第7話 逃げぼっち



 迷宮ダンジョンというものがある。


 今から100年ほど前に出現した超常の領域である。

 広大な地下空間と独自の法則で成り立つその場所が、モンスターを生み出し人類を追い込んでいたのは過去の話だ。


 現在では、大半のダンジョンは一般公開されており、簡単な資格さえあれば誰でも出入りすることができる。


 ダンジョン内の探索はポピュラーな娯楽となっており、中でも自身の活動を動画としてアップする『ダンジョン配信』はかなりの人気コンテンツだ。


 中堅であればチャンネル登録者数は数十万人、大手なら100万は軽く超える。


 配信者として成功すれば収益も出る上に、一瞬で有名人の仲間入りだ。

 そこから芸能界へと進出する者もいれば、知名度を元手に実力のある探索者を集めて、ダンジョンの更なる深層を目指す者もいる。


 とにかく世間で今もっとも熱い夢のある職業。

 

 それがダンジョン配信者である。


「日乃宮ハルカだ」

「誰かと待ち合わせ?」

「相変わらず、美人だよなぁ………」 


 校門の前に居座る少女は、昨日のダンジョンで助けた相手で間違いないようだ。


 一流のヘアデザイナーに整えられた白髪、整った顔立ち。


 あの時はボロボロだったから、その程度しかわからなかったが、小綺麗な制服を纏った彼女はそれ以上のことがわかる。

 

 美しく制御された膨大な魔力、武術を修めた隙の無い佇まい。

 なにより人としてのオーラが違う。


 世界でも有数の人気配信者にして、国内最高峰のSランク探索者。


 若干16歳の天才、日乃宮ハルカがそこにいた。

 

「綺麗.........」


 校門で立ち尽くしていた、学生がぽつりと漏らす。


 起伏に富んだ身体、すらりとした四肢、透き通るような肌の『人』としての美しさと、一部の隙の無い『探索者』としての美しさが合わさり、まるで芸術のような雰囲気を放っていた。


「なんで此処にハルのんが?」

「わかんねー。でも美人だなー」

「好きだ.........」


 日乃宮ハルカは好奇の視線を気にした様子もなく、静かに佇んでいる。


 なにやら、誰かを探している様子だが。


 一体誰だろう?

 昨日の配信事故もあったし、それ絡みだとは思うが。


『教えようか?』

「おまえは………!?」


 ぼーっとして見ていると、私の心の内側から、もう一人の私が出てくる。


 たまに自問自答しているときとかに出てくる妄想上の存在。

 友達いなさ過ぎてうまれた、ぼっち特有のイマジナリーフレンド的なもう一人の私!


 イマジナリーなアリカがもったいぶった態度で語りだす?


『ハルカが待ってるのは私だよ』

「ええ!?」


 わたし!?


 そんなバカな。


 何を間違えばそんなことになるんだ。


『惚けるのもいい加減にしなよ。絶対絶命の配信事故、ふと現れ、颯爽と人助けをしたアリカであるこの私』

「む………」

『ハルカほどの礼儀正しい配信者が、あんなことがあってお礼も言わないとおもう?』

「………思わない」


 うんうんとイマジナリーアリカが頷く。

 態度がやや鼻につくが、 確かにありえそうな話だ。


『じゃ、ハルカに声掛けよっか』

「――――――嫌だが?」

『………え?』


 あの注目の中に突っ込めと?

 ヒール以外取柄のないソロ上等のモブキャラぼっちであるこの私が………?


 嫌すぎる。


『いやっ、でも待ってるのは私でしょ!?』

「思いあがるなよ」


 あくまで可能性程度の話だ。

 間違ってたらとんでもなく自意識過剰の痛々しい奴になっちゃうだろ。今後の学業に支障が出るわ。


 恥ずかしくて死んじゃうわ。


「きっと私は無関係だ。たぶん、メイビー、そんな気がしてきた」

『ホントそういうところだよ、私』


 てか、名前を口に出すなら「さん」を付けろ。

 年下とはいえ相手はSランク探索者で超絶人気配信者だぞ? 無名の2年生、しかもFランクヒーラー如きが呼び捨てにしていい存在じゃねーんだよ。


 おら! 消えろ妄想!

 

 イマジナリーアリカを意識の闇に葬り去る。


 やれやれと思いながら、いったん落ち着くために茶を飲んでいると、衆目から追加で情報が入ってくる。

 

「昨日、ダンジョン配信で助けてもらった相手を探してるらしいよ」

「制服着てたから迷宮高専生ってのは間違いないらしいけどね」

「わかっていることと言えば、黒髪のヒーラーで名前が伏見アリカってことだけらしいけど」


 茶を噴き出した。


「ぼふぉっ!? げほっ!?」


 近くの生徒が汚ねーな、って顔をしているが、私はそれどころじゃない。

 

『やっぱお前じゃねーか! はよ行けや!』

「鬼か!? ぼっちに人前はハードルが高すぎるんだよ!」


 妄想アリカとがっぷり四つに組み合う。


 いやだ………!


 人前に出たくねぇ!

 

 誰かと話すときは、なに話すか決めてから一度リハーサルしてからじゃないと嫌だ………!


「よし決めた。いったん荷物を置いてこよう。それから考えよう」

『このチキン野郎がよ!』

「なんとでも言え」


 伊達にソロでダンジョン探索をしていない。自己保身とリスク管理は誰にも負けねぇぞ。


 幸い、まだ周囲の生徒には私という存在がバレていないようだ。目立たないソロ探索者でよかった。


 よく見れば校門の脇から生徒が学校内に入っている。

 始業も近いし、その流れに便乗することにする。


 しかし、朝っぱらから心臓に悪い日だ。


 校門を通り過ぎて、今日の一限目は何だったかを考え______

 

「――――――見つけました!」


 がしり、と腕を掴まれた。


「..................」


 いやな汗が頬を伝う。


 振り返れば、日乃宮ハルカがニコニコと笑って引き止めていた。


「いいいいいい、いや人違いでは」

「いえっ! アリカさんを探していたんです。少し、お時間を頂いてもよろしいですか?」


 どうやら誤魔化せないらしい。


 パアッと花が咲くように笑う彼女。

 有無を言わせぬ圧倒的陽キャオーラ。


 私は観念したように引き攣った笑みを浮かべた。

 





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