『天邪鬼な猫は 暴走兎に希望を観た』


「畜生っ!馬鹿野郎!姉のっ、糞野郎‼︎」


畜生!と声を荒げながら、我武者羅にただ只管走る


辺りは夕景、もう少し刻が過ぎれば月が空に浮かび、この辺りの浅い海岸付近も宵闇に包まれてゆくのだろう


走る為に裸足で砂を蹴り上げれば、小さな粒が空中に跳ねて飛んだ


気がつけば長い時間を走っていたらしい


猫耳 巴(ねこのみ ともえ)は荒くなった呼吸に一つ間を入れ、ザブンと大きな音をひとつ、思い切り海辺へ身を放り投げた。


(もうどうでもいいのだ。泡沫となって消えても)


思えども、現実は案外冷たい


生温い水温に誘われるように、巴は瞼を伏せた。重力は浮力となり、ぷかぁ、と身体は水面に浮かんだ。




「いったいなぁ」

心が


からっとひとつ乾いた笑みを零す、らしくもない、眦にたまった水滴が逆らうわけでもなく水面に落ちていった。




昨年の初夏のことだ


桃の色をした桜が散って、新緑が徐々に街に広がり始める季節

中学二年の夏に陸上の大きな大会があった。


大会の為に巴も滅多に参加しない部の朝練に参加し、部活仲間と共になんだかんだ愚痴を溢しながらも懸命に走っていた


走ることが楽しかった


しかし大会前の二日前のこと、不幸が起きた


巴が大怪我をしたのだ


路上でトラックに轢かれそうになっている猫を助けた


綺麗な青い眼をした灰色の猫だった


身を挺して庇った猫は宵闇へ溶け込むように足早に駆けていった


ホッと安堵の息を吐く、良かった。助けられた。しかしそれも束の間の時であった。


「巴!大丈夫⁉︎」


耳をつん裂く親友の声

「大丈夫だ」と足を動かそうとした、刹那


「え?」


感じ始める痛み、徐々に痛みを訴え始めた脚を視界に入れる。


ー血が、ついているー


「いたっ」

「巴、落ち着いて、救急車を呼ぶ!」


脚が痛い、踵が痛い、痛い、誰か、だれか、たすけて


混乱で真っ白になる頭と、徐々に遠のいてゆく意識、世界


猫を助けたことは、間違いだったのだろうかー...


そんな事を考えながら、親友の切羽詰まった声と、人々の喧騒を耳にしながら、巴は意識を手放した



「んぃ...」

「巴!目が覚めたのかい⁉︎」

「ここ、何処...?」

「病院だよ、今は夜の八時...を少し過ぎたくらいかな、事故に遭って、早急に手術になったんだよ」

「...事故、手術」

「部分麻酔とはいえど意識も混濁しているんじゃないか?」

「たぶん、そうかも」


色々やってくれたのだろう、親友の顔色は少しばかり悪く見えた。何だか申し訳なさが募る。

親友ー...犬尾千里(いぬお せんり)は陸上部の親友だ

「全く、巴は考えも無しに行動に走る傾向がある」

「...ごめんて」

「ごめんで済んだら警察は要らないからね」

そう言って巴の頭にチョップを落とす千里は優しい。あまり力が入っていない事がその証拠だ。


「今、先生に報告してくるから、大人しく待っていて」

「りょーかい」


ぷらぷら手を振って病室を後にする千里を見送る。

何となく目のやり場がなくて足を見る

包帯ぐるぐる巻きの固定状態である。今年の大会で走るのは無理そうだな、と何処か冷静な頭で思った。

なんとなく窓に目をやる。

どうやら此処は千里の言っていた通り病院で、自分は手術を受けたらしい


大方、千里が早急に手配した先の病院だろう。本当によく出来た親友である。後で礼を言わねば


「目が覚めたんだね」

「あ、はい」

気づいたら、横に主治医らしき人が居た。影が薄いのだろうか、全く気配に気づかなかった

「私、飲み物買ってきますね」

「私、イチゴミルクがいい」

「自分で買ってこい」

「ケチ」

「まぁまぁ」

おどおどした主治医に宥められ、千里が席を外した後、一通りの説明を聞く


「リハビリをすれば周りの人々と同じように歩けるようになる、リハビリを、もっと頑張れば走れるようにもなる。けれど...単刀直入に言うと、もう選手に戻ることは諦めたほうがいい」


