6 十月、十一月
七月が終わり八月が終わり九月が終わって十月になった。オイラは寒さも暑さも感じないから実感がない。
この頃、リコちゃんは部屋で一人、涙を流すようになっていた。リコちゃんが泣くと、オイラも悲しくなった。リコちゃんを泣かせる人へ怒りを覚えた。そして目の前で好きな人が泣いているのに何もできないオイラ自身にも。
そのままカレンダーは十一月になった。リコちゃんはカレンダーをめくるのを忘れていたらしいから、今日が十一月一日ではないことは確かだ。窓からは微妙な天気だけが見えていた。
リコちゃんたち人間は生きているだけで誰かから攻撃を受ける。皆それぞれ違うから。その点では量産型も悪くないなと思う。量産型なら皆同じだから。でも量産型になろうとするのは、ないものねだりみたいなものだ。自分にしかできないことだってある。群れからはぐれるのは寂しいし辛いだろうけど、リコちゃんは多分、そっちの方が性に合ってる。リコちゃんはグループに所属するんじゃなくてグループを作る人が向いている気がする。
そして十一月の後半らへんで、一人で抱え込むことに限界を覚えたのか、ようやくリコちゃんはオイラを手に持った。
「くまきちに話すと頭が整理されるのかな。なんかすっきりするの。だからいつも辛い時ばっかり頼ってごめんね」
リコちゃんは仰向けでベッドに転がったまま、オイラを持って話しかけた。
辛い時だけでも役に立てるならオイラは嬉しいよ。それがオイラの役目なんだきっと。オイラは懸命に内心で優しく微笑みかけたけど、もちろん全然伝わらない。
「駄目だ、私」
リコちゃんの目から涙が溢れた。寝っ転がっているから涙はこめかみを伝って、枕を濡らした。オイラはリコちゃんを見下す形で目が合っていた。一体、どうしたんだろうか。でも考えられるのは、カイくんから振られたか、あの三人からいじめを受けているか、どちらかじゃないかと思う。
「私ね、サチちゃんにね、仲間外れにしないで、って言ったら、なんか、ハブられて、陰口言われるの」
涙の理由は、オイラの予想の後者だった。あれは一見、サチちゃんが奴隷扱いしてるように見えて、実際に実行させているのはルリちゃんなんだ。リコちゃんはそれに気づいていなかった。
それをサチちゃんに言ったら、そんなことしていない、と反感を買ってしまうだろう。まぁ、だからと言ってルリちゃんに話しても解決はしないだろうけど。オイラはオイラの分析をリコちゃんに伝えたくてたまらない気持ちになった。
「それで男子にも悪いように広めて……私、もう学校行きたくない」
でも確か、学校を休むことに関して、リコちゃんのお母さんはとても否定的で、熱がない限りは無理やりでも学校へ行かされる。熱があって休んだらぐちぐち小言を言われる。
「でも私、くまきちの前でしか泣いてないよ。強いでしょ?」
とても強いよリコちゃんは。でも弱くてもいいんだよ。いや、オイラが支えてあげられないのに、弱くてもいいなんてのは無責任か。
なぜ神様は、オイラに心しか与えてくれなかったのだろう。言っても伝わらないことだってあるのに、思っただけで伝わる訳がない。
オイラにリコちゃんを守る力がないのはオイラが量産型だからだ。体を動かして寄り添うこともできない。一緒に涙を流して辛さを半分こすることもできない。じゃあ、なんの為にオイラはリコちゃんの元へやって来たんだ。
「くまきちは、私の精神安定剤だ」
オイラはリコちゃんの精神安定剤か、なるほど。リコちゃんが必要な時に使って、不安を和らげる、そんな存在。その例えは、悪くないかもしれない。でも。
「くまきちだけだよ。私の味方は」
でも、そんなのリコちゃんが辛い時だけ都合よく味方にしているだけじゃないか。オイラはどんな時も君の味方なんだ。味方だったんだ。なんでほんのちょっとすらも伝わらないんだよ。
リコちゃんはオイラをぎゅっと抱きしめてまた泣いた。オイラも辛かったけど、涙はやっぱり出なかった。
そのままリコちゃんは泣き疲れたのか眠ってしまって、次の日を告げるアラームが部屋に響いた。リコちゃんはオイラに「おはよう」と言った。
リコちゃんの目は腫れていた。でも、泣いたらすっきりしたのか、現状は変わってないのにリコちゃんは落ち着きを取り戻していた。
「行ってきます」
準備を終えたリコちゃんはそう言って部屋を後にした。
オイラはいつもの定位置であるタンスの上ではなく、ベッドの隅、枕の隣に置かれたままでいた。昨夜、涙で濡らした枕は既に乾いていた。
オイラは自分にできることを考えていた。そして、祈ることを思いついた。
祈り。その行為に効果があるのかは分からないけど、オイラは信じてみる。それこそ苦しい時の神頼みってやつで、辛い時にしか神を信じないみたいだけど、オイラに心をくれた神様は絶対にいる。だから祈りを信じてみる。
オイラは祈る。リコちゃんに幸せが訪れますように。リコちゃんが不幸を乗り越えられますように。
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