食事シーン
「これが握り寿司というやつか……」
私は異世界人が持ってきた「商品」を見た。色鮮やかだが、貴族が食べる魚料理と比べると、地味なように思える。
香りの方は……、ちょっと刺激的な酸味と、濃厚なサーモンの香りが漂っている。刺激臭の方は酢によるものであろう。
「まずはサーモンのワサビ抜きを一貫」
そう勧められた私は、ワサビとやらがない方を手にとった。
手にとって、独特の匂いがするソース、醤油をつけ、口に入れるまでが長く感じられる。
私は一度も生魚を食べたことがない。だから、それに対する怖さもあるが、他の怖さもある。米は貴族のお菓子に含まれる高級調味料であり、庶民は食べることができない。だが、目の前には、その塊がある。異世界人いわく、彼らの国では主食のようだが、とても信じることができない。
やっとだ。やっと口にすることができた。
「どうですか?」
恐る恐る異世界人が私に味を聞く。どう、か……。
「正直、何とも言えない感じです。生魚と米を食べるのは初めてですから……。やはり違和感を感じてしまいます。味は濃いのですが、魚特有の臭みがムニエルよりも際立ってしまっているように感じました。それと……」
「それと?」
「全体的な味のバランスも好みではないですね。この醤油でしたか。コレの味が濃すぎる気がします。魚、米、酢と調和するのではなく、染めている気がします。醤油だけではなく、酢と米もダメですね。魚と酢の相性は、魚の臭みをある程度打ち消してくれるので、良いと思います。ただ、米と酢の相性は微妙ですね。米特有の甘ったるさと酢特有の酸味が悪い意味で混じってしまっています」
「そうですか……。食感の方は?」
「食感の方も好きになれないですね。なんていうか、魚の溶けそうで解けない口に残ってしまう感覚と、米の、ちょっと噛む時に抵抗がある感覚が合わさって気持ち悪く感じてしまます。口に入れたときの生温い感覚もありますし」
「……」
「個人的には生魚の方は慣れれば美味しく感じると思います。ただ、醤油と米はやめるべきでしょう。生のサーモンに酢やレモンなどの酸味の効いたソースをかけて食べる。それが一番ウケる、と思います」
そう、そうするしかないだろう。まだ、一種類しか食べていないが、他のモノも私たちにとっては未知のものだ。口にはあわないであろう。
「わかりました……。一応、他のものも食べていただけますでしょうか?」
「まぁ、変わらないと思いますが……。先ほど食べたサーモンに……。ワサビでしたか? それを加えたものをいただきます」
ワサビと言ったか。ちょっと鼻にツーンとする刺激臭があるが、なかなかいい匂いだ。これなら、醤油や魚の臭みを中和してくれるかもしれない……。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「大丈夫ですか!」
何だ、コレは! 食べた瞬間、いきなり鼻の方に冷たい突風が吹き付けたぞ! 刺激が強すぎて、味わっている場合ではない。何が「醤油を中和してくれるかもしれない!」だ。醤油以上の激物だぞ! もう、魚とか、米とかじゃない。醤油とワサビの辛味しかないじゃないか!
「お茶を!」
異世界人に渡された冷たいお茶で、一気に寿司を飲み込む。
「ワサビもダメでしたか……」
「ええ……、無理でした。刺激が強すぎます……」
アレは食材の良さをドブに捨てるようなものだった。
「慣れると、ワサビ抜きでは食べられないくらいなのですがね……」
「アレが? 冗談でしょう?」
「冗談ではないのですがね……」
「まぁ、とにかく、この寿司というヤツを売るのはやめた方が良いでしょうね。生魚は慣れれば良さそうです。ただ、その場合は米と醤油はやめた方が無難でしょう。酸味があるソースにつけて……。チーズなどもつけると良いかもしれません」
「それってこういうヤツですか?」
そう言って、異世界人が目の前に出したのは、具材が生魚に変えられただけで、我々に馴染みのある品物であった。
「それは?」
「牛ヒレ肉の代わりにサーモンで作ったカルパッチョでございます」
「そっちを先に出せ」
「まずは王道を味わっていただきたかったので」
つづく?
カンパニースクール時代の黒歴史 red13 @red13
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