あー、そうなんだ、そうですよね


驚きすぎると人間の脳は何処か冷静になれるらしい


巴は主治医からされる説明をどこか他人事のように受け流して聞いていた。

「...そういう事で、親御さんにも御連絡をしたから、時期に迎えが来ると思うけど」

「あ、はい、ありがとうございました」


巴は主治医が去った病室で少しだけ泣いた。千里が帰ってきたら如何しよう、どうやって誤魔化そう、そんな事も考えたが、思い切りはしれなくなる事が悲しくて、無理だった。考えられなかった。


巴は少しだけ猫を恨んだ


迎えに来たのは両親では無く姉の創(はじめ)だった

「...」

「...」

「足の具合は、どうなのかしら」

切り出したのは姉からだった

答えづらそうに巴は答える

「...選手としてはもう、走れないって」

「そう、残念ね」

「母さんたちは?」

「母さんも父さんも仕事が入ったって、だから私が迎えに来たのよ」

心配していたわ、そう告げる能面の様な顔をした姉にも、一応感情の起伏はある。少しだけ表情に影を差していることがそれを物語っている

きっと姉も悲しんでくれているのだろう


「...犬尾さんと主治医の先生から粗方の事情は聞いたわ」

「そうなんだ」

「犬尾さんには私から挨拶しておいたわ」

「...あんがと」

巴は実を言うと少しばかり姉が苦手だ。何を考えているか分からないからだ。

姉は言った

「今日はもう帰りましょう」

「...ん」

巴はただ頷く他なかった



事故に遭って巴の視る世界は一変した。


周囲から寄せられる『同情、絶望、苦しみ』の視線が心にグサグサ刺さるのだ


『猫耳さん、選手として期待されてたのに…』

『大会前に事故に遭って走れなくなるとか勿体ない』

『可哀想に』


密かに囁かれるクラスメイトの声が耳に痛い


(教室、居づらいなぁ)


ホームルームが終わり、部活動の始まりの鐘が鳴った頃合い、巴は小さく溜息を吐いた。

鞄から明日の授業で使う教材を机の中へ入れようとして、やっぱりやめた。それで、鞄のチャックを締め直して紐を肩にかけた


行かなければならない場所があるからだ


しかし、それは巴にとって酷く苦痛なこと


何故ならば、今までの逃げ場所がなくなるからだ


嫌だと叫ぶ自分を無視して、足はそのまま陸上部の部室へ向ける

廊下ではしゃぐ生徒たち、窓から見える部活動に励む子達、全てが巴にとっては仄暗く見える。少し前までは輝いて見えていたものが、今では何故だか灰色に見えた。


手術で巴の足は良くなり、度重なる辛いリハビリを幾度も超え、普通の人のように、元の様に歩けるようにもなってきた。

嬉しいことだ


けれど何処かが痛んだ

きっと心だ。心が傷かったのだろう


少しばかり与太ついた足で、ようやく着いた陸上部の部室の前で何気無く佇んでいると、練習中であった千里が此方に気づいたのか目線をやった

千里は汗だくで、たくさん走ったのだろう。大会を終えた今でも練習熱心らしい。


確か陸上部は大会でも結構良い功績を残したとかなんだかで少し噂になって居たな、そんな事を巴はぼんやりと思った


「あぁ、巴か、久しぶりだね」

「ドモ、少し大事な話があるんだけど」

「…ああ、分かった」

千里は神妙な面持ちで頷くと、陸上部の後輩を一人手招きして呼び出した


…名前が思い出せない、うーん、と巴が唸っていると『一学年下の麒麟 麻百合(きりん まゆり)ちゃんだよ』と千里が耳打ちしてくれた。正直物忘れが激しい分、千里のこういった気遣い屋なところは凄く助かる


