1杯目 なんとかクライシス

 また駄目だった。何連敗目だろう。

 私はにっこり笑ってハキハキ受け答えをしたのに、がっついてると思われた。

 いや、でも、お金払って街コンに参加してるんだから、当然の権利よ。

 印象残してナンボよ。

 篠川野々花、二十八歳。県内の小さな工務店の事務をしている。

 友達や仕事場関係の人から、

「結婚は?」

 友達はどんどん結婚か、転職していく中、私は今の仕事場に文句言いつつもしがみついている。

 年配の方から見たら、結婚適齢期の男女は結婚してないと性格異常者みたいに見られるらしい。

 結婚したくない訳ではない。

 ただ、好きだから結婚したいという気持ちに結びつかないのだ。

 そんな気持ちがあるがゆえに、結婚したいと言ってくれた元カレと何度喧嘩し、何度別れたことか。

 男のほうが結婚願望強いのか、お付き合いする男は結婚という言葉を口にする。

 結婚している自分がイメージできない。

 子育てしてる自分が想像できない。

 まず、彼氏といえど他人と暮らしていけるものなのか。

 友達が婚活サイトに登録したらしい。

 街コンにも参加したいからついて来てほしいと頼まれた。その友達は仲の良い友達が結婚したことがきっかけで焦るようになった。

 彼氏にも友達にも依存するような子だった。

 彼氏ができたら音信不通になりやすく、別れたら戻ってくる。

 仲の良い友達とは化粧品もブランドバックも服も色違いか一緒の物を知らぬ間に持っている。少し怖かった。

 街コンには主催者の仲人さんがいる。

「もっと隙をみせるの。いっぱい笑って」

 笑ったよ。いっぱい。

 友達は中間意思表示カードにも数打ちゃ当たる方式で丸を付けているようだ。私は気になった人がいれば丸を付けた。

 自分への好感度も意思表示カードで丸見えだ。何も丸がついてない時はテンションただ下がりだ。この場にいる存在価値なんてないように思えてくる。

 他の女性参加者は可愛くお化粧し、なんならそういうお店が開けるのでは?というほど女を見せている。

 その中に友達がいて、なんていうか。

 気恥ずかしい。

「今度の金曜日に街コンあるの、暇だよね」

 まるで暇であるかのように、勝手にエントリーされていることもあった。

 月一だった街コンが、週ニなった。その一日の内に二ヶ所ハシゴした時もあった。

 全然知らない人と話すのがしんどくなった。   

 元々、人の顔を覚えるのが苦手なのに二分のアピールタイムでプロフィール見て、話す。

 メモには、箇条書きに特徴や話した内容を書いて、第一印象で無理だなって人はバツを書いた。

 まるで面接だなと思った。

 フリータイムの時は友達が寄ってきて、並んで気になる人と話した。その時の友達は愛想良く笑い、甘えた声を出す。

 なぜだか、一つ疑問が浮かんできた。

(私は引き立て役なんだな)

 この疑問は考えちゃいけなかった。

 いつもその子は私の隣で笑って、私が聞いた事のない可愛い声を作り、か弱い雰囲気を醸し出す。

 違う生き物に感じた。

 その事に気がつくと、この場が異様に気味が悪く、主催者も参加者も必死なのが滑稽で怖かった。

 そう思うと意思表示カードは丸ツケ無しで提出しだすようになった。

 主催者からも結婚したいんなら本気出さないと諭される。

 結婚したいという気持ちがわからなくなった。

 もう行かない、終わりにしたい、お金もかかるしと友達に訴えた。

「お願い、一緒に来て!どうしても結婚して子どもがほしいの!幸せになりたいのよ!安定がほしいの!」

「じゃあ、せめて、月一にして。私の知らない間にエントリーしないでよ」

「野々花は結婚したくないの?週ニくらい出席しないと婚期が、出会いを見逃しちゃうじゃない!」

 婚活疲れってテレビやSNSで聞いたことあるが、この子のは婚活狂いでは。

 元々、この子は三十までには結婚して子ども作ると夢を語っていた。

 恋をして、結婚して、家族を作るのが大人なんだろうか。

 安定した幸せなんだろうか。

 

