歌う猫


 今日はクリスマス・イヴ、街はどこもかしこもイルミネーションでピカピカキラキラだ。


 繁華街を歩いていると、天使が募金を募っていた。


 天使の横には白キジ猫がいて、ニャーニャー鳴いていた。


 雑踏で声まではよく聞こえなかったけれど。


「募金をしていきましょうか」


「クリスマスですもんね」


 ふたりで少ない額だけど、募金箱にお金を入れた。


「ありがとうございまぁーす」


 ちょっと訛りのある天使がお礼を言った。となりの猫もお礼とばかりに鳴いていた。


 ここまで近づくとさすがに鳴き声もはっきりと聞きとれた。


「らーらららららら、らー♪」


 猫は歌を歌っていた。


 どこかで聞いたことのあるような四小節の短いけれどなつかしいメロディーだった。


 JKとOLは目を細めた。




「初めて見ました、歌う猫」


 楽しそうに笑うJKの頬が上気してピンク色に染まっていた。


「噂ではよく耳にしましたね。歌う小鳥とか、歌う犬とか」


「音感もしっかりして、歌の上手な猫ですね」


 ふたりはしゃがんでしばしの間、猫の歌に耳を傾けた。


 猫はひとなつっこいようで、逃げるそぶりを全くみせなかった。



「よかったら、その猫もらってくれませんかぁー?」


 天使(の扮装をした人)が言った。


「え?」


「わけあってここを離れなければいけなくなってしまっのでぇーす。それで貰い手を探していたのでぇーす」


「連れていけないんですか?」


「遠いところなので、無理なのでぇーす」


「それはたいへんですね」



「どうしようOLさん」


 JKは懇願するような視線をOLに向けた。


「猫ちゃん、うちの子になる?」


 OLが問いかけると、猫はゴロンと寝っ転がって真っ白なお腹を見せた。


OUIウイですって!」


 嬉しそうに顔を輝かせてJKは猫のお腹をやさしくなでた。



「これがゲージでぇーす。猫缶と猫砂も少々ありますので持って行ってくださぁーい」


 天使から猫グッズを一式受け取り、猫と一緒にマンションに帰った。



 部屋に入ってゲージを開けると勢いよく飛び出した猫は新しい棲処の匂いを嗅いで回った。


「クリスマスが一気に忙しくなりましたね」


「ですねー。今日は外食を予定していたのですが、変更やむなしですね」


「部屋で一緒にケーキをつつくのも楽しいですよ」


「私もです。JKさんと一緒ならどこでも楽しいです」


「そんな嬉しいことを言うOLさんにはキスをさしあげます」


「猫が見ています」


「かまいません」


 なにかと理由をつけてイチャイチャしてしまうのは恋人たちの特権であろう。




 猫の寝床とトイレを用意して、夕方になったので猫缶を開けると、ダダダダと猫が走ってやってきた。


 お皿に移すとパクパクと食べ始めた。


「お腹空いてたんですね」


「もっと早くあげればよかったです。気づいてあげられなくてごめんなさい」


 猫缶まるまる一缶食べ終わると満足したのかリビングのソファーにピョンと飛び乗って毛づくろいを始めた。


「猫ですねー」


「はい、猫ですねー」



 テーブルにチキンとポテトとケーキを並べた。


 それからささやかなプレゼント交換を行った。


 JKからもらったのは手作りの人形だった。


「こ、これは! JKさん人形ですね。しかも手作りの!」


「はい。手先は器用なほうなんです」


「ありがとうございます。大切にします」


「わたしがいないときに代わりにしてください。ちなみにOLさん人形も作りました。ほらこのとおり」


「うわ。自分がちっちゃくなったみたいです」


「寝るときはいつもいっしょです」


「人形になりたいです」




 JKはOLからもらったプレゼントを開けてみた。


「マフラーです。きれいな色ですね」


「私のとおそろいです。色は私のほうが地味ですけど」


「次のおでかけが楽しみです。まわりの人たちに見せつけちゃいましょう」


「ちょっと照れますけどね」




 プレゼント交換が終わると、OLはもうひとつの箱を取り出した。


「これを渡すのは今日以外はないと思ったのです、JKさん」


 OLはJKの前に膝まづき左手を胸に当てて右手に持った箱を差し出した。


「妖精国からの呼び声に応え、永遠の絆を結ぶために、我が魂を貴方に捧げよう。我が月収の三か月分を以て、絆を強固なるものとし、時を超えて共に歩むことを誓う。永劫の愛を紡ぎ出すその名は、エテルナ・フィダンツァメント(エターナル・エンゲージメント)」