「お久方振りです。猫耳先輩」


麻百合という少女は巴の前へ来ると、ぺこりと頭を下げた。随分と礼儀正しい。巴は少し目を見張る

「お、おぉ、麒麟...サン、久しぶり」

「はい、ご無沙汰しております」

「コイツ…じゃなかった、千里を借りて行っていいかな?」

「喜んで、此処は私が引き受けます故」


武士のような話し方をする。不思議な少女だ。


そんな麻百合という少女は巴と千里を見つめるや否や、ホゥ…と眼を細め「あとは私めに御任せください」と親指を立て勢いよく鼻を抑えた


思わず心配になり「体調でも悪いの?」と聞くと「個人の趣味ですので悪しからず」と謎の反応が返ってきた。私はこの子がわからない。


麻百合は次期に陸上部の部員たちへ指示をし始めた


それを見て呆けていると、千里は「麒麟ちゃんは、ちょっと不思議な趣味を持っている子でね、あまり気にしなくていいよ」と少し苦笑気味に言った


「それより、大事な話があるんだろう?」


にこりと笑った千里の背をゆっくりと追いかける

本当にコイツは笑顔を作るのが達者だと何気無く巴は思った。


「で、話って?」


陸上部の部室の中へ入るなり、巴は千里の背中にグシャグシャになった紙を押し付けた


「…次期部長のアンタに託すから」

「冗談はやめてくれ」

「冗談じゃない」


巴は震える声で言った。紙をもう一度強めに押し付けた。


今日は、来年度の陸上部部長でもある千里に退部届けを出しに来た


走れなくなった分、代わりに走ってほしいという想いを託しに来たのだ


「私からのラブレターだから、受け取って」

「…退部届の間違いだろう。まったく…受け取らない選択肢は」

「無いに決まってんじゃん」


走れないし

そんな人が居たって意味無いでしょ


寸前で縋る言葉は飲み込んだ。


「送ってゆくよ」という千里の気遣いを軽く断って、巴は陸上部の部室から逃げるように足を動かした


「どうして、どうして」

思うように動かない脚、前まで自在に動いた『自由の脚』


「かえして、私の居場所」


巴は体育館へと続く廊下の煉瓦の壁に伝って歩きながら、独りで泣いた。


それが中学2年の晩夏のこと



そして少しばかり時は流れ、十五歳になった中学三年生の現在、巴にも可愛い後輩が出来た。


そいつは長谷ちゆりという奴で、中学に入ったばかりの一年生だった

『イルカになりたかった』と意味不明な夢を口に出してまで言う脳内ファンタジーな面白い奴で、好奇心にそそられて皮肉と嫌味を含めて少し話したら...何故か懐かれた



それで、そいつは今、何故か巴の分も背負って陸上部で走っている


面白い話だ、と巴は思う



さて、今日も今日とて、巴は猫のように気ままに生きていた

「未だ起きたばっかで眠いし、ちゆりでも揶揄いに行くかな」

そんなことを欠伸交じりに呟きながら裏庭の桜の大樹から身を起こす

因みに巴は六限目も五限目もサボって此処で眠って居た。


幼馴染の一学年下の後輩から教わったこのサボりスポットは人気も無く教師陣にも見つかりづらい場所に位置しているので最高にくつろげる。

秋田秀一、この場所を見つけたお前は天才だ。教えてくれて(その節は無理やり吐かせたが)ありがとう。


お前は不良としては中途半端なエセ優等生モドキだが、サボり場所を見つけることに関しては最高だよ



春はもう終わってしまったが、春になると綺麗に咲くんだよなぁ、この桜の樹、なんてぼんやり思いながら、巴が身を起こした時、姉からメールが届いて居た


「…なに」


相も変わらず巴は姉が苦手であった


能面のような顔はやはり何を考えているか分かりづらいし、何をしでかすか分からない、と言うのもあるが


やはり一番は『姉がものづくりの天才』で自分は『失敗した欠落品』であったからかもしれない。


億劫に体を起こし携帯を開く


実際学校に携帯は持ってきてはいけないのだが、この携帯は姉が『好奇心に駆られてつくってみたけど、出来栄えが微妙で納得できなかった。でも一応メールのやり取りはできるし折角だし使えば?』みたいなノリでくれた意味不明な携帯なので、携帯と言って良いのかすら怪しい。


