絵をまた描いて

ふと気が付くとき、そこには大抵ぼんやりとしている私がいるのだけれど、それはそう悪いことではないように思っているから、だからどうするということもない。


教室から出ても咎められない時刻になったから出て、寒い空気と撫でるような風を浴びても、その寒さを嫌に思ったりはしない。


そんなわけで、今日も屋上でぼんやりとしていた、さきほどまで。

そしたら、なんだか鉛筆を握りたくなったから、いまも絵を描いている。

スケッチブックと鉛筆だけの絵だ。


最初は雲がうごめいている構図だった。模様といえなくもない陰影をつけて、こじつけのように……星座などのように、のほうが高尚だろうか?まあ、いいか。ともかくいろいろ弄っていた。

いまは蜻蛉だ。とんぼが、水面から飛び出た枯水草の茎にとまっていて、そのまわりは雲に包まれていて、まあそんな具合の絵だ。

蜻蛉の羽が斜めに構えられているから、きっと飛び立つ前なのだろうな、なんてことを、描きながら思う。

薄い筆圧で模様を描いているから、指で擦れたりすると粉が滲みかねない。それで、ときどき息をかけている。


寒いから、指に息をかけてもいいな、とは思っていた。

けれど鉛筆を離して、指を広げて、息を吹きかけて、などということがしたいとは思わないから、ずっと指が冷えていた。

指先は随分とこわばっていた。


ちょっと集中を鈍らせると、粗が気になった。


蜻蛉の羽のなかほどに、模様を描いていたのだけれど、その模様のあるところだけが、妙に太い線になっている。

筆圧が強いということではない。

鉛筆を削っていないなら、その先が丸くなるものだ。それを誤魔化すために、くるくると筆先の角度をずらしながら描いていたのだけど、どうも、うまくいかなくなって、それで太くなってしまった。

様にならない局所的な太さだから、全体が歪にみえる。


しばし見た。

それで、やめた。

歪なら歪でいいかな、なんて。

もとを辿れば雲の模様だから……

そうしてワケもつければ、もう満足いった。


それで。

左の脇にスケッチブックを挟んで。

右手に握っていた鉛筆にプラスチックのキャップをつけて、筆箱代わりの袋に入れた。そしたら袋は左手に移す。

それで、私は大きく口を開いて、役の空いた右手指に、息を吹きかけた。

熱い吐息が染み入るようなかんじがする。どうやら芯まで冷えていたらしい。

ため息ではない、こぼすような息は、口を大きく開いてすると熱い。

勢いをつけると冷たいから、ほとんど勢いはつけずに吐いた。

あくびみたいだな、なんて思う。


かばんに左手の物々を入れて、同じように暖めてやると、右手がまた冷えを訴えてくる……


座ったまま伸びをすれば、体がこわばっていたのがよくわかる。

美術室にいこうかと思った。

あそこは、この間ストーブが置かれたから、あたたかいだろう。

……ふと、私は水筒の存在を思い出した。

金属製、コップはついてないタイプ、朝に暖かいお茶をそそいだはずのものが、そういえば中身も残っている。

開いて手で仰ぎ寄せたかんじ、ぬるいらしい。湯気はない。

気になっただけだから、だからどうということもないけれど、ちょっとしょんぼりして、飲んだ。

ぬるいというより冷めたお茶だったが、冷たくはないかな……

なんともいえない顔で、私は水筒をしまった。

かばんはすべてを飲み込んで、私は手ぶら。

そういうわけだから、美術室までの道のりの間、指先は喜んでいた。

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