第6話:町の名前は……

「では、説明を始めましょう」


 そう言って、イロナさんは小型抽出機と呼んだ風車の裏側にある扉を開く。中には歯車と軸が収まっていた。これで粉挽きの道具に繋がっていれば、私のよく知る粉挽き風車なんだが、かなり違う。

 魔術文字。軸と歯車にそれがびっしりと刻まれている。更に、歯車で方向を縦に変換された軸の先には図形と組み合わせた魔術陣が描かれた円盤があった。

 この円盤は一つではなく、何重にも重なっている。

 そして、その周りを囲むように透明な水晶のような鉱物が置かれていた。これは何だろうか?


「これは、小型魔力抽出人工魔石製造機です。まず、風車が風を受けると羽根の表面に刻まれた魔術が大気中の魔力を回収して、軸を通って内部に送ります」

「軸も布も特別なようだね」

「はい。特別製です。魔獣の皮や骨、あとは特別な鉱床から取れる鉱石などを使っています」

「それで、この軸を魔力が伝って、この円盤を回すと魔術が発動するということかな? すると、回りに置かれた石が人工魔石とやらかな?」

「さすがですね。発動する魔術は魔力の回収と付与です。実はこの軸、地面の中にも埋まっていまして、大地からも魔力を集めるようになっているんです。円盤が三つ重なってるのは、上下が風と大地からの魔力回収。真ん中が回りにある空の人工魔石への魔力付与の役割を持っているからなんです」

「ほう。円盤を増やしたり、組み合わせを変えれば色々できそうだ」

「できるらしいですよ。私みたいな魔術機士には禁止されていますけれどね」


 言いながら、彼女は内部の機構を確認にかかる。そもそも彼女の仕事はこの抽出機の修理だ。邪魔をしてはいけない。興味深いから、そのまま見学させてもらおう。

 

「あれ? おかしいなぁ」

「どうかしたんですか?」

「はい。この抽出機、魔力の抽出ができなくなって安全装置が働いて停止してたんですけど、どこもおかしくないんです……。困ったなぁ、これ、円盤の故障かも」


 ぼやきながら、イロナさんが背負っていた小さな鞄を下ろして中を探る。

 

「さすがに円盤の予備は持っていません。修理不能ですね、これは」


 しばらくしてから、ため息をついて私にそう語った。

 どうやら魔術機士という職業では、抽出機の中枢とも言える円盤には手出しさせて貰えないらしい。たしかに、複雑な魔術陣を素人に手出しさせるのは危険だ。道理ではある。

 

「ちょっと見せてもらっていいですか?」

「はい。どうぞ。マナールさん、もしかして円盤を直そうと思ってるんですか? いくら魔術師でも難しいと思いますよ。これ、凄い魔術師の集団が何年もかけて作ったっていう話ですから」

「たしかに生み出すのは難しい。けれど、出来上がったものを読み解くのは意外となんとかなることがあるからね」


 解けた謎と同じで、出来上がった魔術というのは作る時間に比して簡単に理解できるものだ。なにせ、存在が答えそのものなのだから。


 私は円盤とそれを縦に貫く軸をじっと観察する。魔術文字を規則的に刻んで図形と組み合わせた魔術陣。一見複雑で精密だが、難しいことはしていない。主に魔力の回収と付与だ。記述が沢山あるのは、イロナさんが言っていた安全装置に関することだった。魔術師以外にも扱えるようにするため、何重にも暴走を防ぐ手立てを設けている。

 

「ど、どうですか?」


 横から覗き込んで聞かれた。新しい技術を見るのが楽しくて、思ったよりも長く集中してしまったようだ。


「軸の魔術文字が欠損しているね。円盤に触れるところだ」

「む……たしかに消えていますね。うーん、困りました。軸の部品も持っていないんですよ」


 軸は金属製だが、魔力を流したときに何か起きたらしく、魔術文字がいくつか消し飛んで無地になっていた。


「良ければ、私が魔術文字を刻み直しますけれど?」

「えっ、できるんですか?」

「簡単なものですから。多分、他のところは平気ですよ」


 軽く円盤に触れながらイロナさんに言う。彼女にはわからないように円盤に微量な魔力を流したところ、特に違和感は感じなかった。

 

「うーん。ちょっと考えさせてください。お爺ちゃんがやったことにして……そういえば、軸の接合部……」


 服のポケットから小さな紙を取り出して、何やら考えている。

 少し唸ったあと、急にイロナさんは急に顔を明るくした。

 

「大丈夫です。ここの軸、前にもうちのお爺ちゃんが何かやって直してます。今回、応急処置として、駄目だったら交換用の部品を申請しましょう」

「前にも直してるんですか?」

「はい。五年前に」


 随分長いこと未整備で動いていたんだな。それとも、そのくらい稼働できるものなのかな?


「では、応急処置ということで、やってみます」

「マナールさんは道具を使わないんですか? お爺ちゃんは小さな杖を使っていましたけれど」

「これくらいなら、大丈夫です」


 指先に魔力を集中して、軸の何箇所かに魔術文字を書き込んでいく。この軸は魔力に反応する素材だ。音もなく、魔術文字が刻まれていく。

 

「これで終わりです。動かせますか?」

「はい。やってみましょう!」


 そう言うと、イロナさんが手に持った杖の先端に魔力を集め、抽出機の各所に流し込んでいく。その上で、最後に軸を物理的に固定していた器具を外した。

 少し離れてそれを眺めていると、やがてゆっくりと風車が回り始めた。


「おお……」


 思わず、声が漏れた。内部を見ながらだとよく分かる。風車の回転に合わせて中の円盤がそれぞれ別の速度と方向で回っている。中に歯車が仕込まれているようだ。こちらの故障だったら手出しできなかったな。

 円盤に仕込まれた魔術が発動して、風と大地の二箇所から魔力が集められ。中に置かれた鉱石に少しずつ魔力が流れ込んでいく。

 人工魔石。魔獣の体内から魔力の結晶が産出することがあり、それが魔石と呼ばれる。人工的に作り出された故に、その名称ということだろう。

 

「すごいすごい! 直っちゃいました! マナールさん、本当に魔術師なんですね!」

「……もしかして、信用されていなかったかな?」

「ちょ、ちょっとだけ……。ごめんなさいっ」


 それも仕方ない。私は古臭い格好をした不審者だ。

 

「こうして作った魔石は何に使われているんですか?」

「主に生活のためですね。水とか火とか明かりとか。来る途中の町で見ませんでした?」


 しまった、またうかつな質問をしてしまった。


「いやあ、見るもの全てが珍しくて。気ままに旅をしているから、ろくに地図も見ていない有り様で」

「でも、このミュカレーに流れて辿り着くのは、魔術師らしいですね」

「ミュカレー?」

「町の名前ですよ。ここを作った偉大な魔術師から頂いたそうです」

「……そう、ですか」

 

 怪訝な顔をするイロナさんに、何でもないと返す。危ない、戸惑いと驚きを隠すことすら忘れた。虚を突かれたというか、想定外の名前が出てきたのだから、仕方ない。

 

 ミュカレーというのは、私の師匠の名前なのだから。


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本日の更新はここまでになります。

お読み頂きありがとうございます。


この辺りから話が動いていきますので、作品フォローや☆を宜しくお願い致します。

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2024年11月28日 07:30
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2024年11月28日 18:00

新生魔術師はゆっくり暮らしたい みなかみしょう @shou_minakami

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