キャリア会社その他諸々は大丈夫だったのだろうか。巴には姉の思考回路も常識も色々と理解し難い。




まぁ、そんな姉の発明品のひとつである携帯は家族専用で使っていて

よく使用している携帯は別の端末で使っているので安心してほしい。


「暇つぶしに持ってきたけど、なんの要件…?」


堪え切れず欠伸をしながら見やれば一行と一枚の写真が送付されてあった


それを見た瞬間、巴は血の気が引くような感覚を覚え、怒りの衝動を抑え切れず急いで裏庭の校門を跳んで出ると、息を切らして駅の方面へ走った。


メールの内容は

『彷徨いていた。かわいいわ』という簡潔な内容と共にあの時助けた猫、網膜に焼き付いて離れない、あの青い色の瞳に灰色の猫の姿の写真が送付されていた。


映っていたのは『事故に遭った時に助けた灰色の猫』だったのだ。


姉はきっと、映っている猫が、事故のトリガーとなったその猫だという事を知らない


だからこんなメールが簡単に送れるのだ。


けれど、けれども


「ほんと、何を考えてんの!?」


見間違えるはずのない

青い眼をした灰色の猫



嗚呼、お前には何の因縁があるというのか


姉よ、デリカシーという言葉を何処かへ置いてきたのか


置いてきたのか、そうだよな。一応事故に遭った後、灰色の猫を助けた話はしたもんな。


「...」


巴は憤慨した。そして、荷物もそのままに携帯を片手に学校の敷地内を飛び出し、気がつけば近所にある海へ来ていたのだ



「クッソ‼︎」


そして現在に至る


巴は浅い海辺に寝転がりながら『痛い』と限界を訴える左足の踵を思い切りバシャンと水面へ打ち付けた


自分を褒めてやりたい


帰宅して一度、胸ぐらを掴んで姉に殴り掛かってやりたかった。

「なんてものを送りつけたのだ!」と


その衝動を抑えた自分を褒めてやりたい


嗚呼、私はよく耐えたとも


実際、事故に遭って以来、創とは以前よりあまり話さなくなった。


否、話しづらくなったという方が正しいか。それは巴の姉に対する劣等感も起因しているであろう。


「...しかし」


今回は『トラウマの猫の写真』

コレばかりは許し難い


しかし巴が憤怒すれば、更に姉は憤慨するだろう。創は、姉はそういうやつだ。


でも、巴にも譲れないものくらいあるのだ。




『姉がものづくりの天才』で自分は『失敗した欠落品』という言葉がふと頭を過る


創は才能がある。努力をして、才能を更に開花させた。だから『ものづくりの天才』

比べ自分はどうだ。努力して、事故に遭って結果、あったかもしれない才能を捨てた。


だから、悔しいが巴は『失敗した欠落品』なのだ


「悔しいんだよ…クソが」


『自分も何か成果を出さねば、成し遂げねば、存在を認めてもらえない』いつの間にか、事故以来、気がつけば巴はそう考えるようになっていた

一年経った今では元のように歩けるようにもなった。走れるようにもなった。しかし、心に出来た大きな穴は中々埋まってくれなかった


踵に出来た傷が痛む。これでは家に帰れるだろうか


もーどうでもいいか


そんな時だった



「…生きてます?」



後輩の長谷ちゆりが覗き込むように、近くに屈んで其処に居た。これには驚きで流石の巴も目を盛大に白黒させた。


「いつから、いたの?」

「巴先輩が『馬鹿野郎!姉の糞野郎‼︎』って叫びながら走ったあと、海辺に飛び込んでクソクソ言ってたのも、あの、全部見ちゃいましたけど」


見ない方が良かったですかね、と頬を気まずそうに掻くちゆりに、巴は思わず顔を手で覆った


「なんで、最初からいるのさぁぁ…」


巴は死ぬほど負けず嫌いだった

家族も同級生も顔見知りもいない、泣くなら絶好の場所だ。そう思ってこの海辺まで足を運んだというのに

ちゆりは言いづらそうに口を開く、この子は嘘がつけない。そういう子だ


「えーと、部活が終わって、犬尾先輩と帰っていたら、切羽詰まって走ってる巴先輩が見えたので、追いかけて来ちゃいました」


「…何アンタ、私のストーカーか何かなの?」


「それはとんでもない誤解です!ただ、巴先輩が走る姿は初めて見たので、何かあったのかなぁーと…」


ちゆりは「余計なお節介でしたかね」とから笑いした


巴は頭すら抱えたくなった。元同じ部活の親友と、可愛がっている後輩に切羽詰まって走る様子を見られてしまうなんて!