 差し出された箱の中には銀色のリングが輝いていた。


「けけけけけ」


 笑っているわけではない。本人は至って真剣マジメなのである。


「けっ、結婚して下さい!」



 目を大きく見開いた後、JKは瞳を閉じた。


 それからゆっくりと瞼を開いて、顔中に笑顔の花を咲かせた。



「はい、よろこんで!」



 JKは左手を差し出した。


「指にはめてくれますか」


「はい」


 薬指にリングを通した。


「OLさんのぶんはわたしがはめますね」


「ひゃい」


 指輪の交換が終わり、キスを交わした。



「らーらららららら、らー♪」


 いつのまにか猫がやってきて歌を歌っていた。


 ソファーに並んで座っているふたりの間にピョンと飛び乗った猫は、頭をグリグリとふたりにこすりつけた。


 猫の背中をなでさすりながらOLは言った。


「この子にも名前をつけないといけませんね」


「シュンスケなんてどうでしょう」


「ちょっ! そ、それはやめておいたほうが」


「では、シュンちゃんなんてどうですか?」


「いいですね、シュンちゃん」


「シュンちゃんできまりです」


 JKの笑顔と猫の歌声、こんなに幸せなクリスマスを過ごしたのは生まれてはじめてだった。







 クリスマスの翌日、家に帰ると大学一年生の夜姉に呼び止められた。


「ゆるみきったその顔はなんだ。妖精姫の欠片もない締まりの無さは潰れ餡饅のようではないか」


「むふふふふ」


 妹はにやにや笑うだけで、何も答えなかった。


「気持ち悪いやつだな。おい、ちょっとまて! 左手の薬指のそれは何の冗談だ!」


 ガシッと腕を掴んで妹のそれをマジマジと見た夜香は、家じゅうに響き渡る大声で叫んだ。


「緊急家族会議ーーっ! リビングに全員集合ーーっ!」



「なんだなんだ」


 母親と白姉、性転換トランスジェンダー手術をした元父(現母二号)がリビングに集合した。


 圭の左右に白夜びゃくや夜香よるかが座り、向かい側に母親と母二号(元父)が腰かけた。


「夜、いったい何事だい?」


 大学三年生の白夜が問いかけた。


「見てくれよ、白姉。圭の左手薬指の指輪を!」


 白夜は妹の手を取ってじっくりと指輪を観察した。


「ほう。これはブランド物だな。100万は下らない高価なものだ」


「圭、あなた何かよからぬ商売に身を染めたりしてないでしょうね?」


 母親が厳しい口調で問いただした。


「お金がほしいならいつでも私たちに言いなさい。けっして自分を安売りしてはいけないわ」


 母二号(元父)も心配そうに声をかけた。


 夜香が声を荒げた。


「お母さんとお父さんが圭を甘やかすから! 夏休みだって一カ月間音信不通だったんだ! どうせどこかのオヤジに貢がせて遊び呆けていたに違いないんだ!」


「夜、私のこともお母さんと呼んでくれないかしら」


 性転換をした元父、母二号が悲しげに訴えた。


「無理っ!」



 嬉しさを隠し切れない様子で圭は左手の薬指を見せびらかした。


「プロポーズされちゃった♡うふっ」


「うふっ♡じゃねぇーよ! いったいどこのオヤジだ!?」


「オヤジじゃないわ。OLオオエレさんよ」


「どこのOLオーエルだ!?」


「だ・か・ら、小尾絵玲オオエレさんだってば」


「はああっ? ふざけてんのか!?」


「ちょっとまて、夜! 私が大学入学当初、四年生の先輩にそんな名前の人物がいた記憶がある」


 白夜は当時の記憶を思い出そうと頭に手を当てた。


「難攻不落の雪の女王が四年生にいるって噂になってた。言い寄ってくる男子たちを氷のような冷たい微笑で悉く振ったという伝説の美女。現代に蘇ったアリエンロードと呼ばれていた先輩の名前が確か小尾絵玲オオエレだったはずだ」


