『エミリア・イン・ワンダーランド』
1
「そこで最後にこう言ったのさ。『あなたの心です』ってね!」
「わ、素敵ね」
指を鳴らして歯を見せて笑うスバルに、エミリアは手を
ロズワール邸の中庭、
身振り手振りを交えたスバルの話し方は巧みで、エミリアは知らず知らずの内に物語の世界に引き込まれてしまう。声色を変えて男女を演じ分けるスバルの達者な技量に、エミリアは素直に感心するばかりだった。
「でも、スバルって本当にたくさんのお話を知ってるのね。それも私が知らないお話ばっかり。すごーく感心しちゃう」
「俺も今は自分の記憶力と、地球に生まれたことを感謝してるよ。こうしてエミリアたんにささやかな感動を与えることが、アンデルセンが俺に与えた使命だったんだね」
「チキュー? アンデルセン?」
「俺の住んでた宇宙船と、そこで有名な童話作家の名前」
首を
スバルがロズワール邸に入り、魔獣絡みの騒動を解決してから早二週間。事件の際の傷も
慣れない勉強で疲れてしまっているエミリアには、スバルのその気遣いがありがたい。さらに話自体も面白いのだから、続き続きとせがんでしまうのも仕方なかった。
「さて……話もひと段落したところで、
尻を払いながら立ち上がり、スバルがエミリアにそう尋ねる。吹く風に銀髪を揺らしていたエミリアは、木に寄り添いながらしばし悩み、
「もうちょっとだけ、ここにいるわね」
「そっか。じゃ、またあとで。ラムに見つかったら首を
冗談めかしてスバルが屋敷へ戻るのを見届け、エミリアは「んー」と
昨晩はなかなか切りのいいところが見つからず、読書で夜更かしをしてしまった。こうして
「スバルと一緒に、戻った方がよかったかも……」
うつらうつらとなりながら、エミリアは
ダメダメと思いながら
そして、エミリアの意識はそのまま──。
2
「大変、大変! 早くしないと間に合わない!」
眠りかけていたエミリアは、突然聞こえたその声に
「え、なに?」
「大変だー! 一大事だー! よくわかんないけど急がなきゃ!」
あたりを見回したエミリアは、その声の
庭の樹木に寄り掛かるエミリアの目の前を、二足歩行の灰色の猫──エミリアにとっては見慣れた家族同然の存在、小猫精霊のパックが駆け抜けていく。
「パック? なんで実体化して……って、ちょっと待って!」
通常は
のんびりと焦った声に、何かあったのかもしれないとエミリアも
なのにパックは、そんなエミリアには目もくれず、
「せっかくだからボクはこの底の見えない穴を選ぶよー!」
とてとてと愛らしい足音を立てて、走るパックがエミリアを
「ちょっと!? パック、なんで私を無視するの、もうっ」
いつもと違う家族の態度にショックを受けながら、エミリアも慌てて木の後ろへ。するとそこにパックの姿はなく、代わりにぽっかりと地面に空いた穴があった。
まさか、さっきの掛け声はここに飛び込んだのだろうか。
「なんでこんなところに穴があるんだろう……ひょっとして、スバルが宝物でも隠してるのかしら……」
先入観で犯人を断定しながら、エミリアはおずおずと穴を
「ぱ、パックー? 聞こえる? 聞こえてたら返事してー!」
穴の中に呼びかけてみるが、声は
「──話の進行に差し支えるから、とーぉりあえずどーぉぞ」
「え?」
またしても聞き慣れた声がしたと思った瞬間、エミリアの体が後ろから何者かに引っ張られる。穴の中から肩を引かれた感覚にエミリアは驚き、その驚きはそのまま自分の体が落下することへの
「やっ、
頭から穴の中へと落っこちて、エミリアは地面に
「きゃっ──わふっ」
紙の束に抱かれるような感触に、エミリアはそこからじたばたと
どうやら穴の底に敷き詰められた枯葉が、落下の衝撃から守ってくれたらしい。
「ふぅ……びっくり仰天しちゃった」
ホッと胸を
「あ! パック!」
