恋の味

原作

今日のあたしには、ひとつの試練がある。

今日? みんなわかるよね?

そう、今日は11月11日、ポッキーの日!

あたしは、今日。

好きな人とポッキーゲームするんだ!


今日も鏡の前で最近一番お気に入りのメイクをして、トレードマークのツインテールを結ぶ。

そして、ニコッと口角を上げて、魔法の言葉。


「あたし、今日も可愛い!」


これは、臆病なあたしが彼に近づく為に絶対必要な魔法。

彼に振り向いてもらう為なら、何でもやっちゃいたいな。

『お前ごときが? 自意識過剰女が調子乗ってんじゃねーよ』

昔の出来事が、頭を掠めた。

あっ、いけないいけない。

もう、あのことは忘れるんだ。

あたしは、未来を生きるんだ。



「おはよ〜!」

「おはよっ!」


今日も朝の学校は賑やかだ。

まるで、本当の「青春アオハル」みたい。

――いや、みんなにとっては「青春」だよね。

わかってるよ。

でも、あたしにとっては……。


「おはよ! 今日も可愛いねっ」


親友の十彩とあが今日も笑って近寄ってくれる。

そこで、今日の朝も決めてきたあたしの笑顔!


「え〜っ。そうかな? 十彩の方がかわいーよ!」


そう言えば、十彩は可愛い笑顔を浮かべてくれた。

かと思えば、ニヤッとした顔つきになって、耳元に顔を寄せてきた。


「ねぇ、今日、告白するんでしょ?」


耳元で囁かれた言葉。

あたしは、好きな人にポッキーゲームを持ちかける……ってことは……。

確かに……こ・く・は・くじゃんっ!!!!

嘘!?

どうしようっ!?

耳から顔が赤く染まっていくのがわかる。

あたしには、コクっと頷くことしかできなかった。

それだけで伝わったのか、十彩は一気にニヤッとした顔つきになった。

恥ずかしい……。

でも、私は……今日っ!!!


「おはよ〜」


教室に、入ってきた声。

彼だ。彼だ。彼だっ…………!

十彩がさらにニヤッとした顔つきになって、私を見つめてきた。

その顔には、「よかったねぇ〜」ってバッチリ書いてある。

――というのも、教室に彼が入ってきたからなのだ。


すめらぎくん、おはようっ」


そう、爆モテ男子、皇くんである。

本当に、『リアル皇子様』なのだ。

キラキラしてて、笑顔もかっこよくて、優しくて……!

私も、皇くんを好きな1人。

だから、今日、告白する。

と、そこにもう1人の男子が入ってきた。


「ねみぃ〜」


大きな欠伸をして教室に入ってきたのは……そう、うちの『リアル皇子様』と並んで有名な『リアル狼』の……。


白狼しろかみくん、大丈夫?」


そう、白狼だ。

みんなにとってはかっこいい『リアル狼』でも、私にとっては普通の幼馴染。

みんなは白狼の表の姿に騙されてると思うんだよなー。

白狼はもっと怖くて、皮肉で、でもどこか……。

いや、違う違う。

あたしは皇くんのことが好きなんだから。



「キーンコーンカーンコーン……」

「はい、ホームルームおわりです。気をつけて帰ってね〜」


え!?

もうそんな時間!?

と心の中で1人びっくり。

周りを見回すと皇くんが帰ろうとしている……!

え、嘘でしょ!?

ここで、ここで呼び止めなきゃ……!

そう思ったのが馬鹿だった。

今思えば、そう思う。

あたしは、こう言ってしまったんだ。


「皇くん! ずっと、好きでした!」


そう、叫んでから1秒。

教室に静寂が訪れる。

そして、私も自分のやってしまったことの重大さに気づいた。

きゃああああああああ。

言っちゃった!?!?

どうしよう!?

もう、言うしか…ないよね?


「あたしと、ポッキーゲームしてくれませんか……?」


どれだけの時間この状態で待っただろう。

あたしと皇くんは視線を通わせた。

――もしかしたら。

そう思っちゃったあたしが馬鹿だった。

次の瞬間、皇くんがこう言ったから。


「ごめん。無理」


……………………………

あたし、何かした?

――そっか、皇くんもあたしの事気持ち悪いって思ってたのかな。

自分で自分を可愛くすることの何がいけないんだろう。

あたしは、あたしのままでいたい。


「――――――――――そっか、ごめんね」


それ以上の言葉を絞り出せなくて、あたしは教室から逃げ出した。


気づいたら、屋上だった。

あたしの大好きな場所。

空が、いつもと変わらず綺麗だ。

あたしの心は、こんなに土砂降りの雨なのに。

空をぼーっと見上げる。

どうすれば、良かったのかな。

スカートのポケットに入ってるポッキーの袋を取り出して、中身を開けた。


「――――好きだったなぁ」


ポトッ、と一筋の滴がコンクリートに染みを作る。

あれ、泣くはずじゃなかったのに。

なんで。

あたし――――!


「おい!」

「…………………白狼?」


後ろを振り向くと、白狼がいた。

なんでだろう。

なんでここにいるんだろう。

そんなあたしの心を見透かしたように白狼が言う。


「幼馴染のことなら、こんぐらい知ってるに決まってる。お前、大丈夫か?」


あぁ、白狼は優しいなぁ。

ほら、君のファンがたくさんいるんだよ。

あっちに行ったら君は輝ける。

早く、行きなよ?

そんなこと、心の中に留めておくしか無かった。

――この温かさを、今味わっていたかったから。


「白狼……ちょっと泣いていい?」

「もう泣いてるけどな」


そう言って、白狼は頭にぽんっと手を置いて、あたしを慰めてくれた。

――こんなことされたら、好きになっちゃうよ。

白狼って、こんなに優しかったっけ?

そんなことを心の底で考えながら、ひたすら泣いた。



「もう、大丈夫だよ」


あたしがそう言うと、白狼はほっとしたような視線を私に向けて――そして、真面目な表情になった。


「っ、え? 何? 白狼?」

「言えなくてごめん。ずっと、好きだった」


……………………………………え?


「俺と、ポッキーゲームしませんか?」


ポッキーのチョコより甘い甘い味に心が染まっていく感じがした。


11月11日。

それは、私が失恋した日。

そして――好きな人が出来た日だ――。

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恋の味 @umiuta

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