人間ブロック機能の悪用

ちびまるフォイ

犯人は2人だった

「私以外にも3人と付き合ってたなんて最低!!」


「でも君が上から3番目に大事だよ!」


「それって3位じゃない! もう顔も見たくない!」


「待ってくれ! まだ話がーー」


「ブロック!!」


人間ブロックボタンを押すと、目の前の男は消えてしまった。

もう声も届かない。


人間関係に悩む現代人に向けて作られた人間ブロック。

ひとたびブロックされれば、その人からは姿も声も届かなくなる。


これで外に出て元カレにバッタリエンカウントして、

その場でデュエルが始まるような修羅場もなくなる。


はずだった。

物事には必ず良い面と悪い面がある。


「良いか新人。最近この街ではブロック犯罪が多発している」


「ブロック……なんですか?」


「あえて多くの人間からブロックされることで、

 自分を街の中で透明人間にしてやりたい放題するやつだよ」


「な、なるほど……ブロックされれば見えませんしね。

 でもどうやって探すんです?」


「これだ。逆ブロックシステム」


「逆ブロック……?」


「ブロックされた人間だけが見えるようになる。

 これをつけて探すんだよ」


「こんなもの使わずに探すほうが良いのでは?」


「バカ。俺達は犯人をブロックしていない。

 人混みにまぎれてなにかされても気づかないだろう」


「たしかにそうですね……。逆ブロックしていれば

 ブロックされたいわくつきの人間だけが見えるんですもんね」


「そういうこった。お前はあっちの地区。オレはこっちの地区を探す。

 いいか。犯人を捕まえたら勝手に連行するんじゃなく、絶対に一度連絡しろ」


「それはなぜ?」


「絶対に必要な事があるんだよ」


「はい!」


こうしてブロック犯罪者の捜査が始まった。


ブロックされた人間だけが見えるようになると、

とたんに街はゴーストタウンのように見えてくる。


「っとすみません! ぶつかっちゃいました!」


見えはしなくともそこには確かに人間がいるため、

普通に街を歩いているだけでもぶつかってしまう。


「しかし……いったいどこに潜んでいるんだ……」


犯人を見つけるには逆ブロック状態が求められるが、

日常生活を送るうえではあまりに不便だった。


捜査は何日も続く。


逆ブロックを続けて、この状態が長くなると

孤独感がじわじわとのしかかってくる。


「もしかして……この街に自分はひとりしかいないんじゃないか……?」


外を見ても誰もいないし、声も聞こえやしない。

実際には自分が擬似的にブロックしているせいだが、

感覚が「孤独」を認識してしまっている。


社会から切り離された孤独感は、

ヒトのDNAに刻まれている恐怖をあおってくる。


「ああ、こんな生活がずっと続くのか……」


外食はできない。店員が見えないから。

もっぱら宅配サービスや買いだめのカップ麺を食べる日々。


犯人を追っているはずが、まるで自分が警察に追われている犯人のようだ。


しかし。

ふと窓を見たときだった。


「あ!! あいつ!!」


ゴーストタウンの中にひとりだけ全裸で走り回る不審者がいた。

その時点ですでに犯罪ではあるが、警察への通報がない。


あいつはブロックされて誰からも視認できない状態なんだろう。


「見つけたぞ!!」


窓から飛び出して犯人を追いかける。


「とまれ!! そこの男!!」


「え!? な、なんでオレが見えるんだ!?」


犯人はまるで幽霊のような反応を返す。

なんとか追いつき犯人を後ろから押し倒した。


「もう逃げられないぞ!! ブロック犯罪者め!!」


「ひいい! なんで見つかるんだよぉ!」


「こっちは逆ブロックしているから、

 ブロックされた人間だけが見えるんだよ!!」


「ちくしょう。これから女湯に入ろうと思っていたのに!」


「脱ぐの早すぎだろ!」


男にしっかりと手錠をかけたら安心した。


この先ゴーストタウンで孤独な張り込み生活が続くと思うと、

犯人逮捕よりも自分の精神崩壊のほうが早かった。


「なあ……警察官さん……」


「なんだ? お前の罪はもう確定だぞ」


「それはわかってるよ。ひとつ提案があるんだ」


「提案?」


「あんたも……俺をブロックしてくれないか?

 俺もあんたをブロックするから」


「はあ? そんなことしてなんの意味があるんだ」


「あんたもブロックされた生活をやろうって言ってるんだよ。

 この生活はじめたら前の生活には戻れないぜ」


「なにを……」


「好き勝手できるんだ。自分だけの世界が手に入るぜ。

 警察の犬としてあくせく働いても手に入らない生活。

 それがただブロックされるだけでできちゃうんだ」


「……」


「考えたことくらいあるだろ?

 もしも自分が透明人間になれたらって。

 自分の欲望のリミッターを解除して好き放題したいって」


ニヤつく犯人の顔を見て、思わず笑いかけた。

犯人はその顔で承諾したと誤解したらしい。


「な! な!? さあ、俺を逃がしてくれ。そして一緒にブロック生活を……」


「クズでいてくれてありがとう。

 もう少しお前が善人だったりしたら、

 この初逮捕も気持ちよく終われないところだったよ」


「なんで……なんでだよ! どうして自分を抑えるんだ!」


「お前が私欲を解放するのが好きなように、

 こっちはそういうやつを捕まえるのが好きなんだよ」


「くそーー!!! 警察なんて人間じゃねぇ!」


先輩に連絡を取る。

すぐに先輩はうれしそうな顔でやってきた。


「ついにやったか、新人!」


「はい! ついに逮捕しました!」


これで街はわずかばかりでも平和になっただろう。

それが誇らしかった。


「この犯人はどうなるんです?」


「永久ブロックだ。誰からも見えないし、誰も見えなくなる状態にする」


「うわぁ……」


逆ブロックでの孤独生活を体験した自分としては、

それがどれだけの地獄になるのかは容易に想像できた。


「でも確かに永久ブロックであれば、

 もう誰にも迷惑かけなくなりますね」


「ああそうだ。存在そのものが消えたも同然になる」


「それがその装置ですか?」


「ああそうだ。永久ブロックボタンだ」


「……でもなんで2つあるんです? 犯人はひとりですよ?」



先輩は笑って答えた。



「だって、犯人を捕まえたのはオレだろう?」




2つのボタンが押されると、

犯人と新人の姿はこの世界のどこからも見えないものとなった。

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