公爵邸にて執事はミタ!
翌日、アランは馬車で夫人をフィナンシェ公爵家別邸に送り届けた。
できればアランも夫人に付いて公爵邸内部に入りたかったのだが、供には夫人が伯爵家から連れてきた身分の高い使用人が付いた。平民のアランは夫人の供に相応しくないとのご達しである。
仕方がないのでアランは夫人を見送ると一旦伯爵邸に戻るフリをして馬車を公爵邸から少し離れた位置にある店の馬繋場に駐車し、自らに
浮気の証拠となる物があるとすればブルースの自室に違いない。どうにかそこまでの侵入ルートを探らなければならない。
公爵家なだけあって伯爵家の屋敷と比べるとかなり大きく豪華だった。建物の中に一体何部屋ぐらいあるのだろう。
アランはまず屋敷の玄関に目を向けた。玄関には筋肉ムキムキの屈強な大男が2人、直立不動で立っている。いかにも強そうだ。
加えて屋敷の周りには何人もの使用人が不審な者がいないか見回っている。かなり厳重な警備と言っても良い。
確かに公爵家の子息ともなると要人には違いないが、ここまで厳重に警戒する必要はあるのかとアランは少し疑問を抱いた。
有事の際なら分かる。だが今は平時だ。平時でこの警備は少し過剰すぎる気がした。
なにはともあれ、まずは屋敷の内部構造を調べないと始まらない。
アランは警備の人たちにバレないよう、密かに
しかし弾かれてしまった。屋敷には何か有事があった時のためにいくつもの
これは侵入するのに苦労しそうだとアランは苦い顔をした。
屋敷の構造が分からなければブルースの部屋がどこにあるのか分からない。やみくもに探しても、こちらがブルースの部屋を見つけるより先に屋敷の使用人たちに見つかって終わりだろう。
アランは他に何か方法は無いか探した。
と、そこで突然公爵邸の裏門が開き、何名かの使用人が出て来るのを確認した。アランは急いで公爵邸の塀に身を隠す。
「あれは…」
その中に見知った顔を見つけた。以前アランが本の返却を手伝った公爵家のメイド・ティナだ。
しかし裏門から出てきた彼女の顔は酷く強張っていた。彼女の後ろには2人組の男、こちらもピリピリした表情をしている。3人は屋敷の裏門から出ると、公爵邸近くにある雑木林の中に姿を消した。
その様子を見て、少し胸騒ぎがした。何か既視感があった。アレと似た光景を昔見た事がある。
気になったアランは3人の姿を追う事にした。
○○〇
3人は雑木林の少し奥まで来ると立ち止まった。そして2人組の男の片方…小太りの男がティナに語りかける。
「はぁ~…。あのさぁティナ。お前これで何回目のミスだよ? お前の尻ぬぐいをしているこっちの身になってくれよな。お前がミスったら俺たちも一緒に怒られるんだぜ? 伯爵夫人に茶ぁこぼしやがってよぉ…」
「す、すいませんウッディさん。以後気を付けますので、どうかご容赦を…」
「それは何回も聞きました。そこで私たちは考えたのです。何回言ってもミスがなくならないのなら、痛い目をみて覚えてもらうしかないと。そうすれば流石に覚えるでしょう? 確か東洋の国にありましたよね。『痛くなければ覚えませぬ』って言葉が」
「きゃあ!」
もう片方の背の高い男がいきなり右手から
「ダンさんやめてください。お願いします。本当に反省しておりますので…」
「うるさい! 俺たちが教育してやるっつってんだからありがたく受け取れよ!
