第3話
そうして馬車で旅をすること半日。
私たちは王都からほんの少しだけ離れた、静かな場所にそびえる小高い山――『妖精の山』に到着した。
魔女の家は、『妖精の山』の麓から、うねうねと曲がる一本道を進んだ先にあった。
ちょっと傾いたとんがり屋根には、煙の吐き出し口が六つもある煙突。それぞれの口から、違う色の煙がもくもくと出ている。
窓は長方形でドアノブがついており、玄関扉は丸くてカーテンがかかっている。
玄関扉をくぐると、魔女が自ら出迎えてくれた。
私たちが来ることが事前にわかっていたかのように、テーブルの上には、紅茶が三つと果実水が一つ、用意されている。
「ようこそいらっしゃい、とびきり綺麗な心をもつお嬢さんに、愛情深くて聡明な旦那さん。それから――ちょっと変わった魂を持つ、ご婦人さん」
魔女は、青いローブを身につけた、年配の女性だった。
背中には蝶に似た透明な羽が生えていて、手には星の飾りが付いたステッキを持っている。
「まほうつかいのおばあさんは、ようせいさんなの? きれいなはね、とってもすてきね!」
「あらあらまあまあ、ありがとう。お嬢さんの未来も、とっても素敵よ。そうだわ、おばあさんのお友達を紹介してあげる」
魔女がステッキを振ると、部屋の中に吊してあった鳥籠の扉が開き、青い小鳥が二羽、外に出てきた。
「かわいいことりさん!」
「おばあさんは、お嬢さんのお父様とお母様とお話があるの。小鳥さんたちと一緒に、お外で遊んでおいで」
「はーい!」
青い小鳥たちが羽ばたいて出て行き、エラも小鳥を追って外へ行ってしまった。
「あの……」
「あの子なら心配いらないよ。今、外であの子の大切な未来が待っているからね」
「……? 未来?」
魔女は、答えてくれなかった。かわりに、楽しげに、幸せを集めたような表情で笑う。
「あたしはね、夢を見る人の力になってあげるのが、何よりも楽しいんだ。そうして、心の綺麗な人が報われて、幸せそうに笑うところを見るのが、大好きなのよ」
魔女は、人好きのする笑顔で、優しく笑っている。
「あたしは、本来辿るはずだった未来を知っているんだ。あの子の未来も、あなたたち二人の未来もね」
「――それって、もしかして」
「そう。あなたの知っている結末で間違いないわ、有紗さん」
「……!」
私は、魔女の言葉に息を呑んだ。
ダニエルは隣で疑問符を浮かべつつ、私と魔女を交互に見ている。
「でもね、有紗がアリサと一つになったことで、この物語の未来は、少しだけ変わったの。安心していいよ、あたしが何とかしてあげる」
魔女は、棚から魔法薬を取り出し、私たちの前に差し出す。
が、一向に、その手を薬瓶から離そうとはしない。
私が首を傾げると、魔女は、絶えず浮かべていた笑顔を、すっと消した。
「――と、言いたいところなんだけれどね。あなた、迷ってるわね?」
「――!」
心の内を言い当てられて、私は目を見開く。
「あたしには、あなたの悩みもよくわかるよ。ひとりじゃあ、答えに自信が持てないこともね。けれど、ひとりじゃ無理なら、どうすればいいのか――あなたなら、わかるわね?」
私は、反射的に、隣に立つ夫の顔を見る。
ダニエルは、話をほとんど理解していないはずだが、私の大好きな微笑みを浮かべ、力強く頷いてくれた。
再び魔女に視線を向けると、魔女は満足したようにあたたかく笑う。
「すぐには答えが出ないでしょう? せっかくだから、ピクニックじゃなくてキャンプでもしてお行きなさい」
そうして魔女がステッキを一振りすると、折りたたみのテントとランタンがダニエルの足下に。羽みたいに軽い寝袋が三つ、私の腕の中に現れた。
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