義妹と結婚なんか死んでもしない

舟渡あさひ

第1話 脱衣可能型目覚まし義妹

 電気屋の目覚まし時計コーナー。

 時計を抱えたアニメキャラがずらりと並ぶ一角が、子どもの頃好きだった。


 買ってもらえたりはしなかったけど。

 それを大人になってから手にすることになるとは、思っても見なかったな。




 しかもそれが、義妹型だなんて。




 ――ガンガンガンガン!――



「お兄ぃ〜おはよ〜!」


 突如として部屋に鳴り響く、乱暴に金属を打ち付ける音。


 ほらな? 義妹の形をしてるだろ?

 形がというか、紛うことなく義妹なんだけども。


「……おはよう義妹いもうとよ。お玉でお鍋叩いちゃだめだって前も言わなかったか?」


「何を言っているのさお兄ぃ。目覚ましといえばお玉フライパン。お玉フライパンといえば目覚まし。これはもはや様式美なんだよ」


 ご家庭でエプロンどころか三角巾までしっかり身につけて「学校の調理実習かな?」みたいな格好で謎の持論を掲げる、カントリースタイルなバードテールの少女。


 彼女こそ血の繋がらない俺の義妹。

 汐崎しおさき未渚みお。現在高校三年生。


「手に持ってるの、フライパンじゃないだろ」


「フライパンは音が悪かった」


「フライパンは楽器じゃないからな。鍋もだけど」


「目覚ましだもんね」


「調理器具だよ」


「細かいなぁお兄ぃは。そんなことより早く着替えてくんない? 今日一緒に買い物に行く約束じゃんか」


「まだ九時半じゃん……店開いてねぇよ昼過ぎでいいだろ」


「着く頃には開いてるよ。ほーらーはーやーくー!」


「開店直後に入店する必要ないだろテーマパークじゃないんだから……さあ二度寝二度寝」


 剥ぎ取られかけていた掛け布団を力付くで引き寄せ、抱きしめるように包まる。籠城の構え。あやつの腕力では到底破れまい。


 勝利の確信がまどろみに溶けかけたその刹那、掛け布団の向こうからボソリと聞こえた。


「これだからニートは……」


「お前フリーランスの在宅ワーカーのことニートだと思ってんの?」


 思わずガバリ、布団から顔を出す。

 そこにはニンマリ義妹の笑み。


「目は覚めた?」


 ちくしょう釣られた!