疑問に
「なんにも持ってないじゃない。変なイタズラして、怒ってるんだから。待ちなさいっ」
先の見えない通路の中、猛ダッシュのパックがあっという間に視界から消える。エミリアはそれでも懸命に走り、なんとか通路を抜けて明かりのある部屋へ飛び出した。
「ええっと……ここって? それにパックも」
小さく息を切らしながら、エミリアはまたしても様変わりした景色に
見ればそこは明るい色でまとめられた
「誰かのお部屋かしら……勝手に入って怒られちゃったらどうしよう」
不思議な状況を前に現実的な心配をしながら、エミリアはパックの姿と部屋の
「外に出られそうなドアがあるのに、私じゃ体が大きくて通れないわ」
これにはさすがのエミリアもショックを隠し切れない。自分が人よりも飛び抜けて体が大きい自覚は彼女にはなかった。確かに屋敷の女の子は、レムもラムもベアトリスも、エミリアよりも
「ううん。それにこんな大きさ、ベアトリスだって通れないわ。だからきっと、作った人がとってもうっかりだっただけよね」
落ち込みそうな気持ちを
鍵はおそらく、あの
「……アンネ?」
自分をそう呼ぶ心当たりがあるのは、ロズワールの親類であり、短い間だけ交友のあったずっと年下の友人だけだ。彼女の贈り物がこの部屋にある理由はわからないが、アンネローゼが自分に悪さをするはずがない。エミリアはそれだけはすぐに信じた。
「いただきます」
だから、エミリアは疑わずにその薬をグイッと飲み干してしまう。飲んでから、「体に塗るお薬だったらどうしよう」とうっかりに気付いたのだが、直後に訪れた変化がそんな心配をすぐに否定してくれた。
「わ、わ、わっ」
ぐんぐんと、突如として部屋の見え方が大きく変わる。腰の高さだったテーブルがあっという間に見上げる大きさに。窓枠と花瓶も空の彼方に。
「違う……これ、私の体が小さくなっちゃったんだ」
変化の原因にすぐに気付き、エミリアはすっかり巨大化した世界に目を丸くする。それからペタペタと自分の体を触り、服も一緒に縮んでよかったと安心した。
「裸で出歩いてたら変に思われるもの。でも、これであのドアは通れるわね」
やっぱりアンネローゼはすごい、とエミリアは小さくなった不思議の追及をすっかり忘れてガッツポーズ。それから
「がっかりしててもしょうがないわ。よし、頑張って登らなきゃっ」
それで心が折れないのがエミリアの美徳だが、
それは白いお皿と、その上にそっと置かれた焼き菓子だった。皿には手紙が一枚添えられており、拾ってみると『お嬢様の贈り物で困られたなら。保険』と書いてある。
この特徴的な文章も、エミリアに思い当たるのは一人だけだった。
「おやおや? おマヌケさんはひょっとして
焼き菓子を拾って迷っていたエミリアは、上から降ってきた声に顔を上げる。そんなエミリアをテーブルの上から見下ろすのは、鍵を片手に長い
パックはくりくり
「まったくダメだなぁ。選択肢の直前にセーブしておくのは基本だよ? 人生は甘いものじゃないんだから。その焼き菓子みたいにはね!」
「ごめん。ちょっと何言ってるのかわかんない。それにうまくないと思うの」
勝ち誇った顔のパックに、エミリアはいつもの調子で応答。ただ、このやり取りはスバルと交わしているものな気がする、と首を
「そんなことより、ふざけてないで鍵をちょうだい。それから早く、お屋敷に戻らないとみんなに心配をかけちゃうわ」
「周りの心配より自分の心配をしなきゃダメだよ。
「──えい」
「にゃーん」
自分に酔っている風なパックの態度が嫌だったので、エミリアは微精霊に命じてパックを強風で吹き飛ばした。風に巻かれるパックが窓にぶつかり、その手から鍵が落ちるのをエミリアは
「さあ、パック。ふざけてないで帰るわよ。早く結晶石に……パック?」
子どもを