嗚呼、こんな情けない自分、見せたくなかった

「ちゆり、今見たの忘れて」

「あ、それは嫌です」

「なんで」

「これも巴先輩なんでしょう?」


巴は顔を覆ったまま、指の隙間からちゆりの顔を覗き見る。ちゆりは悪戯が成功した悪餓鬼、もとい悪戯っ子のように笑った。


「巴先輩は、いつも飄々としていて、どこか掴み所がないから、こんな形であれ、巴先輩のことが知れて良かったなって」


「馬鹿なんじゃないの」

「あはは、馬鹿なのかもしれません」


「馬鹿だよ、アンタ」


巴は海辺に寝転がったまま腕で顔を覆った。水滴が眦から垂れて水面に落ちてゆく


「本当に馬鹿なんだね、アンタ」


「巴先輩がそれで楽になるなら、馬鹿でいいですよ」


ちゆりが手を差し出す。起こしてくれるという事だろう


差し出された手を取っていいものか、巴は一瞬躊躇い

悪戯っ子のように口角を上げた巴は、ちゆりから差し出された手をとると、一緒に海へ飛び込んだ

驚いたのかちゆりは一瞬目をまぁるくした。巴は面白がって水中でちゆりの耳に自身の両掌を被せ、口パクをした


『     』


ざばッと音を立てて、ちゆりの手を借りながら、海から陸へ上がる。ちゆりも巴もずぶ濡れである。ちゆりは溜息を吐きながら巴へ抗議を送る


「まったく急に手を引っ張るから、何を血迷ったかと思いましたよ!」

「ごめんって」

「別にいいですけれど」

「ねえ、ちゆり」

「なんですか」

「なんでそんなに顔、赤いの?」



「…気のせいじゃないですか?急に水中に引っ張られて焦ったとか!ほら、夕陽も眩しいですし」

「そっか、そうだね〜」

「その、お姉さんとは仲良くやるんですよ」

「...考えとく〜」


隣でちゆりが、しょうがないなぁと言うように、はにかむように咲う。


ちゆりに聞こえないように小さく呟く


「私はちゆりが好きだ」

「何か言いました?」

「いや?何も言ってないけど」


この跳ねる鼓動はきっと間違いなんかではない。


跳ねる鼓動を服の上から抑えながら、耳に心地いい風の音を聴く。ちゆりの隣を歩く場所は私の居場所。

巴は柄にもなく瞳を閉じて夕陽が照らす真っ赤な色をした空を仰いで笑った。


水中で口にした、泡沫となって消えてしまった言葉、ちゆりにもきっと聴こえなかったであろう、その言葉それは、巴だけの秘密のメッセージ


『 受け入れてくれて ありがとう 』




END





〜おまけ〜



「この猫…、家の前で倒れてたから、ご飯をあげたのよ」


「へぇ…」


「そうしたら、その日以来、ずっと家の前で鳴いているのよ」


「...」


「また、ご飯が欲しかったのかと思って、あげてたけど、違うみたいで、何度も、何日もここ数日間、ウチの家の前を彷徨いていたの」


「…」


「巴の部屋の方角をずっと眺めていたから、巴に会いたいのか聞いたら、大きく鳴いたのよ」


「…」


「私は巴とあまり会話がないから、写真なら会わせてあげられるかなって」


「分かりづらすぎない⁉︎」


「そこで発明品の『キャットの気持ちをキャッチだニャ』を使って、巴に猫ちゃんの本音を聞いてあげて欲しいなって」


「はぁ…別に良いけど(断ったら面倒臭そう)」


ピッ


「なぁー!ナァー!(探した!あの時はごめん!なさい!)」


「…」


「なぁ、なぁー!なぁ、にゃーーー!!(ずっと謝りたかった!会いたかった!)」


「…ね、お姉ちゃん、こいつ飼っても良い?」


「⁉︎どういう心境の変化かしら、私にもこの子の気持ちを聞かせてちょうだい!キャットの気持ちキャッチだワン、貸して!」


「自分で発明品の名前間違えてどうするの⁉︎だぁー!!だめ!こいつの気持ちは私だけが知っていれば良いの!」



「なぁうー!にゃぁ!(仲良くなった!嬉しい!)」



今度こそ終わり!

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