「はぁ……はいはい。着替えるから早く出てってくんない?」


「お構いなく」


「出てけ」


「あんっ! お兄ぃのいけず! 乱暴者ー!」


 首根っこ掴んで未渚を部屋から放り出す。さて、着替え……の前に、パソコンを起動。


 佐東さとう唯澄いずみと本名で登録したアカウントが表示された画面にパスワードを打ち込みログイン。ホーム画面からメールを開く。



 ――新着0件。



「新規の仕事は今日もなし、か……世知辛ぇなぁ……」


 冬の到来を感じさせる外気温よりも、イラストレーターの端くれである俺にはこの現実が何より寒かった。



 ***



 現実に対抗するように厚手のセーターに着替え、未渚の用意した朝ごはんを雑にかきこんでから家を出る。


 車でざっと二十分。近所の大型スーパーに到着。


「さて、さっさと買うもの買って帰ろうぜ」


「デートで聞きたくないセリフ第一位だよお兄ぃ」


「第一位は『今日で最後にしよう』だろ。というか今日は何を買いに来たんだっけ?」


「目覚ましだけど」


「鍋のことを言ってるんじゃないだろうな」


「失礼だな。お玉だよ」


「どのみち目覚ましじゃねえよ。……あれ? 朝使ってたやつは?」


「凹んじゃった☆」


「よし。お前は二度とお玉を握るな」


「いいの? お兄ぃ。毎朝私のお味噌汁が飲めなくなっても」


「……くっ! 前言を撤回する……っ!」


 全く、人間贅沢を覚えるといけない。

 一人暮らししてた頃は味噌汁くらい自分でいくらでも作れたものを、今ではそれを義妹に押し付けて生み出す睡眠時間がこんなにも惜しい。


「忘れないでねお兄ぃ。お兄ぃの胃袋は既に私の掌中にあるんだから」


「はいはいわかったから、さっさと買いにいくぞ。今日は音を確かめるとか言って売り物で遊ぶなよ」


「試奏もせずに楽器を買う奏者がいると思う?」


「よしわかった。俺が買ってくるからそこのゲームコーナーで遊んでなさい」


「お兄ぃ……私もう高三だよ? スーパーのゲームコーナーに収まるようなやっすい女じゃないんだよ?」


「二千円でいい?」


「うっひょー! 遊び放題だぁ!」


 ゲームコーナーに駆け込むお高い女(二千円)を尻目に、俺はいそいそと任務を遂行した。



 ***



「たっだいまー!」


「おかえりただいま。靴脱ぎ捨てんな」


「お風呂洗ってそのまま入ってくるー!」


「聞いちゃいねぇし……」


 未渚が脱ぎ散らかした靴を揃え、そのまま立ち上がろうとして、そのまま蹲る。


 疲れた……お玉は一瞬で買い終えたのに、結局夕方まで連れ回された……。


「はぁ……よい、せっと」


 掛け声で無理やり体を起こしてキッチンに向かう。


 親父がやってるの見てジジくせえと思ってたのに、二十代半ばでもう仲間入りするとは。


 さて、哀愁もそこそこにしといて、いい加減夕飯作んねえと。


 朝食は未渚の仕事(俺がゆっくり寝てたいから)。夕食は俺の仕事(一家の主としてのプライド)。昼食はその時の気分。

 それが我が家のルールである。


 今日は未渚が食べたい食べたいと駄々をこねたのでハンバーグだ。


 先に付け合わせを用意して冷蔵庫に突っ込み、それからざっくりひき肉と具材を混ぜて成形したタネをじゅうじゅうと焼く。

 声がかかったのは、そのタイミングだった。


「お兄ぃ〜お風呂空いたよ〜」


「おーう」


 ハンバーグから目を離さずに雑に返事。

 背後からバタリとドアが閉まる音がする。


「…………」


 聞こえてきた方向に眉をしかめつつも、一旦ハンバーグを焼き上げる。


 普段なら出来たぞと未渚を呼びにいくところだが、今回はその前に一仕事ありそうだ。


 最終的な仕上げはあとにしようと雑に皿に盛り付け、脱衣所のドアの前へ。


 ――コンコン。


 一応ノック。返事はない。


「未渚」


 一応呼びかけ。返事はない。


 電気のスイッチも確認。ついてない。ドアの隙間から光も漏れてない。


 既に先の展開は読めているのだが、これらの細かい確認はあくまで、自己の正当性を担保するための保険である。


 十分保険はかけた。

 ガチャリ。ドアを開ける。


「きゃっ!? お兄ぃ!?」


 そこには、バスタオルで体の前を隠した裸の未渚が――!


 はいはい。お約束お約束。


「きゃっじゃねえよ。空いたって言ったよな?」


「お風呂は空いたよ? 脱衣所はまだ使ってるけど」


 屁理屈がすぎる!


「そもそも俺ノックしたよな?」


「したね」


「声もかけたよな?」


「かけたね」


「なんで返事しなかったの?」


「したくなかったからですけど?」


 自由すぎる。

 一体なにがこいつにそこまでさせるというのか。


「私からも聞きたいんだけどさ、お兄ぃ」


「なに?」


「なんでそんな反応なの?」


「慣れたからだよ。ドア開けたら大概着替え中だし、鍵は閉めないし。わざわざ電気まで消して不在を装うし。一回声かけて自室に戻ると見せかけておきながら脱衣所に戻る手口も二回目だよな? なんなの? 露出狂なの?」


 辟易とした感情がにじみ出る俺の詰問に感じるところでもあったのか。

 未渚の声色が変わる。


「……お兄ぃはさ、私のこと、妹としか見れない……?」


「……そりゃだって、そうなんだから、そうだろ」


「でもさ、私たち、血が繋がってないんだよ? 結婚だって出来るんだよ……?」


 そっと、身を預けるようにすり寄ってきた未渚の切なげな声に俺は――――



 俺は、冷え切った声でツッコミを返した。



「出来ねえよ。俺たちがどうやって義理の兄妹になったか言ってみろ」


「お兄ぃが私のお姉ぇと結婚したからだね」


「知ってるか? 日本ではな、重婚は出来ないんだ」


「ちょっと総理大臣なってくる」


「服着てから行け」


 バスタオルのまま飛び出していこうとした未渚を脱衣所に引き戻し、入れ替わるように俺が出る。


 恥ずかしいことに、これがウチの義妹。


 嫁の妹。汐崎未渚である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月11日 12:06
2025年1月12日 12:06
2025年1月13日 12:06

義妹と結婚なんか死んでもしない 舟渡あさひ @funado_sunshine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画