「わっ、わっ」
「避けるな!」
2人組の男はティナに向けて次々魔法を放つ。
アランは既視感の正体を悟った。
…これはイジメだ。決して教育などではない。立場が上の者が教育という体にして立場が下の者に対し、憂さ晴らしをしているだけだ。
アランも伯爵邸に居た頃、これと同じような光景を見た事がある。
当主や上司がまともならば対処してくれるが、そうでなかった場合は訴えたとしてもまともに取り合ってもらえず、泣き寝入りしなければならない可能性が高い。
もちろんティナに全く非が無い訳ではない。ミスはミスだ。同じミスを繰り返さないように気をつけなければならない。
しかしこれはやりすぎだ。 下手をすればケガでは済まない。
アランは止めに入ろうとして…考え直した。
倫理的には止めるのが正しい。
だが相手は公爵家の人間で自分は部外者の伯爵家の人間だ。立場はこちらの方が下。加えてアランは貴族ですらない。
そんな人間が間に入ったとして何になろう。
むしろ公爵家の内情に干渉したとして、向こうの家から怒りを買う可能性だってある。軽はずみな行動はするべきではない。自分のせいでシャーロット初め伯爵家の人間に迷惑がかかるのだ。
それにここでアランが乱入してイジメを止めた所で、彼らのティナに対するイジメが完全に無くなる訳ではない。むしろ更に激しくなる可能性もある。
アランはそう考え、見て見ぬフリをしてその場を去ろうとした。ティナに心の中で謝罪しながら、自分の無力さを呪いながら。
「ほらほらぁ!」
「これも立派なメイドになるためですよ」
男たちの放つ魔法をなんとか避け続けていたティナだが、ついに転んでその場でうずくまってしまった。もう次は避けられない。
「すいません、すいません…」
『ごめんなさい、ごめんなさい…』
アランはその場から去ろうとして立ち止まった。ティナのその姿が幼い頃に冷遇され、イジメを受けていたシャーロットの姿とダブって見えたのだ。
「誰か…助けて…」
『アラン…助けて…』
頭の中では他家の事情に関わらない方が賢いのは分かりきっている。しかしアランにはその光景を見て見ぬフリはできなかった。
「ああっ…クソッ!」
アランはポケットから手拭いを取り出し、自分の顔に巻き付けて顔を隠した。そして自身に
「ハーッハッハッハ! コケやがった。本当にどんくさ…う゛っ!」
まず距離が近かった小太りの男の方に素早く近づき、鳩尾に一撃食らわせた。小太りの男はいきなり現れたアランに完全に不意を突かれ、拳が綺麗に鳩尾へと入り、気絶する。
まずは1人。アランはそのまま動きを止めずに素早く近くの木の影に隠れる。姿を見られてはいないはずだ。
「ウッディさん? どうしました?」
背の高い男が突然倒れた小太りの男に近づき、しゃがみこんで様子を確認しようとする。アランはその隙に男の背後に回り、首筋に手刀を「トンッ」と食らわせた。
「う゛っ…」
これも綺麗に決まり、背の高い男はその場にバタリと倒れた。これで2人の無力化に成功した。
「えっ…あっ…」
ティナは何が起きたのか分からず動揺しているようだった。うずくまったままの態勢で辺りをキョロキョロ見渡している。
そして彼女は手拭いで顔を隠したアランの姿を見つけた。
「あ、あの…もしかして助けてくれたんですか?」
「この件は上司に報告しろ。それと…強くなれ」
アランは声色を変えてティナに短くアドバイスをした。それだけ述べて、その場から立ち去る。これで少しでも彼女が救われてくれればいいと願いながら。
「えっ? あの…。あっ、この匂い…。あの人はもしかして」
この問題を根本的に解決するには彼女自身が成長し、強くなるしかない。仕事でミスがなくなるように気を配り、精神的にも強くなる必要がある。
シャーロットもそうやってイジメを克服した。今では自分をイジメようとしてくる人間には逆にかみつくぐらいだ。
アランは雑木林の出口付近まで来ると顔を隠している手拭いを解き、大きく息を吐きだした。
顔は隠していたし、声も変えた。自分が介入した事はバレていないだろう。
懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。そろそろ夫人が迎えに来てくれと指定した時間だった。
アランは馬車を留めていた店から馬車を引き取り、何食わぬ顔で公爵邸に戻った。
◇◇◇
絶対に婚約破棄させたい伯爵令嬢と絶対に婚約成立させなければいけない執事 ~お嬢様の成婚のために奔走していたらいつの間にか女の子達から好意を寄せられていた~ 栗坊 @aiueoabcde
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