量産型テディベア、くまきちの恋心
鈴椋ねこぉ
1 くまきちとリコちゃん
オイラの名前はくまきち。どこにでもいる座高四十センチくらいの茶色いテディベアさ。服は着ていない野生を意識したタイプ。君たちの間で量産型って言葉が流行ってるらしいけど、オイラに言わせてみればそれは嘘。オイラこそ本物の量産型テディベアなのさ。
そんなオイラだけど、実は今、恋をしているんだ。好きな子がいるって話だよ。
誰が好きなのかっていうと、オイラの持ち主のリコちゃん。今年高校生になったばかりの十五歳の子。これはオイラを選んで購入してくれた恩とは関係なしにね。
とは言っても、オイラの恋は一目惚れが始まりだったから、あの日が運命の日に変わりはないんだけど。とにかく好きなんだ。
その日の話を少ししようか。出会いの話。えーと確か、お客さんたちの靴がきゅっきゅ鳴ってたから雨の日だったと記憶しているよ。いや、待て、そうだ、六月十一日だった。忘れてはいけないリコちゃんの七歳の誕生日だ。誕プレでオイラを買ったんだ。
オイラたちも頑張ってはいるんだけど、意外と安く売られていてさ。誕プレなんて少し荷が重かったんだよ。だからリコちゃんがオイラの目の前で「お誕生日プレゼント、これがいい!」なんて言った時、オイラはリコちゃんのお父さんお母さんと同じく驚いてしまったんだ。本当にこんなものでいいの? ってね。それと同時に、沢山の熊の中でオイラを持ち上げてくれたことに感動したんだ。
それから目が合った時に、リコちゃんの顔に惚れたんだ。この子はオイラが出会った中で一番可愛いって感じで。……異性なんて工場のおばさんたちしか見たことなかったから、無理もないんだけど。
ちなみにオイラが男になったのは、リコちゃん家に帰ってから。くまきちという名前をリコちゃん本人に貰った時に初めて、オイラは自分が男だと判明したよ。
リコちゃん家には他にもぬいぐるみがあって、でもオイラが来てしばらくの間は、ごっこ遊びでオイラが主役の座を勝ち取っていたんだ。
いや、自慢じゃないけどオイラは長い間気に入られている方なんだ。リコちゃんがぬいぐるみで遊ぶのを辞めてから、多くのぬいぐるみがクローゼットにしまわれている中、オイラは未だにタンスの上に飾られているのだから。
リコちゃんはオイラを特別扱いしてくれるから、オイラもオイラで他のぬいぐるみに対して、見下し癖がついてしまったのはリコちゃんには内緒だ。
そんなリコちゃんも受験を乗り越えて高校生になった。オイラは深夜まで勉強を頑張るリコちゃんを知っていたから、合格を聞いた時に誇らしくて嬉しくて泣いてしまいそうになったんだ。
小学の時に一緒にベッドで眠った夜も、中学の反抗期で親と喧嘩した腹いせにオイラにパンチして当たった瞬間も、オイラはリコちゃんの味方だったからね。
最近はリコちゃんスマホばっかでオイラ放置されているけど、なんかもう、それすら好感度が上がっているよ。要はリコちゃんになら何されても許せるってか、愛おしく感じるんだ。恋を通り越して愛なのかもね。
当たり前なんだけど、オイラがリコちゃんをどれだけ思っていようが本人には伝わらないのが悲しいかな世の常さ。だから今まで語ったリコちゃん推し事情は全くリコちゃんには届いてないんだけど、それでも長い付き合いっていうのはリコちゃんも分かってくれているからね。たまにオイラに、まるで懺悔のように一日の出来事を告白してくるんだ。今日は友達ができたよ。今日はテストだったんだ。ってな具合にね。
リコちゃんが小学の時は夏休みの宿題とか隣に座って手伝ってあげてたんだけど、高校の勉強は分かんないから教えられないや。
高校に入って一か月くらい経つけど、勉強に友達に、リコちゃんは振り回されているみたいだ。毎日疲れ切った感じで部屋に帰ってくる。だからオイラに構う時間はなかなか取れないけど、少なくとも頭の隅には存在しているらしく、ちゃんとオイラに「ただいま」と言ってくれる。そんなささいなことでもオイラは嬉しいんだ。あるのか分からない心が幸せになって、なんか不思議な感じ。そんな毎日さ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます