第18話 何も……。

 朝、学校に行くとホームルーム終わりに先生から、


「昼休み、校長先生からのお呼び出しがありますので、校長室に行くように」


 と。

 相変わらず緊張はしない。

 中学校生活と、皆の努力を左右するのに。

 でも、こればっかりは運命がどう動くかを待つしか無い。

 だって、結果はもう決まってるだろうから。

 今更僕がソワソワしたって仕方ない。


 昼休みの集合の話は作曲部全員に知らされたらしく、一限目の前、僕のクラスの前の廊下に全員が集まった。


「遂にだねぇ」


 廊下に置いてある椅子に座りながら、椿は言った。


「直談判から早二日。お偉いさんは何を話したのか知らないけど、結果はどうなのか。ぶっちゃけ楽しみではある」

「すんごいお気楽だね、椿クン」


 菜花の言う通り、確かに椿はお気楽だ。

 でもそんな椿から、緊張がゼロでは無いことも伝わってくる。

 何故かと言うと、普段よりも少し声のトーンが低い。

 これは椿が緊張して、無理に冷静になろうとしている証拠だ。

 椿とは長いので、これくらいは分かる。


「良いんだよ、お気楽で」


 椿の態度、いつも通りなのに、違和感はいなめない。

 怜悧れいりっぽさを残そうとするいつもの椿も、確かにそこに居る気がした。


 ◇


 うーん、何でだろう。

 朝、自分たちの運命がかかってると言っても過言じゃないことが昼休みに行われると聞いたのに、生活のテンポが崩れない。

 それだけ授業に集中できているということで、ヨシとしておきたい。


「緊張、してる?」


 八木の問いかけ。


「別にそうでもないけど……」

「本当?」


 なんでよりにもよって僕にだけ訊くのか。

 椿もそうだが、他のメンバー、緊張しすぎじゃないか?

 制服越しに分かる足の震えと、この無言の空間。

 かろうじて八木と僕は話しているが、八木は八木で緊張が伝わってくる。

 僕らが校長室の前に到着するまで、その後誰も言葉を発しなかった。

 到着した後、この前のように皆で話すこともなく、椿は「失礼します」以外何も言わずに扉を開けた。

 そこには生徒会長と校長。

 水中にいる時のような動きづらい圧がある。


「今日皆さんを呼び出した理由はわかっていると思います」


 口を開いたのは生徒会長。

 この空気感のなかで話せるのは流石だ。


「皆さんの部活の新設についての話なのですが……」


 言葉の最後を曖昧にする校長。

 僕は固唾かたずを飲む。


「非常に申しづらいのですが、結果から言うと、却下となりました」


 …………?

 いま、なんて……。

 理解が追いつかない。


「生徒会としても、学校としても、皆さんの挑戦は素晴らしいものと評価しました」


 …………。

 話についていけない。


「先日、お話をした際も素晴らしく、生徒会共々とても感心しました」

「熱量も伝わりましたし、まだ不慣れな地でのあの行動はそう簡単に成し遂げられるものではありません」


 校長と生徒会長の目に、濁りは一切ない。


しかし、我が校では職員の勤務時間の問題を抱えているのです」


 …………?


「市の職員の平均勤務時間を大幅に超えている職員が多くいらっしゃり、これ以上勤務時間を増やすわけにはいかない、そう判断しました」

「なので、残念ですが……却下となりました……」


 …………。

 どう冷静になれば良いのか分からない。

 言葉にならないパニックにさいなまれる。

 相変わらず理解は追いつかないまま

 動揺で動けない。


「先ほども申し上げましたが、あなた達の挑戦は素晴らしいものです。誇りを持ってください」

「校長先生の言う通りです。ここでくじけるのではなく、これからも挑戦を続けてください」


 校長と生徒会長が気を遣っているのがとても伝わる。


「承知しました。失礼しました」


 校長室を出ていく椿と一同。

 僕は……。僕は何も出来なかった。

 何も出来なかったんだ。


 全てが崩れる感触がした。

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