ライガーマスクのうた

 翌日、天田士郎は真幌公園のベンチに座っていた。あたりは既に暗くなっている。夜空を見上げながら、士郎はなぜ呼び出されたのかについて考えていた。いったい何が目的なのだろう。


 士郎がそんなことを考えていた時、音も無く目の前に現れた者がいた。言うまでもなく、海斗である。


「ったく、相変わらず神出鬼没な野郎だな。頼まれたものは、ちゃんと持ってきたぜ」


 言いながら、士郎は大きな紙袋を差し出した。海斗は受け取り、ベンチに座る。


「士郎さん……あの吉井って男は結局、何者だったんだよ?」


「正直いうと、俺もよくは知らん。だが、どうやら公安に関係していたらしい。要は、政府の汚れ仕事を引き受けていたんだよ。あいつも、しょせんは歯車のひとつだったわけだな」


「そうか。歯車のひとつだったのか」


 そう言うと、海斗はため息をついた。


「俺は、吉井を殺せなかったよ」


「知ってるよ。ま、いいんじゃねえのか。殺すも殺さないも、お前の自由だ」


 軽い口調で、言葉を返す。しかし、海斗は神妙な顔つきで、なおも喋り続ける。


「あんたは、俺のことをどう思う?」


 いきなりの問いに、士郎は戸惑うような表情を向けた。


「いや、どう思うって言われてもな……」


「俺は、いつまで経ってもチンピラなのかな」


 海斗の声は、妙に沈んでいた。


「何を言ってるんだよ。お前はチンピラなんてレベルじゃないだろうが──」


「庄野が言ってたんだよ。俺は、どっちつかずのチンピラだと。確かに、俺はどっちつかずだよな。あれだけ大勢の人間を殺しておきながら、おっさんひとりを見逃した……いや、殺せなかったんだ。あのおっさんが、全ての原因を作ったのにな。やってることが、全て中途半端だよ」


 海斗のその言葉を聞き、士郎は真剣な顔つきで口を開いた。


「俺には、お前の気持ちはわからねえよ。でもな、ひとつだけわかることがある。お前が殺さなくていいと判断したなら、それはそれでいいんじゃねえか。もとより、お前の気持ちの問題なんだしよ。復讐は、最後までやらなきゃならないわけじゃない。お前の気が済んだなら、そこで終わり。それでいいんじゃねえのかな」


 その言葉に、海斗は何も言えず下を向く。すると、士郎は笑みを浮かべた。


「難しく考えることはねえさ。そもそも、誰かに命令されたわけじゃない。お前が自分の意思で始めたことだ。終わらせるのも、自分の意思だよ。俺は、そこに手を貸しただけさ」


 その言葉を聞き、海斗は顔を上げた。


「だったら、あいつらはどうなるんだ」


「あいつら?」


 訝しげな表情を向ける士郎。


「死んじまった小林さんや、今日子はどうなるんだ?」


「そうだなあ……月並みなセリフで申し訳ないが、あの二人はお前に復讐してもらうことを望むかな?」


 その言葉を聞いた瞬間、海斗の顔が歪む。彼は再び下を向いた。まるで、こみ上げる何かに耐えているかのようだった。

 一方、士郎は優しく微笑んだ。


「もう、いいんじゃねえかな。お前のやったことの是非を問う気はない。ただ、あの事件に、少しでも関わった人間をどんどん殺していったらキリがないぜ。ここまででいいんじゃねえか。まあ、決めるのはお前だけどな」


 そう言った直後、士郎は小さな人影を発見した。中学生くらいにしか見えない少女だ。長い黒髪と、ぞっとするような肌の白さが特徴的である。大きめのコートに身を包み、十メートルほど離れた位置で士郎をじっと見つめている。