 冬空、はぁと息を吐くと白く色づいて消えた。婚活の帰りは虚しくなる。自己肯定感をぽっきり折られるからだ。

 なんとなく伸ばしている髪の上からマフラーをつけ、それに顔を埋めるように、最寄り駅の近くの商店街を歩いた。

 いつもは真っ直ぐに最寄り駅まで早歩きで帰るのに、今日は寄り道したい気分だった。

 その商店街は居酒屋が多く、夜遅くまで営業しているカフェもある。アルコールの匂いとコーヒーのいい匂いが混ざり合い、夜の空気に溶け込んでいく。

 ふらふら歩く。

 ゆっくりした足取りのヒールの音はかぽかぽと間抜けな響きを作っていく。

 商店街の突き当りは円形の大きな花壇になっていて、その季節の花が咲いていたり、クリスマスにはイルミネーションが飾られる。

 今はちょうど境目の時期なのだろう。

 少し草が生えているだけ。

ギィギィ ギィギィ 

 どこからか金属を擦れる音が聞こえる。

ギィギィ ギィギィ

 音が動く。

「こんばんは。ちょっと待ってね」

 六十代くらいの作業着のおじさんが古い大きなタイヤのリヤカーを押して現れた。

 リヤカーを花壇前に止めて、その荷台のプラスチックの三段ボックスがある。その一番上から白い紙を取り出す。

「こちらは、なんでもない何でも屋です。ここで聞いたことは他言はしません。決して笑ったりしません。なんでも話して行ってください。最後に、一つだけ。情けは人の為ならずということを覚えていてください」

 紙に書かれた文章をポケットから取り出した老眼鏡を掛けて、アナウンサーのように読み出した。

「失礼。これは約束事なので。あ、コーヒー飲まれます?コーヒーはインスタントで四種類あります。紅茶はティーバッグでアールグレイとダージリン、お茶は焙じ茶と緑茶があります」