「もう。ホントに今日は困らせてくれるんだから」
ぷりぷりと怒りながら、エミリアはドアから外へと踏み出す。エミリアを出
「歩いても歩いても、全然森に近づかない……」
目の前に見えている森なのだが、懸命に歩いてもその距離はなかなか縮まらない。体が小さくなった分、移動できる距離がずっと小さくなってしまったからだ。
「お
困り顔のエミリアは、自分が焼き菓子を包んで持ってきていたことを思い出す。取り出したそれは甘い香りでエミリアの胃袋をくすぐり、空腹の彼女をすぐ
「クリンドさん、いただきます」
手紙の送り
そして、
「あれ? あれれ?」
甘さを堪能した後で周りを見ると、エミリアは見える景色の変化──自分の体が大きくなって、縮んでいた分を取り戻していることに気付いた。手紙にあった『お嬢様の贈り物で困られたなら』の意味がようやくわかる。そして、さすがだと納得した。
「やっぱりクリンドさんってすごい……それに、おかげで森もすぐそこだわ!」
大きくなった途端に、目の前の森が手が届くところまできている。体が大きくなってもまだ大きい森だが、さっきに比べれば心細さはずっと消えていた。
エミリアは
「さあ、私の冒険はここからだわっ」
と、いかにも終わりそうな
3
──もちろん、冒険は終わらなかった。
終わらなかったが、エミリアの足は止まっていた。それは薄暗い森に入って、微精霊の照らす明かりを頼りに進んでいた真っ最中のことだ。
「そこで止まるのよ。ここから先はお前のような
またしても上から降ってきた声に、エミリアはきょろきょろと声の
枝の上に横になっているのは、眠たげな目でエミリアを
「土足で上がり込むなんて、
「ベアトリス、あなた……」
「ふん。今さら自分が誰を相手にしていて、どんな無礼をしていたか気付いても遅いのよ。まぁ、悔い改めるというなら許してやらないことも……」
「小さいのに、パイプなんて吸ってたらダメじゃない! それは大人になってからじゃないとダメなのよ! 背が伸びなくなるってスバルが言ってたんだから!」
幼女の
「な、なんたる侮辱かしら! ベティーを子ども扱いするなんてどうかしてるのよ! ベティーは立派な淑女! パイプは淑女で大人の
「そうやって大人に
「むきー! なのよ!」
顔を
「──おっと、お二人さん。そこまでにしときな。森の花たちが
そのまま言い合いを続行しようとする二人に、突如として割って入る
「スバル?」
「違うぜ、お嬢さん。俺はスバルじゃなく、チェシャスバルさ!」
振り返り、親指を立てて歯を光らせるチェシャスバル。どう見てもスバルだ。でもよくよく見てみると、その頭の上には猫の耳が生えていた。普通の位置にも耳があるので、耳が四つある形だ。なんだかちょっと不気味だった。
「うわ……嫌な
「そう思うならここは引けよ、ベア子。言っとくが、このチェシャスバルは神出鬼没。おはようからおはようまで、お前の暮らしを見つめ続けることもできるんだぜ?」
「一日中とか嫌すぎるのよ! ええい、これで勝ったと思うなかしらー!」
『かしらーかしらー』と捨て
「またつまらぬ幼女を
「まだベアトリスに注意が終わってなかったのに。それにこの耳も、みんなして私をからかってるんでしょう。怒るわよ」
「怒った顔もキュートだねって……痛い痛い、引っ張ったら千切れる取れる!」
怒りの
驚くエミリアの前で、チェシャスバルは涙目になりながらしゃがみ込んだ。
「何をカッカしてるのかは知らないけど、そんなにぷりぷりしてたらみんなに怖がられちゃうよ。女の子の最強の武器、笑顔を使って私TUEEEを楽しもう」
「ちょっと何言ってるのかわかんないけど……うん。でも、そうよね」
怒ってばかりでは相手を怖がらせてしまう。そう言われて、エミリアはしゅんとうなだれた。沈むエミリアの様子に、チェシャスバルは顔を上げると
