第7話 磨けば光る聖女の原石
図らずももう一人の聖女との間に格付けが成立してしまった。
でもまあ『自分より強いやつの言うことしか聞かない』って言ってたからやむを得ないよね。
「じゃあ、言うこと聞いてくれるよね?」
「わかった……お前の言うことなら」
意外に従順だ。
自分の発言に責任は持てるんだなあ。
「じゃあ、貴方の名前を教えて」
「……レイン」
どうやら獣の聖女の名前はレインというらしい。
いったいいつからこの街にいたんだろう。
気になることは全部教えてもらおう。
「いつからあの貧民街に?」
「一ヶ月ぐらい前、だったっけ?」
レインはどうも教養に乏しいようだ。
時計やカレンダーを見る習慣がなかったから時間の間隔がわからないらしい。
「貧民街に来る前は何してたの?」
「似たような街で同じことしてた。で、ある時この街のことを聞きつけて船に乗り込んでここに」
リビエルは土地を河川に挟まれている関係で水路を使って街と街を行き来する。
本来ならお金が必要なはずだけどここに来る前のレインがそれを持っていたとは考えにくい。
おそらくどこかでちょろまかしたのだろう。
「どういうことを聞いたの?」
「この街は聖女なら飯が好き放題に食えるって言ってたぞ」
うーん、事実だ。
私は聖女という特権を持っているから好きな店で好きなものをいつでも食べられる。
だがすでに私がいるせいでレインは本物の聖女だと信じてもらえなかったのだろう。
「でも実際は違った。お前は偽物だって、みんな口を揃えてウチにそう言ってきたんだ」
「そりゃあすでに聖女は私がいるし、まさか聖女が同じ街に二人もいるなんて思わないでしょ」
レインはリビエルの市民に対して憤りを見せている。
自分で言うのもなんだけど聖女というのは極めて珍しい存在だからまさかこんな場所に聖女が二人もいるなんて市民も思うはずがない。
待てよ。
レインは自分が聖女だと認めてほしいんだよね。
ということはこの子を聖女として市民に認めてもらえれば私の負担が減って今より楽ができるのでは……?
ここは一つ、自分の将来のために同じ聖女として親身にしてあげようじゃないか。
「自分が聖女だって信じてもらいたいならそれなりに身なりを整えた方がいいかも」
「それって関係あるのか?」
「ある。市民は聖女のことを高貴で純潔なものだと思ってるから」
聖女といえばどんな姿をしているかと市民に問えばきっと皆口を揃えてそう言うだろう。
レインが聖女だと信じてもらえなかったのは汚れて見窄らしい格好をしているというのも少なからず関係があるはずだ。
「聖女だって信じてもらいたい?」
「そりゃあ信じてもらいたいに決まってるだろう」
「ならお風呂に入ろう。汚れを落として清潔にしないと」
そうと決まればやることは簡単だ。
いつもより早いけど風呂の支度をしよう。
「これって風呂だったのか?」
「今までなんだと思ってたの?」
「寝床」
レインを教会に備えられた風呂場に連れて行くと、そこにある浴槽を見た彼女は首を傾げていた。
流石貧民街暮らし、私たちの常識をはるかに超えた発想をしている。
私は手っ取り早く魔力を行使し、浴槽を湯で満たした。
湯の表面からは湯気が仄かに立ち上っている。
ほどほどの湯加減だ、これなら人が入っても問題ない。
「着てるもの脱いで中に入って」
「脱がなきゃダメか?」
「ダメ、そもそもそれ自体が汚れてるから」
身体の汚れを落としても着ているものが汚かったら意味がない。
そもそもレインが身につけているものはヨレヨレのボロきれも同然で洗濯したら千切れてなくなってしまいそうだ。
さっさと新しいものを着せたほうがいい。
「じゃあ身体洗うよ」
「えー?これだけでいいんじゃないのか?」
どれだけ荒んだ暮らしをしてたんだレインは。
これは聖女云々よりまずは庶民の暮らしを教えるほうが先か。
「まず髪を洗うシャンプー、髪を整えるためのリンス、身体についた汚れを落とす石鹸、それからそれから……」
時間をかけてじっくりとレインの身なりを綺麗にしていく。
途中で浴槽の中の湯がレインについていた汚れで変色しているのが確認できた。
なんと憐れな……
「はい、これで終わり」
「う、うーん……」
ひとまずここまでやれば今日のところは十分だろう。
レインは慣れないことに長時間付き合わされて目を回している。
しかしまぁ、清潔な状態にしてみるとレインは意外にも可愛らしい容姿をしている。
低身長相応の動眼で、大きな目が頭頂部にある三角形の耳と相まって小動物らしさを引き立てる。
それに今まで貧民街暮らしをしていた割には身体の部位に歪な場所は見当たらない。
荒んだ食生活で栄養が足りていないせいか、肌の色は少し血色が足りないけどここは後から改善できるからよし。
これは……磨けば光るな。
こうして私は、宝石ならぬ聖女の原石を発見したのであった。
『力』の聖女は癖が強い 火蛍 @hotahota-hotaru
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