『青春空振り三振サヨウナラ』

「知らないふりをしていたんだ」


白い息を吐きながら、遠山虎白(とおやま こはく)は言った

その隣にいた長谷ちゆり(はせ ちゆり)は大きな目をぱちり、と瞬きをひとつ聞き返す


「なに、とらじろー、急にどうしたの」

「虎白(こはく)だバカ!人の名前くらいちゃんと覚えろ!」

「あ、やっぱり名前のことだったんだ」


ぽこんっ、と虎白がちゆりの頭を肘で軽くこづけば、ちゆりは『あでっ』と口にした。対して痛くもない癖に。

虎白はむっすぅとした表情で、唇を尖らせちゆりを見るが、ちゆりは目前の鯛焼きに夢中なようで、素知らぬ表情でカスタードクリームの鯛焼きを頬張っている。


「別に良いじゃん、渾名の訂正なんて今更、とらじろう、語感もいいかんじだしさ」

「良くない!初対面からずっとトラジロウトラジロウ言われる俺の身にもなってみろっ!周囲からもトラちゃんトラちゃん言われて、俺は男はつらいよのト◯さんか!」


「格好いいじゃん、ト◯さん」

「だから本名で呼べと…!」


がっくし、思い切り項垂れれば、ちゆりが『渾名っていいよねぇ』なんて微笑みながら宣う始末、どうやらこの幼馴染に常識とかいう言葉は皆無らしい。なんだかもう全てがどうでも良くなってきたぞ。

否、良くなってはよくないのだが。


ぴたり、虎白が足を止めれば、三歩程歩いた先できちんと振り返るちゆり、こういうところが憎めないんだよなぁ、と思う。

相変わらず鯛焼き頬張ってるけど、クリームが口の端についてるけど


「俺、知らないふりをしてたんだよ」

「えっ、名前の呼び方じゃないの?」

「ちがう」

「…何を?」

「自分の気持ち」


虎白は意気地が無かった。

だから今迄仲の良い幼馴染の関係を維持したくてずっと我慢していた。


気づかぬフリをしていた。


ちゆりは目線を虎白から少し逸らすと、温い鯛焼きを頬張りながら「ふぅん」とだけ相槌を打った


どうでもいいらしい、我関せずといった感じだ。


しかしなんだかんだ最後まで話は聞いてくれる辺り、この幼馴染は御人好しというか結局面倒見がいいのだろう


「とらじろーはどうしたいの?」

「言いたい」

「えぇと、…何を?」


2度目の少し戸惑ったような『何を?』の問いかけに『告白だ』と答える


隣で鯛焼きを頬張っていたちゆりが動きを止めた


空振り三振サヨウナラだったっていい。


何故なら、この幼馴染には云わなきゃ何も伝わらないから、それくらい鈍感な奴だから


ちゆりの口元についたカスタードクリームを、寒さで悴んだ指先で拭う。


伝わるだろうか、伝わらないだろうか、もうどうだっていいや


「その目の強さが好きだった」


「…とらじろう」


「…なんだよ」


「だったって、なんで過去形なの?」


「あ?」


疑問符を浮かべた。

言葉は選んだ。好きな人に告白する時の台詞だって、兄から借りた少女漫画から抜粋したものだ。自信はあった。ちゆりと自分の仲だし、仲がいいし


…仲が、いい?


「ちがっ!ちゆり!そういう意味じゃ⁉︎」


「別に良いんだけどさ、とらじろうが目からビームを出しても、私がその強さに負けても、またガン飛ばすし」


「あっ!駄目だ何にも伝わってないっ!」


気づいた時には時既に遅し、虎白は頭を抱えた。

ちゆりは良い意味でも悪い意味でも鈍い人間だった。

変なところでコイツは察しがいいからと、虎白の気持ちを、好意を察してくれるのではなかろうかと甘えていた節はある。正直否めない。

然し今回ばかりは『幼馴染』という仲の良さ、気心の知れた相手という間柄、大体なんでも言えてしまうという距離感


…虎白はちゆりの『恋心ゾーン』にすら入っていなかったのだ


あまりのショックに虎白は懺悔した


「…ごめん、穴に入って埋まりたい」

「なんで謝るの⁉︎えぇ…、なんかよくわかんないけど、これ食べて元気出して?」


握らされたものは鯛焼きの入った袋、紙袋に入っていて、少し冷めてしまっている


(諦めるしかねぇのかな…)


気分はさながら緊張という名のマウンドに足を踏み入れ、バッターボックスへ入り、飛んできた豪速球の変化球に臨機応変に対応することも出来ず、ただ我武者羅に勢いよくバットを振ったら、当たったはいいものの、変な方角へボールが飛んでいってしまった気分だ。


「とらじろうも食べてみてよ!元気出て目からオーロラ出ちゃうから!」

「どんな鯛焼きだよ!」


ガサッ、突っ込みを入れながら紙袋を見遣れば、先月末あたりからちゆりが『食べたい』と駄々を捏ねていた冬季限定販売のプレミアム鯛焼き、幻のミラクルシャインオムそばたい焼き味だった。


「おいこれ!ちゆり!」

「とらじろうの目がね、輝いてる時が凄く好きなの」


『だから食べてね!』そう言って家路へ向けて走り出した暴走ウサギは止まる事を知らない。


「…まだ、諦めなくても良いのか?」


あの食にうるさい、自由気ままな何にも囚われない暴走ウサギが、これをくれたという事は、未だ自分に望みはあるということだろうか。


「期待しちゃうだろうが…」


バカ…


自分の想像していた以上に乙女なコメントが脳裏に浮かび上がって、虎白は思わず顔を覆った。


因みに期間限定の鯛焼きは目からオーロラが出るほどでは無かったが、目を見張るほど美味しかった。

後に虎白がちゆりにそう告げれば『じゃあ今度はとらじろうが私に奢る番ね〜!』と返された。解せぬ。



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