「よし。沈んだときはパーッと楽しくだ。君をお茶会に招待しよう!」
「お茶会?」
「そうさ。森の奥で開かれる、
チェシャスバルの微妙に不安になる誘い文句に誘われて、エミリアは彼に案内されながら森を抜ける。しばらく歩くと、森の中に開けた空間と小さな家が見えてきた。
森に溶け込む小さな家は、庭に大きなテーブルを並べて大勢が
「……ああ、チェシャスバルか。お前はきてくれたんだな」
「これで男二人、顔を合わせてお通夜みたいにはならずに済んだみたいだ……」
ひどく沈んだ顔の二人──というか、沈んだ顔のスバルが二人、席についていた。そのシュールな光景に、エミリアは沈んだ気持ちも忘れて
「す、スバルが三人? チェシャスバル、どうなってるの?」
「何を言ってるのかわかんないよ、エミリアたん。あそこにいるのは帽子屋スバルと三月スバルだよ。帽子
チェシャスバルの説明を聞いてから確認すると、確かにうなだれる二人のスバルはそれぞれ帽子と兎の耳の特徴がある。ここに猫耳のスバルが加わると、意味がわからない。
混乱して目を回すエミリアを
「おいおい、そんな
「それでも今日ばかりは、って期待するのが人の常じゃん? ひょっとしたら電波悪くて電話が
「まぁ、昨日スタートで一夜明けてんだけどな。でも、そこで誰かきたらあえて待ってないよと言ってしまうナイスガイが俺こと三月スバル」
「待てよ、
顔を上げた三人のスバルが、それぞれに早口で何やら
「そうだ! そんな悲しくも
「ゲストって誰だよ。どうせ俺たちを期待させておいて、森で
「まぁ、ベア子でもいないよりマシか。よっしゃ、ベア子のお茶だけ砂糖超入れて、どれぐらいやせ我慢するか
「それも
盛り上がりも最高潮に達したところで、チェシャスバルが森の方を指差す。期待に目を輝かせた帽子屋スバルと三月スバルがそちらを見た。だが、
「──誰もいねぇじゃねぇか!!」
巻き込まれるのを恐れたエミリアは、とっくにそこから逃げ出してしまっていた。
4
「なんだかすごーく疲れちゃった……」
スバル一人と会話するのには慣れたつもりのエミリアだったが、さすがにスバル三人はちょっとまだ荷が重い。悪いとは思ったが、お茶会にさっさと見切りをつけてエミリアは一人で森を抜け出していた。
幸い、ナツキ・スバルたちの狂演(マッドティーパーティー)の会場から森の出口まではすぐで、エミリアは数時間ぶりに日差しを浴びて体を心を切り替えていた。
「それに、さっきよりずっと心強い目印があるもの」
森を出たエミリアが迷わず目指すのは、正面に見えている背の高い建物──それはエミリアの知る限り、王都ルグニカで目にした王城とそっくりなものだった。
お城だ。誰かしら頼りになる人がきっといるに違いない。もはや自分が穴に落ちた経緯や、あるはずのない城が見える不思議はエミリアの心の中にない。あるのは原因不明の使命感と、パックのお尻を
「到着っ。さあ、誰かに話を聞いてもらわないと……」
城のお
「裁判だー! 裁判が始まるぞー!」
大きな声で叫びながら、花壇を横切る小猫。窓にぶつかって以来、行方をくらましていたパックの登場だ。そのまま彼はエミリアに気付かず、城の中へ駆け込んでいく。
「またパック! それに裁判って……もう、遊んでる場合じゃないのにっ」
自分を無視するパックに
おずおずと、顔の前から手をどける。そうして、エミリアの前に広がる景色は、
「これが……裁判所?」
広い空間だ。見えないぐらい高い天井に、ずらりと周囲を観覧席に囲まれている。座席は
「──首を
そして、その空間の最奥に、冷酷な判決を告げる桃色の髪の少女がいる。
普段と変わらないメイドの
涼しげな顔で証言台を見下ろすラム。その視線の先には、
「さ、再審を要求するのよ! これは国家の横暴かしら!
