夜、寝室にて
1日の業務が全て終わり、夜。アランは寝る前に明日の予定を軽くチェックしてから寝床に入った。
アランの寝室は男性使用人の共同部屋だ。使用人は一部の役職についている者を除き、部屋は共同だった。そのため部屋にはアランの使用しているベッドの他にいくつかのベッドが並んである。
もっとも現在伯爵家別邸にいる男性使用人はアランしかいないので、実質1人部屋のようなものだが。
本来アランのこなしている仕事の内容からすると役職を与えられ、専用の1人部屋を与えられてもおかしくはない。しかし彼は身分が平民なので専用の部屋は与えられていなかった。
どうしようもない身分の差。
階級社会ではこのように身分による区別が当たり前に行われている。理不尽だとは思うが、どうしようもなかった。
アランは自分の力の無さを嘆いた。だが悔やんでも仕方がない。自分は自分の出来る事をするだけだ。
明日も早いのでアランはそれ以上思考するのやめ、頭の中で羊を数え始めた。睡眠不足は業務に支障が出る。特に明日は夫人を伴って公爵邸に赴き、密かに内部構造を調べなくてはならないのだ。
○○〇
彼が布団を被り、目を閉じてから10分ほど経っただろうか。部屋の扉がガチャリと開く音が聞こえた。アランは身体を起こし、照明の魔道具をつけてそちらに目を向ける。
そこにはクロエが寝間着姿で立っていた。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「クロエ、どうしたんだ?」
「女子使用人室…追い出されちゃった。ベッドの数が足りなくて」
クロエも身分が平民のため共同の女子使用人室で寝泊まりしていた。しかし夫人が連れてきた従者たちにベッドを占領されてしまったらしい。あちらの方が身分が上だからだ。
「それは災難だったな。ベッドはいくらでも余ってるから、夫人が滞在している間はこっちで寝泊まりするといい」
「うん、そうさせてもらうね」
クロエはトテトテと歩いて来ると、アランの隣のベッドに陣取った。
アランの目に寝間着姿のクロエがドアップで写った。メイド服姿や学生服姿は見慣れていたのだが、寝間着姿の彼女を見るのは初めてだった。
基本的に翌日の業務に備えてお互いに早く寝てしまうため、見る機会が無かったのだ。
睡眠時に安眠性を高めるため着用する寝間着は通気性や動きやすさを重視するため布地が薄い。どうしても成長したクロエのボディーラインを浮きだたせてしまう。子供の頃とは違う、クロエの丸みを帯びた身体のラインがアランの目に入った。
なんだかんだ言ってアランもティーンエージャーの男児だ。執事という業務上そういった感情は出さないようにしてきたのだが、いつもとはまた違う雰囲気を纏ったクロエの姿に少し動揺してしまった。彼は慌ててその感情を押し殺す。
「わざわざ自分の隣のベッドに来なくてもいいのに」とアランは思った。
「そこでいいのか?」
「えっ? 詰めて使った方が良くない?」
「こっちは別に構わないけど…女の子からしたら異性が近くにいるって寝にくくないか?」
「なんだそんな事? 昔はよく一緒に寝たじゃない」
クロエの一族はアランと同じく長年伯爵家に仕えている一族だ。故に彼女とは幼い頃から一緒で…所謂「幼馴染」という関係になる。
数年前、アランとクロエはシャーロットの専属執事・メイドに任命された。
しかし下級使用人で今まで雑用の仕事しかしてこなかった2人が突然上級使用人の仕事ができるはずもなく…2人は当時伯爵家に仕えていたスパルタで有名な執事にしごかれる事となった。
その時に山奥の小屋にこもり数カ月修行したのだ。部屋数が少なく、一緒の部屋で寝泊まりしていた。おそらく彼女はその時の事を言っているのだろうと予想した。
「あの時はまだお互いに子供だったし。クロエがいいならそれでいいけど」
「フフッ、大丈夫。アラン君はそんな事しないって信じてるから。まぁ、アラン君ならしてきても…ゴニョゴニョ」
「?」
声が小さくて後半何を言っているのかよく聞こえなかったが、向こうが良いというのなら大丈夫かとアランは気にしない事にした。
「浮気調査の件…大丈夫? 私に手伝えることない?」
「今のところは…大丈夫かな。助けが必要になったら言うよ。ありがとう、相棒」
相棒。そう、クロエはアランの頼れる相棒なのだ。あの苦しい修行も彼女と一緒に乗り越えた。そしてシャーロットを支えようと誓った。唯一無二の相棒。
「…うん!」
「明日も早い、寝ようか」
「そうだね。お休み」
アランは照明の魔道具のスイッチを切った。部屋が暗闇に包まれる。2人は布団を被ると夢の世界に旅立っていった。
○○〇
2人が寝静まってから1時間後、眠りの浅かったアランは使用人室の扉が再び「キィ」と静かに開く音に反応して目が覚めた。
クロエがトイレにでも立ったのか、夫人についてきたお付きの者たちがこちらの部屋に来る理由はなどはないはずだ。アランはそう思い、再び目を瞑った。
「トットット」と小さな足音が静寂に響く。その足音は隣のベッドの前で止まるかと思いきや、アランの眠るベッドの方までやってきた。そしてあろう事か足元からモゾモゾと布団の中に入って来るではないか。
アランは焦った。「クロエは寝ぼけているのか」と。
「う、う~ん…もうお腹いっぱいだよぉ…。えへへ」
しかしその時、隣のベッドからクロエの寝言が聞こえた。彼女はちゃんと隣のベッドで寝ている。
では今アランのベッドに侵入しようとしている人物は一体誰なのか。
アランは布団をガバリとめくった。
「あっ…」
「アリシア様…何をなされているんですか?」
アランの布団に侵入してきた者の正体。それはアリシアであった。彼女はアランに見つかるや「テヘッ」といたずらっぽく舌を出し、理由を話した。
「その…いつもと違うベッドだから眠れなくて」
「だからと言って私のベッドに侵入してくる事は無いでしょう」
「アランの近くだと安心できるから…。ダメ?」
「ダメです。年頃の御令嬢が使用人の、それも異性のベッドに侵入していいものではありません。ご自分のベッドにお戻りください」
「今日だけ、今日だけだから。明日からはちゃんと自分のベッドで寝るから!」
「ダメです」
「じゃあ自分のベッドで眠るからせめて…私が眠るまで一緒に居てくれないかしら?」
「ダメです」
彼女は両親から甘やかされて育っているせいか、まだ甘え癖が抜けないらしい。来年からは貴族学園に通う事になるのだから、そろそろそれは卒業しなければならない年だ。
「…アランがシャーロットお姉様ではなくて、私の専属執事ならお願いは聞いてくれたのかしら?」
「…部屋までお送りしましょう」
散々要求を断られたアリシアはいじけた様子でボソリと呟いた。
もしシャーロットが眠るまで一緒に居てくれとお願いしてきたのなら…自分はどうしただろうか。
いや、それでも断るだろうと頭の中でぼんやりと考えた。
自分は執事で彼女は貴族の令嬢なのだ。線引きはしっかりしなくてはならない。
アランはアリシアを部屋に送り届けた後、再びベッドに入り眠った。
◇◇◇
アランとクロエの過去もそのうち掘り下げます。
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