2 五月二日

 カレンダーが向かいの壁に貼ってあるから今日がいつなのかはいつでも分かる。今日は五月二日。ゴールデンウイークの直前だ。何も聞いてないけど、リコちゃんはゴールデンウイークに何か用事でも入れてるのかな。

 気になるけど、一緒にいたいけど、ぬいぐるみにアプローチの方法はない。そこはもう諦めてる。でも、いざ頼られた時、いつでも対応できるようにどしんと構えておく。大人っぽい人に惚れるっていうだろ。っていう風に、諦めていると言いつつ、リコちゃんがオイラに惚れた時のことを考えてる。

 今までの話だと、オイラとリコちゃんは家族のような信頼関係だと思うだろう。でも、オイラとしては恋人のような関係に憧れていて、彼女を恋い慕っているんだ。ぬいぐるみの分際で馬鹿馬鹿しいと思うかい? でも、惚れちまったもんは仕方ない。希望的観測でしかないんだけどね。

 時計は見えないけれど、リコちゃんが帰ってきたので夕方だと思う。「ただいま」と部屋に入ったリコちゃんは鞄を床に置き、少し悩んだ後で久しぶりにオイラを掴んだ。

 リコちゃんの手は小学生みたいに小さいままだ。オイラはベッドにあるリコちゃんの枕の上に座らされ、リコちゃんは制服姿のままオイラと向かい合うように座った。

「くまきちー」

 リコちゃんがオイラを呼んだ。オイラは、リコちゃんと出会ったばかりの頃、彼女がくまきちを上手く言えずにくまちきと呼んでいたことをふと思い出して少し懐かしくなった。

 それよりも、久しぶりにリコちゃんに頼られることがオイラは嬉しくて、内心では舞い上がっていた。今日は一体、なんの話をオイラに聞かせてくれるんだろうか。楽しみだよ。

「私、高校生になったんだけどね、小学生の頃、よくこうやって今日あった出来事をくまきちに報告してたの思い出してさ。懐かしくて、ふふっ、ちょっとまたやってみようと思ったの」

 いいね。それはとてもいいことだと思うよ。オイラは賛成したけど、もちろん彼女には届いてない。

「なんかくまきちには親近感が湧くの。タマオよりも昔から一緒にいるからかな」

 タマオというのはこの家で飼ってる猫の名前だった筈だ。リコちゃんはタマオを部屋に入れたがらないから、オイラが会ったことはないんだけどね。

「えっとー、まずは何から話そうかな。まずねー、ゴールデンウイークに友達と遊ぶんだ。駅前に色々店あるじゃん? あっ、くまきち知らないか。カラオケとかデパートとかあるんだけど、あっ、その前に私、軽音楽部のボーカルやってるんだけど、だからカラオケ行きたいんだけどね」

 リコちゃんはあまりまとまりきっていない話をオイラにぶつけた。オイラはそれを一つずつ咀嚼していく。軽音楽部に入ったこと。そこでボーカルを担当していること。だから練習兼歌が好きという理由でカラオケに行きたいこと。ゴールデンウイークに駅前で遊ぶからその際に行きたいこと。

 久々に話すからか、リコちゃんの話は止まらない。とりあえず、全部聞いてから感想を言おう。

「同じく軽音楽部のサチちゃん、アイちゃん、ルリちゃんがいるんだけど、ルリちゃんは結構自由人っていうか、強引なんだよ。サチちゃんも男勝りな感じだし、アイちゃんはその取り巻きみたいっていうか。だから私、たまにハブられそうになるんだー。私っておっとりしてるのかな。多分、私抜きの三人のグルあると思う」

 グルっていうのは確かスマホのメッセージアプリのグループだったかな。おっと、まだ続くみたいだ。

「なんかリコは可愛い子ぶってるって言うの。わがままとか言われるの。私そんなわがままじゃないと思うけどなぁ。そんな感じで下っ端みたいにこき使われてるの」

 シンデレラみたいでいいじゃないか。そんな励ましだけでは気休めにしかならないかな。それでも、オイラはリコちゃんの味方だからね。

「あとね、最近スマホゲームのピリカラっていうのにハマってるんだけど、フレンドの一人がさ、チャットでたまにセクハラ? 発言してくるの。もうブロックしよっかな。そして新しいフレンド作ろっかな。うん、そうしよ」

 リコちゃんは優しいからね。でも直感を信じてブロックするべきだと思うよオイラは。

 あっち行ったりこっち行ったりするリコちゃんの話はリコちゃんの性格をよく表していた。片づけが苦手でめんどくさがりな性格。相手に直接は強く言えない優しい性格。オイラは嫌いじゃない。だからこうして楽しく話を聞いている。

「私、人を見る目ないのかなぁ……」

 人を見る目か。確かにリコちゃんはもう少し人を見る目を養ってもいいと思うけど、でもそもそも、誰からも好かれなきゃいけない現代に人を見る目なんて必要なのかな。

「あれ、駅前で遊ぶ話からどうやってスマホゲームの話になったんだろ。ふふっ。あっ、駅前で遊ぶならさ、私、ボウリングとかもやってみたいな。私、小さい頃に一回しかやったことないもん」

 そうなんだ。オイラは一回もないからやってみたいことが沢山あるよ。リコちゃんと一緒にやれたらさらに楽しいんだろうなぁ。

「あとゲーセンにも行きたい。クレーンゲームでしか取れないぬいぐるみとかもあるからね。でも、あえて事前に調べないで行った方が、驚きがあっていいよね」

 またぬいぐるみが増えるのか。オイラ嫉妬しちゃうし、何より、リコちゃんの部屋にもうぬいぐるみ置く場所ないんじゃないかな。まぁでも、リコちゃんがしたいなら、してくればいいと思うよ。

 オイラはリコちゃんころころ話を変えるリコちゃんに合わせて、相槌を打つ。

「あとは、カイくんっていう……」

「リコー、ちょっと手伝ってー!」

 と、リコちゃんが謎の男の話題を出した瞬間、二階にあるリコちゃんの部屋に階下からお母さんの声がした。ちょっと待ってよお母さん。カイくんっていうのが何者なのか、リコちゃんがオイラに教えてくれるまで。

 が、リコちゃんはベッドから立ち上がってしまった。

「あっ、はーい! 今行く! じゃあ、ちょっとお母さんに呼ばれたから行ってきます。話したら結構すっきりしたから、またやるかも」

 えっ、カイくんの存在についての説明はお預けってことかい? 一体何者なんだよ。もしかして、恋のライバル出現ってやつかな。でもリコちゃんはカイくんのことが好きなのだとしたら、オイラにできることなんて何もないじゃないか。

 そんなもやもやをオイラに残して、リコちゃんは一階のリビングへ行ってしまった。

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