「首を
「お前それしか言えないのかしら!? 冗談じゃないのよ!」
「あの、姉様。もうちょっとベアトリス様のお話を聞いてあげても……それに、焼き菓子ぐらいならレムがまた焼き直しますから」
「レムが作ってくれたお菓子を、楽しみにしていたのに横取りされたラムの気持ちはどうなるというの。この屈辱、犯人を
「菓子の一つでなんたる悪逆かしら! 鬼! 悪魔! 六天魔王!」
暴言を重ねるほどに余罪が増えるベアトリス。不敬罪まで加わっていよいよ死罪は免れまいという裁判所の
「待って! いくらなんでも、それは
「おや。ベティーを
エミリアの訴えを聞いて、いかにも小者っぽい応じ方をしたのはパックだ。
「話はよくわからないけど、ベアトリスはそんな悪い子じゃないわ。首を刎ねるなんてあんまりよ。ラムもどうしちゃったの」
「ラムに
「誰だかは知らんのよ。……でも、この娘からはほんのりとお菓子の甘い香りがしないこともないかしら。そんな風に感じるのよ」
「ベアトリス!?」
「待って待って! なんだかすごーく嫌な雰囲気になってる気がするの!」
「……まあ、確かに本当にこの娘が犯人なら、ベアトリス様が首を刎ねられるのを見届ければいいだけ。なのに名乗り出たということは……良心が耐えかねた?」
「私が犯人じゃないって見方はしてくれないの!?」
このままだと推定有罪にされてしまう、とエミリアは顔を青くする。だが、またしても
「姉様、姉様。さすがにあの方が犯人というのはいくらなんでも……」
「そう。レムがそう言うのなら、そうなのかもしれないわね」
レムのとりなしで、さすがの暴論をラムも認める気になったようだ。
「そうだぜ、いくらなんでもエミリアたんが犯人なんて言いがかりだ!」
「
「ついでにベア子はもっと脅して涙目にさせようぜ! ギリギリを見計らってな!」
観覧席から騒がしい声が連続して、全員の目がそちらへと向いた。そこで騒いでいるのは案の定、猫耳と
「スバルくんたち、こちらのお嬢さんとお知り合いなんですか?」
するとレムが、並ぶスバル三人に声をかけた。三人は
「ああ、知り合いだ!」「お茶会した仲だ!」「
「そうですか」
三人のスバルの答えを聞いて、満足げに
「首を
「ええええええ!?」
「わかったわ。首を刎ねなさい」
「ちょっと! ちょっと待って! ねえ、おかしくない!? 急にどうしたの!?」
大きな音を立てて裁判所の扉が開き、そこからわらわらと兵士──の格好をした、たくさんのパックが一斉に押し寄せてくる。右を見ても左を見ても、パックだらけだ。
「ええっ、可愛い!?」
「す、スバル!」
「どうしてこうなったのか、誰か真相を暴いてください。それだけが俺たちの望みです」
「もう、スバルのバカーっ!」
「てへぺろ」
三人のスバルが揃って舌を出すのを見ながら、エミリアは突撃してくるパックの群れに
5
「──エミリアたん、エミリアたんってば」
「ん、ん……」
肩を揺すられて、名前を呼ばれる感覚にエミリアの意識は揺り起こされた。
長い
「……スバル?」
「そうだよ、俺だよ。びっくりしたぜ。部屋に呼びにいったらいないんだもん。まさかあのまま昼寝しちゃうなんて、エミリアたんも疲れてたんだね」
小さく笑うスバルに、エミリアはようやくはっきりと目が覚めた。あたりを
「よかった……」
「んん? どしたの。ひょっとして怖い夢でも見た? わかった。それなら俺の胸に飛び込んでおいで。どこまでもクレバーに抱きしめてあげる」
「ごめん。ちょっと何言ってるのかわかんない」
腕を広げたスバルが肩を落とすのを見ながら、エミリアは首を
夢を見ていたと思うのだが、その夢の内容が思い出せない。ただ、すごく騒がしい夢だったような気がする。戻ってこれて、本当に安心したぐらいに。
「なんにせよ、見つかってよかった。そろそろ晩御飯の時間だから戻ろう。午後の勉強をサボったことは、俺とエミリアたんだけの秘密にしてあげるから」
「えっと……うん、ありがと。次からは気を付けるから」
スバルの手を借りて立ち上がり、エミリアは草を払って背筋を伸ばす。そうしているうちにふと、スバルに言わなくてはならないことがあるような気がした。
「スバル……あのね」
「うん、なになに?」
振り返るスバルの顔を見て、エミリアはしばし考える。それから、
「スバルがお茶会を開くとき、もしも誰もこなくても私は参加してあげるからね」
「なんで仮定の話でそんな切ない想定してくれたの!?」
叫ぶスバルを見ていたら、エミリアは思わず
──不思議の国で、そんな風に寂しがるスバルの姿を見たような気がしたのだ。
《了》
Re:ゼロから始める異世界生活 短編集1 @TappeiNagatsuki
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