 すると士郎は軽く会釈し、少女に右手を振って見せた。


「やあ、あんたが大月瑠璃子ちゃんか──」


「ガキみたいな呼び方、しないで欲しいんだけど。こう見えても、あたしはあんたよりずっと歳上なんだよ」


 瑠璃子の口調は冷たい。明らかに、士郎を拒絶しているような意図が感じられる。士郎は思わず苦笑していた。


「なんか、嫌われちまったみたいだな。ま、いいや。海斗、もし何か困ったことがあったら連絡しろ。こう見えても、俺はあちこちに顔が利くんでな」


 そう言って、士郎は立ち上がる。そのまま、振り返りもせず歩いて行った。


「ねえ海斗、あいつ信用できるの?」


 いかにも不快そうな表情を浮かべながら、瑠璃子は尋ねた。彼女は、士郎のことが気に入らないらしい。


「さあな。ただ、あいつは他の人間とは違う」


「でも、あいつは海斗を利用する気だよ」


「わかってるよ。向こうがその気なら、こっちも利用させてもらうだけさ」


 軽さの感じられる海斗の言葉に、瑠璃子は眉間に皺を寄せた。


「大丈夫かなあ。あいつ、なんか油断できないよ。もし海斗の気が進まないなら、あたしが士郎を殺すからさ」


「殺さなくていい。これ以上、誰にも死んで欲しくないんだよ……なるべくなら、な」


 そう言うと、海斗は空を見上げた。満月が浮かんでいる。さらに、幾つもの星が輝いている。

 不思議な気分だった。太陽もまた、星のひとつのはずだ。なのに、今はもう見ることが出来ない。

 もし、また太陽を見る時……それは、自分がもう一度死ぬ時なのだ。

 そういえば昔、瑠璃子も似たようなことを言っていた。


「ねえ、後悔してる?」


 不意に、瑠璃子が聞いてきた。彼女は海斗の隣に腰掛け、星空を眺めている。


「何が?」


 聞き返すと、瑠璃子は寂しげな瞳で海斗を見つめた。


「吸血鬼になって、後悔してない?」


 瑠璃子の声は、ひどく哀しげだった。


「後悔なんか、する訳ないだろ。お前が吸血鬼に変えてくれたお陰で、俺は生きることが出来た。それに、この方が手っ取り早いじゃないか。お前を人間に戻すより、俺が吸血鬼になる方が簡単だよ。ずっと一緒にいられるしな」


 そう言って、海斗は微笑んで見せた。だが、瑠璃子は口元を歪める。


「不思議なんだよね。生まれてから、もう五十年が経った。五十年て凄く長いはずなのに、あっという間に過ぎた気がする」


「そりゃあ、過ぎちまえばあっという間さ」


 努めて軽い口調で、言葉を返す。だが、瑠璃子の表情は暗い。士郎との接触により、昔を思い出してしまったのだろうか。

 ややあって、彼女は再び口を開いた。


「五十年の間に、色んなものが消えていったんだよ」


「はぁ? お前、何を言ってるんだよ?」


 とぼけた口調で聞き返す。だが、瑠璃子は空を見上げたままだ。


「あたしの中から、少しずつ色んなものが消えていくんだよ。あたしは昔、人間だったはずなのに……今じゃあ、昔からずっと吸血鬼だったような気がするんだよね。このまま、あたしは身も心も化け物になっていくのかな」


「おい瑠璃子、ちょっと待てよ」


 どこか虚ろな瑠璃子の表情に、海斗は不安を感じて声をかける。

 しかし、彼女は力なく微笑むだけだった。


「人間だった時の思い出が、消えていくんだよ。お父さん、お母さん、弟、妹……みんな記憶には残っている。でも、今では何も感じないんだよ。家族がいた頃の楽しかった気持ちも、家族が死んだ時の悲しい気持ちも。あたしは家族のことを、思い出しもしなくなった。いつか、あたしは家族がいたことすら忘れるのかな……それどころか、あたしは自分が人間だったことも忘れるのかもしれない」


 そう言うと、瑠璃子は自嘲の笑みを浮かべた。


「どっちが幸せだったのかな。あの時、家族と一緒に人間として殺されていたのと……たったひとりで、化け物として永遠に生き続けるのと……」


「もちろん、生き続ける方だよ。考えるまでもないだろうが。それに、お前はひとりじゃない」


 言いながら、瑠璃子を抱き寄せる海斗。瑠璃子は無言で、されるがままになっていた。

 海斗は耳元で、そっと囁く。


「瑠璃子……俺には、お前の辛さは分からない。でも、せめて俺の幸せのために生きてくれよ。俺は、お前が生きていてくれれば幸せだからさ」


「何それ? すっごいワガママなんだけど」


 そう言った時だった。新たな人影が現れる。とても小さい。子供のようだ。

 小さな人影は、とことこと歩いて来る。二人のそばに来ると、拗ねたような表情で口を開いた。


「また二人だけでイチャイチャしてるの。いやらしいの」


「違うって。ちょっと、大人の話をしてたんだよ」


 言いながら、海斗は立ち上がる。しかし、少女はぷいと横を向いた。

 海斗は苦笑し、少女の頭を撫でる。


「機嫌直してくれよ。一緒にライガーマスク観ようぜ。ほら、DVDボックス手に入れたからよ」


 言いながら、紙袋を高く掲げる。


「本当!?」


 少女は、パッとこちらを向いた。同時に、海斗の手を引いていく。


「早く行こ。帰って、一緒にライガーマスク見るの」


「おう、そうしようぜ」




「なあ、俺はライガーマスクみたいなヒーローになれるかな?」


「なれるよ。海斗はいつか、ライガーマスクみたいになれる……カッコいい正義のヒーローにね」





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名もなき漢のうた 板倉恭司 @bakabond

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