第2話
医師による健康診断を受けた結果、ダニエルの身体には特に問題がないということだった。
ただし、これから病気に罹るのかもしれないし、まだ油断はできない。
病気以外にも、誰かに恨まれてとか、移動中の事故とか、ダニエルの死には他の理由があるのかもしれない。
少なくとも、私がいなくなってもダニエルさえ生きていれば、エラに対する継母や義姉たちによる虐めは、そこまで過激化しない可能性もある。
だから、打てる手は打っておくべきだ。
後で、ダニエルの周囲をしっかり調べてみよう。
それよりも、今問題なのは――。
「奥様は、心臓に爆弾を抱えておられます。年齢を重ねるごとに発病の可能性が高くなっていく病です。今はまだ発症していませんが、発作が起きてしまうのも時間の問題でしょう」
「そんな……!」
ダニエルは、医師の報告を聞くと、テーブルに肘をついて、頭を抱えてしまった。
――やはり、私は死神に魅入られているらしい。
「……なんとかする方法はないのか?」
「魔女の調合する特別な薬を飲めば、あるいは」
「魔女……? それは一体?」
ダニエルの質問を受けて、医師は魔女のことを説明する。
魔女は王都の近くにある『妖精の山』に住んでおり、魔法薬を調合したり、人の依頼に応えたりして生計を立てているらしい。
「その魔女なら、アリサの病を治す魔法薬を調合することができるのか?」
「ええ、おそらくは。ですが、魔女に会うには、何か特別な条件があるそうですよ」
「アリサが元気になるのなら、どのような条件でもクリアしてみせる! 詳細を教えてくれ」
ダニエルは、医師から聞いた魔女の情報を取り急ぎ書類にまとめ、自身でも調べを進めていく。
家のこと、仕事のことを家令に任せると、彼はすぐに出かける支度を始めたのだった。
*
「ピクニック、ピクニック、たぁのしみぃ」
「ふふ、エラ。あんまりはしゃいでいると、すぐ疲れちゃうわよ」
「でも、たのしみなんだもーん」
私たちは、家族三人で、魔女の住む『妖精の山』に向かって、馬車を走らせていた。
エラは私の膝上に乗って、窓の外、変わりゆく景色を一生懸命眺めている。
夫のダニエルは逆に、心配そうな視線を幾度となく私に送ってきていた。
「それにしてもアリサ、寝ていなくてよかったのかい? 僕一人で行っても良かったんだよ?」
ダニエルの言うように、最初は、彼一人で魔女の元を訪れる予定だった。
しかし、私が、『妖精の山』には三人で向かおうと提案したのだ。
私は夫を安心させるように、明るく微笑む。
「いいえ、平気よ。今は体調が悪いわけではないのだもの。それより――」
私はご機嫌で鼻歌を歌っているエラの髪を、手ぐしで優しく梳いていく。
「――この子と、貴方との時間を大切にしたいの。この子の心に、楽しくて愛に満ちた思い出を、たくさん作ってあげたいのよ」
「アリサ……僕たちは、これからも……」
「もちろん、私だって、貴方たちを残して逝きたくないわ。けれど、もし私が運命に負けてしまったら、その時は――この子の心に残るあたたかな愛が、エラを導いてくれるはずなの」
愛されていたという思い出が、幸せだった思い出が、きっとエラを強くしてくれる。
逆境にも負けずに、自分の力で幸せを掴もうとする原動力になってくれる。
私が目を細めて微笑むと、ダニエルは、膝の上でぎゅっと拳を握りしめ、何かを堪えているような表情をしたのだった。
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