バチカル

@siev0000

第1話

 ――想定外そうていがいもあったが、おおむねが許容の範囲内。

 

 邪竜にして竜の王、ユーベルベーゼは、人型のまま玉座に座り、静かに微笑を浮かべる。今は人の姿をしていることがすっかり日常となり、かつて感じていた不快感はもうない。

 

 ふと、彼の内から声が響く。

 

『……どういうつもりですか』

 

 彼の中に潜む別の魂――邪神の声だ。

 ふつふつと煮えたぎるような怒り、しかし対象的な冷たい失望の感情が鮮烈に伝わってくる。

 

 ――ずいぶんとご立腹、それはそうだろうな。

 ユーベルベーゼはその苛立ちに微笑を浮かべたまま答える。

 

「なんだ、どうやらご不満のようだな」

 

『…不満? 当たり前です、――貴方あなたの行為は私達の目的を無に帰すものですから』

 

 ――俺が行った実験結果が気に入らないらしい。そうだろうな。

 

 今までは魂から能力を抽出、付与することを注視してた。だがそれは高位に位置する魂からしか得ることはできない。

 そのため弱い魂はゴーストに変換する以外に使い道がなかった。

 そこで今回行ったのは、今までに集めた魂を|呪いのエネルギーに変換するというもの。結果純粋な鎧としてまとうことで守りに使う実験は成功。だが、攻撃の転用した際は、呪い収束が甘く一部が霧散して無駄に消耗してしまった。改良の余地があるがそれでも、この呪いの一撃は、竜王の俺様からしても中々の威力だった。

 

 ――最高だ。この呪いの力に対して最大の天敵となるハイリッグレーベンは、致命傷を負っている。

 蓄えた魂の総数は数十万に及ぶ。このユーベルベーゼに敵はない。

 

『なぜですか…』

 

「ん?」

 

『あれほどの魂を消費しなくても計画を進めるのに支障はないはずです、貴方の行為は無駄としか言いようがありません。――理解しているのですか? このままでは世界を神代の時代に戻すための魂が足りていないのですよ』

 

 そうだろう。願いを叶えるための力を使うには多くの魂を消費する必要がある。確かにこの方法で魂を消費してしまえば本来必要としている魂の量が足りなくなってしまうだろう。

 

 ――何を今更、あきれた奴だな。

 思わず鼻で笑ってしまう。

 

『何を笑っているのです』

 

 まだそんなことを疑問に思っているのか、理解できていないに失望すら覚える。

 

「――くだらん。神代とやらがどれだけのものだったのか、実態じったいは俺様にはわからなかった。貴様が余程よほどすがるのだからどれほどのものかと思っていたが……」

 

 今の時代、神代の技術は廃れきっている。

 その理由は神代よりも使える魔法が制限され、技術の継続ができなくなった。

 もしくは使用していた素材が入手できなくなった。それらが原因なのだと思っていた。

 だが――

 

「俺様にとっては無用の長物だ」

 

『なに?』

 

「神代の技術? 神の魔法? どれほどのものかと思っていたが、総じて大したものではない。結局のところ理解できたのは、無くなるべくして消えて行った技術だ」

 

 失った技術に、今ある技術と低品質の素材のみで肉薄する今の技術の方が優れていると言える。量産性、安定性、拡張性も圧倒的に今の技術が上だ。

 

「先ほど、貴様は俺様に無駄が多いと言ったな。だが俺様から言わせれば、いや、我々の目から見れば、貴様ら神代の技術こそ、無駄の極みだ」

 

『……ッ』

 

「結局のところ、貴様らの技術は高位の魔法による力押しに過ぎない。そう理解した瞬間、俺の興味は完全に消え失せた」

 

『……貴方は今のままで良いと? そう思わないからこそ、竜王すら超越した、さらなる力を求めていたのではないのですか!』

 

「ああ、そうだな。俺様はさらなる力を求めて貴様に協力した」

 

『それなら――』

 

「――その力は俺様が独占することにした。世界を逆行させれば、俺様以外の奴らも神代の技術を扱える可能性が出てくる。不確定要素が増えるだけ。俺様には不利益の方が大きい」

 

 そう、それこそがユーベルベーゼの答えだった。

 今、この時、この世界に置いて逸脱した力を使えるのは、ユーベルベーゼだけでいい。

 己の力こそが全て。自身こそが絶対であり、他の者が自分に並ぶなどあってはならない。

 

 それがユーベルベーゼの目指す世界。自身が世界で絶対の存在である世界。

 

 ――だがそこには根本的な問題がある。

 

 

『……どうやら貴方は勘違いをしているようですね』

 

「…………」

 

『愚かな…貴方のこの世界では持ち得ないはずの神の力・・・・・・・・・・・・・・・・・、それを扱えるのは私が魂を分け与えているからです』

 

 

 ――問題。それはユーベルベーゼが他の竜王と比較しても一線を成す存在なのは自身より強い神から力を魂を授かっているからだということ。

 

 その力が、魂から力が逆流し、ユーベルベーゼを蝕む。

 

「…グッ」

 

『貴方には他の者よりも多くの、そして強大な力を分け与えました。だが、それ故に、貴方が力を震えるのは私の許可があってこそ。魂を私に差し出した、その代償を考えなかったのですか?』

 

 ユーベルベーゼの頭の中に黒い霧のような痛みが広がり、意識が一瞬遠のく。魂がじわじわと彼の内側を侵食していくのが感じられた。

 

 

『貴方の魂は私の内にある。どう扱うかも私の自由、私を従えた気でいるようでしたが、所詮は力を享受するだけの存在。そのことを忘れたというなら、その身を持って思い出させてあげましょう』

 

 さらに侵食が強まる。本来魂を操る力は、ユーベルベーゼの力ではない。魂を蝕む力に抵抗する術を持たない彼は、成すすべもなく従う他なかった――はずだった。

 

「――〈魂への守りソウル・プロテクション〉」

 

『……、なんだ』

 

 

 ユーベルベーゼの口元が引き裂くように三日月に広がる。侵食していたはずの魂から力が逆流し神の魂を蝕む。

「―――クックック」

 

『――こんなことが……ありえない、なぜ貴方がその魔法をッ!』

 

「ありえない? ……本当にそうか?」

 

『一体何を、どうして私の力を貴方が使えるのです!』

 

 どうやらまだ理解出来ていないようだ、長年引きこもっていると知能にも悪影響があるらしい。

 

「簡単なことだ。俺様が使っているのは、お前の加護ではなく、俺様自身の力だ」

 

『………まさか、貴方はッ』

 

「ようやく理解したか、――貴様の加護から使い方を学習させて貰った。魂を操る力など俺様には造作もない」

 

「貴様の魂も、加護も、その神の力も――すべて、俺様のものだ」

 

『……愚かな……私の……神であるこの私の力を、貴方如きに……御しきれると……思わないことですね』

 

「神だと? 所詮、古き時代の遺物に過ぎん。貴様はもう終わりだ」

 

 ユーベルベーゼは淡々とした声で言い放ち、彼の内で暴れまわる神の魂をさらに強く押さえ込む。

 

「我が魂の内に沈め、遺物よ」

 

 神の魂から意識が次第に消え失せ、完全に飲み込まれていく。内で渦巻いていた強大な力は、ついに一つに統合され、ユーベルベーゼのものとなった。

 

 

 

 

 

 

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