の背が高いことを、この時長谷は初めて知った気がした。


「俺と付き合って」

「…何処へ」

「何処へでもねぇよ。あ…返事は要らねぇから」

「…雑な男だこと」


桜が舞う

台詞だけ切り取ったら、秀一は顔が良いから(咲良は地味な顔なので、地味な女子生徒に遊び半分揶揄い半分で告白する、というようなシチュエーションにも見えるかも、だ)映画のワンシーンにでもなるかもしれない、ぼんやりとした頭で何気無く咲良は思った


「今まで通り接してくれると助かる。じゃ、またな」

「何で、伝えたの」

喉に声がつかえる。いつもならベラベラと小言が口をついて出るのに。長谷は唾を飲み込んだ。秀一が気怠げに頭を掻く

「好きだと思ったから」

「単純ね」

「目の前に居る誰かさんと違って、俺は素直な奴なんでね」


『こんな呼び出し方をする時点で、お前も立派な捻くれ者だろう』と咲良は思った。秀一は「じゃあな」と一言、何処かへ行こうと足を踏み出した。


逃すか


咲良は少しばかり腹が立っていた。己の感情を掻き乱す秀一に対しても、捻くれた考え方しか出来ない自分にも。


秀一がくれたものはよく分からない果たし状と、ついでに、よく分からない雑な告白


ならば咲良はこの男になにをくれてやれるだろう?


少しの間、逡巡して、それから咲良は悪戯っ子の様に口角を上げた


咲良が授業サボリ魔常習犯で問題児で、どうしようもない捻くれ者の秀一にあげられるもの、それは


「秋田ァ!」

「…んだよ」

「返事はいらないんだったら、これ、持って行きなさい!」


秋田の左手を取る。意外に大きい手をしている。そんな些細な事に少し驚きつつポケットの中に偶々入っていた飴を取って、乱雑に掌の上に乗せて握らせる


心臓はバックバク脈打っている


「…飴?」

「桜の味がする飴!き、期間限定味の飴なんですって」

「なんで今、飴?」

「その飴がっ!さっきの返事!私の答えだからよ!」


柄にもない事をしているなと自覚はある。咲良は頬を淡い朱に染めた。


「一ヶ月、前の今日!三月十四日は、ホワイトデー!」

「...それで?」

「ホワイトデーに飴を贈る意味!ここまで言わせておいて、…恥ずかしい!飴の意味とかその辺については自分で考えなさい!それが私の、答えだから!」


今日は四月十四日、先月の今頃は三月十四日、ホワイトデーだ。飴をプレゼントする意味は『あなたが好きです』ということ。


恥ずかしい。ただただ恥ずかしい。こんな捻くれた返事しか出来ない自分にも

(でも、秋田は返事は要らないって言っていたし...!)


秀一は少しばかり頭の上にハテナマークを飛ばしていたが、意味が分かったのか「...捻くれ者」と吹き出した


珍しく笑った秀一が可愛く見えるのはきっと偶に落ちる桜のせいだ。咲良は気恥ずかしさを吹き飛ばす様に「別にいいでしょう!」と言った。精一杯の見栄だった


「その、返事は要らないって言われたし、これくらいしか返し方が思いつかなかったというか...!」


「真面目すぎるっつーか、難儀な性格してんな、アンタ」


「秋田が不真面目過ぎるのよ...!」

「...可愛くねーし、本当に捻くれてるし、意味がわかんねぇ女」

「...アンタも大概捻くれ者でしょうが」

「それでも、やっぱり長谷の事が好きだわ」


捻くれ者同士、付き合おうか


そう口にしたのは一体どちらだったか。もうどうでもいい気さえする

咲良は咲った。珍しく秀一もまた咲った



裏庭には桜の木が何本か植えられていて、この春の穏やかな気候の時期になると、満開な花を毎年咲かせる。

『私はここにいるのです』とまるで主張をするように。


大きな桜の大木がある。そんな桜の下、五月初旬、春麗、授業をサボタージュして会話をする友人のような恋人二人組がどうでもいい話に花を咲かせている。


「ねえ、秋田、何か香水でもつけてる?」

「あ?つけてねぇけど」

「甘ったるい、桜みたいな匂いがするわよ」

「…それを言うならお前もだろう」


「私は不良と違って派手に匂う香水なんてつけてまーせーん」

「授業を何回かサボってる時点で大概お前も不良だろーが」

「…未だ数回なのでセーフです」

「アウトだろ」

「…セーフよ、セーフ」


訂正、案外、やっぱり恋は甘ったるいものかもしれない


満開の山桜が美しく、ふわりと優しく宙を舞った気がした。



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純情純愛物語シリーズ 宙彦(そらひこ) @so_nora9210

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