「その先輩は今はどこに?」


「大手IT企業に就職したと聞いている」


「たぶんその人よ」


 圭はニコニコしながら白姉に言った。


「雪の女王がなぜ圭にプロポーズすることになったんだい?」


「もちろん、おつきあいをしているからよ」


「おつきあい? 接点なんて何もないだろうに」


「告白されたのよ。OLさんに」


「告白だと!? どうせまた圭が策を弄したんだろ?」


 夜姉がそう言うと、圭はペロッと舌を出した。


「ちょびっとだけね」


 ガバッと天を仰いで夜姉は嘆いた。


「こういうやつなんだ、圭は。妖精姫の皮を被った小悪魔なんだ。白姉ならわかってくれるだろ」


「そういえば、夜は高校三年のときよくこぼしてたなあ。圭が学園に入学してきたとたん妖精姫とあだ名が付けられて、自分は妖精姫の姉になってしまったって」


「あったりまえだわ。私ゃ妹の付属品じゃねえっつーの!」


「まあまあ、それは置いておいて、圭、小尾絵玲さんってどんな方なの?」


 母親が尋ねると圭は恥ずかしそうに口元を両手で覆った。


「見た目は白姉の言う通りの美人さんよ。中身はねぇ、うふふふふ♡」


「もったいぶらずにさっさと言えっ!」


 短気な夜姉の追求も今日は余裕でスルーできた。




 圭ののろけ話を聞かされた家族たちはそれぞれ複雑な面持ちでリビングのソファーに腰かけていた。


「放任主義の弊害だなこれは。いつのまにか地球の裏側にいたなんてことになりかねない」


 白姉の言い分に圭は頬を膨らませた。


「そんなことにはなりませんよーだ!」


「妹の恋愛事情とか聞くんじゃなかった。胸がムカムカする、吐きそう」


 オエーッとえずくのはもちろん夜姉だった。


「今度家に連れて来て紹介しなさい」と母親。


「そんな時間あるかしら。休日はデートだし」


「この小悪魔が! だらけきった性根を粛清してやる、このこのっ!」


 夜香は手を伸ばして圭の頬をつまんだ。


「い、いひゃい!」


「これこれ、妹のぽっぺたを引っ張るものではありません、夜」


「お父さんは黙ってて!」


 時栄家の家族会議はその日の夜遅くまで続いた。





 新年を迎えて10日ほど過ぎた頃、弟の冬斗とうとが慌ただしくOLのマンションを訪ねてきた。


「姉貴、緊急事態だっ!!」


「大きな声を出すでない。シュンちゃんがびっくりであろう」


「は? え? シュンちゃん?」


 突然の来客に驚いた猫のシュンは、クローゼットの奥に隠れてしまった。


「そんなことより姉貴」


「なにがそんなことじゃあ、この愚弟が!」


「あ、姉貴、キャラ変わってね?」


「シュンちゃんはな、天使からプレゼントされたJKさんと私の大切な子供なんじゃ!」


「はああ?」



 とりあえずめんどくさい姉をなだめて冬斗は緊急事態の内容を告げた。


「今年に入ってから、聖ヴィリス女学園ファンクラブに激震が走ったんだ。その原因になったのがこの写真なんだけどさ」


 冬斗のスマホには長い髪を左手でかき上げるJKの姿が写っていた。


「なっ! この写真どこで? 私もほしいのじゃ!」


「問題はそこじゃない。よく見てくれよ姉貴、時栄さんの左手の薬指!」


 JKの左手の薬指には銀色の指輪が光っていた。


「……」


「ファンクラブは喧々諤々、上を下への大騒ぎ。姉貴ならなんか知ってるんじゃないか、って、はえっ?」


 OLは自分の左手の薬指を提示した。


 指輪の意味を悟った冬斗は両手を頬に添えて絶望に満ちた表情で叫び声を上げた。


「ぼええええええっ!!」




「俺は何も見てない。何も知らない。真実を話すことなんてできっこない」


 ぶつぶつつぶやく弟を見送って、OLはドアを閉めた。


「弟よ、おぬしがたくましく生きれるよう陰ながら祈っておるぞ」


 クローゼットから恐る恐る出てきた猫のシュンは、毛づくろいをした後、OLの膝にぴょんと飛び乗って、天使のような声で歌い始めた。


「らーらららららら、らー♪」





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※時栄三姉妹の日常


夜香「祖父の家に行った時にさ、昔の漫画を読んだんだわ」

白夜「国立大学の教養学部の教授だけあって祖父の本棚には文学作品の他に漫画もかなりの数が揃ってたな。子供の頃に時々借りて読んでいたよ」

夜香「その漫画に圭そっくりの主人公がいたんだ」

JK「なになに? どの漫画?」

白夜「祖父の本棚にあったのは主に少女漫画だったな。大学の教授でも少女漫画を読むのかと子供心に驚いたものだ。読んでみてなるほどと納得したけれど」

JK「夜姉、どの主人公に似てた? 自分でも似てるなーって思う主人公は何人かいるのよね。小悪魔っぽいところとか、しっかりもののところとか」

夜香「我が妹ながらここまで自惚れが過ぎるとは、厚顔無恥も甚だしい!」

JK「ず、ずいぶんな言い様ね」

夜香「祖父の家にあったのは少女漫画だけではない。少年漫画もあったのだよ」

白夜「ああ、なるほどね。すました目つきとか、怒ったときのほっぺたとか類似点が多々あるな」

JK「はやく教えてよ!」

夜香「ちょうどここにその漫画がある」

JK「ぎゃああっ! なによこの穢らわしい漫画は! ぜんっぜん似てないじゃない!」

夜香「いや、似てるだろ。潰れ餡鰻みたいなほっぺたは言うに及ばず、鬘を被って女装した姿は最早圭そのものだ」

白夜「うむ。けっこう似てるな」

夜香「ほらほら、言ってみなよ。『八丈島のきょん!』って」

JK「ひどい! 夜姉はどうしてもわたしを貶めたいのね!」

夜香「くくく……、ふくれっつらになればなるほどそっくりになっていくぞ」

白夜「ぶはははっ! す、すまん、つい」

JK「うわああん! 白姉まで、もう知らない!」

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JKさんとOLさん シュンスケ @Simaka-La

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