 三段ボックスの二番の引き出しを開けて見せてくれる。

 どれも市販の物だ。スーパーで見たことのあるパッケージがたくさんある。

「あ、えと、コーヒーのおすすめで」

 コーヒーは瓶入りで緑、青、赤、金色があった。

「では、この青のコーヒーにしましょうか。お砂糖、フレッシュはどうします?」

「ブラックで大丈夫です、はい」

 まるで店員さんのように準備を進めていく。

 荷台から学校で使われているイスを二脚取り出し、学校イスとは不釣り合いのお洒落な小さな丸テーブルもイスの間に置かれた。

 カセットコンロも荷台に積んでいたのか、小さなヤカンに、封を開けたペットボトルの水が注がれる。

 カセットコンロなんて久しぶりに見た。

 イスに座りながら、火がこんなに綺麗なんて、初めて思った。

 見ていると胸がほっとする。

 ずっと見ていたくなる。

 寒いからだろうか。

 じっとカセットコンロの火を見つめてしまう。

「なんだか、お疲れのご様子で」

 いつの間にコーヒーが出来たのだろう。

 耐熱製の紙コップをその人が差し出していた。

「あ、ありがとうございます。疲れではないと思うんですけどね」

 癖で前髪を掻いてしまう。

「お菓子、食べますか?チョコレート、美味しいの見つけちゃって、ハマってるんです」

 三番の引き出しには沢山のお菓子が詰められていた。これもスーパーで見たことあるものだ。お徳用パックと書かれている。

「チョコレートとコーヒー、とっても合いますよね」

 その人はニコニコ笑い、すごく楽しそうにチョコレートのパッケージを開けた。

 どうぞと差し出された開封された大容量のチョコレート、それを二つ掴み、

「ありがとうございます」

 テーブル代わりのイスに置いた。

 コーヒーを一口飲み、はぁと一息つくと体の中から要らない気持ちがふわふわと出ていく。

 肩の力も抜けていく。知らずに力が入っていたみたいだ。

 寒いのに、手の中のコーヒーが温かい。

 ただそれだけなのに、安心してしまう自分がいる。

「そのコーヒーの謳い文句は贅沢な息抜きってパッケージに書いておりまして。今の貴方には必要だったようですね」

 その人も同じようにコーヒーを飲んでいた。

 猫舌なのか、カップの表面を息でふぅふぅしながら、飲んでいる。

 白い蒸気が上がるカップは蒸気機関車のように白い線がたなびく。

「…そうですねぇ、必要なんですかねぇ」

 ぽろっと言葉が出た。

 必要かどうかと問われながら、ふと自分には結婚は必要なのかと考えてしまった。

「大事なんですかねぇ、結婚するのって」

 独り言のようにぽつりと呟く。

 コーヒーを口に運び、白い息を寒空の下に流した。

「私の考えなんで、聞き流してくれてかまいません。必要かどうかはあんまり関係ないと思いますよ」

 ゆったりとその人は答えた。

 その人の目線の先には古びたリヤカーを見ながら、

「昔は家のために結婚した時代もあったでしょう。今は恋愛も結婚も自由です。選択出来る時代なんです。貴方には自由があるのです」

 チョコレートの包みを開けて、口に放り込むその人はゆったりとした口調で言う。

 私もならって、チョコレートを口に入れた。

 甘い、甘くて体が欲していたみたいに感じた。コーヒーを一口飲み、

「…他言はしないっていいましたよね」

「はい、約束事なので」

 普段なら恋愛の話は他人にはしない。出会ってすぐの人にはなんて以ての外だ。

「…二十歳前後には結婚は早いって言われて、三十手前になると結婚はってせっつかれるのおかしいと思いませんか?結婚してないと性格異常みたいに白い目で見られる…いや、おかしいのは私なのかな。わかんないんです。好きだから結婚したいって感情が、私には」

 その人を見ず、手元のコーヒーのカップを両手で包み込む。

「他人同士が一緒の家で生活するなんて考えられない。好きだから一緒に住めるし、一緒に居たいって思えるって人から言われる。好きでも四六時中一緒に居たいなんて思えないし。でも、それを言うとおかしいってゆわれる。結婚したくないのは責任感がないからとか、精神的に幼稚、気持ちが足りないんじゃないかって」

 一度吐き出した言葉は止まることなんて知らない。

「…私、おかしいんでしょうか?恋愛とか結婚って言われると責められてる気がするんです。しなくちゃいけないって。追われてる感覚っていうか」

 その人はガサガサと音を立てながら、チョコレートの袋から三つ、チョコレートを取り出した。

 私の前に四つのチョコレートが並ぶ。

「聞き流してくださいね。貴方はさっきひとつチョコレートを食べた。それはきっと貴方が食べたかったから。私は次に三つ、貴方の前に置きました。一つは安定した幸せな結婚を目指す」

 一つ目のチョコレートを指差した。

「二つ、仕事をがむしゃらに専念する」

 二つ目のチョコレートに指を置いた。

「三つ、世間体などを気にしながら、独身を謳歌する」

 三つ目のチョコレートに指をずらした。

「四つ、貴方には貴方の人生を探す道に行く」

 四つ目のチョコレートを指差した。

「そして、もう一つは自分なりに沢山のことを経験し楽しく生きる」

 徳用チョコレートの袋を手渡された。

 徳用なだけあって、沢山のチョコレートがはいっている。

「その一つ一つが貴方の可能性です。誰にも決められない人生です。美味しい物を食べて、綺麗な景色を見て、時には悲しく辛いこともあるでしょう。でも、なにくそと立ち上がるためのきっかけを見つけるんです。好きな服を着て、居心地いい場所も見つける事も出来るんですよ」

 その人は私の目を真っ直ぐに見た。

「一つじゃなくていい。まだまだ長い人生、欲張りに掴み取りましょう。犯罪はだめですけどね」

 少し下手なウィンクをするその人。

「したい、やりたいことはありますか?」

 優しくそう問われた。

「…本当は髪はショートがいい。清楚なワンピースも好きだけど、エスニック柄の服とか、大柄の服とか着てみたい。大きなイヤリングとか付けてみたい」

「きっと、それが貴方のきっかけですね。何でもないことのように思うことも行動してみたらしっかり貴方の糧になる」


「ありゃー!篠川さん、髪の毛切っちゃったの!」

 伝票を整理していたら社長が事務室に入って来ていた。

 社長は現場主義で事務室にはあまり来ない。

「失恋でもしちゃった?おっと、こりゃ失礼!今はなんとかハラスメントになるか!」

 声のデカイ人だ。でも悪い人ではない。

「失恋はないですけど、気分転換に切ってみたんです。スッキリして自分らしいなって」

 まだ、首すじに当たる風には慣れない。

 前髪をイジる癖が首の後ろを触る癖になりそうだ。

「なんだっけ?なんかでみたな、若い女とはロングヘアーを靡かせてってみたいな。詩があったような」

 同じ事務所管理をしている室長も出てきた。

「今の時代はショートも流行りなんですよ!自己表現の一種です!」

 私はショートボブの頭を指差した。

「確かに、篠川さんによく似合ってるよ」


 エスニック系の通販サイトで少しお高めな柄の可愛いワンピースとヘアバンドを買った。

 靴はパンプスよりもスニーカーが元々好きだ。

 好きな物で囲まれた居場所を作りたい。

 あのリヤカー、なんでもない何でも屋のように息抜きができる場所を。

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なんでもない何でも屋 紀井ゆう馬 @tukue

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