翡翠色の研究・解読

 舞台はまたしてもガレージに移る。

 俺と莉栖さんは横並びになって、自転車の前にしゃがむ翡翠さんを見つめていた。

「……足したらダメで……じゃあ、やっぱりアレか」

「翡翠さん、アレってなんですか?」

 翡翠さんに近寄りながら、俺は質問してみる。

 彼女はその質問に答えず、静かに地面に腰を付けた。

「瑞樹、スマホ取って。パスワードは『1234』」

「……セキュリティーとかないんですか?」

「面倒くさいもん、設定」

 その回答は予測できたな……

「……それで翡翠さん、なんて調べればいいんですか?」

 スマホを持ってくるだけならパスワードを言う必要はない。

 だけどパスワードを教えたってことはつまり、自分で調べろってことだ。

「察しがいいね。検索ワードは……なんて調べればいいんだろ」

「えぇ?」

 俺は後ろを向いて、さっきまで横並びだった莉栖さんの表情を見る。

 莉栖さんは頭を抱えて、こっちに向けて苦笑いをした。

「……瑞樹、多分だけどあのカゴは『あれが最小構成』なんだよ」

「最小構成って?」

「唯一穴が開いてない左面。多分あそこはヒントじゃなくて、『あそこ以外』がヒントなんだと思う」

 あそこ以外がヒントなのはわかりきってる。

 多分、穴が開いてる3つの面から、左面の数値を割り出して……いや、違うのか?

 最小構成ってことは、あの3つの面だけで十分ってこと……

「あぁ瑞樹、もう一個言っておく。私が求めたいのは『数値』だよ」

「数値?それってどういう」

「あとラスト一個。このキーホルダーの形がヒント」

 俺は頭の中で、あの青いキーホルダーを思いうかべる。

 あのキーホルダーは普通の四角形で……いや、違う!

 あれは『普通の四角形じゃない』!

「あー待って瑞樹。普通に検索ワード思い出した」

「そうですか。じゃあ、『いっせーのーで』で言いましょう」

 翡翠さんは目に見えて不満そうな顔をする。

 だけど、今日はこの人にさんざん迷惑をかけられた。

 これくらいして、見返してやる!

「……いっせーので!」

 翡翠さんの声に合わせ、俺は叫んだ!

「台形!」

「台形」

 あのカゴを上から見ると、前面は『上底』で、後ろは『下底』そして右は『高さ』になる。

 台形の面積を求める公式は『(上底+下底)×高さ÷2』と、3つの数字が必要になる。

 穴が開いているのが3つの面だけな理由は、『無駄をなくした』から。

 四角形はその名の通り4つの面……正確に言えば『辺』がある。だけど、公式に必要なのは3つの数字だけだ。

「瑞樹賢いねぇ。その台形の公式を検索して」

「78+107、ここをカッコでくくって、掛ける40して割る2です」

 彼女が次の言葉を発するのに……つまり、暗算を終えるのに1秒もかからなかった。

「3700か」

 ダイヤルを勢いよく回している時の、ガリガリという音がした。

 きっちり3秒後、鍵の開く音がした。


◇◇◇


「もっかい言っておくわ。ありがとな翡翠!瑞樹くんもな!」

 翡翠さんは腕をだらんと垂らしている。どうやら完全にリラックスしているらしい。

 俺はそんな翡翠さんに背を向け、莉栖さんに質問する。

「だけど莉栖さん。どうしてこんな複雑な暗号を、お兄さんは作ったんでしょうか?」

「……そんなの知ったこっちゃないけど」

 翡翠さんは相変わらずの無表情で言う。というか俺は莉栖さんに質問したんだけど。

「私が好きなのは暗号とか、そういう答えのある問題だから。人の気持ちはわからない」

 そもそも人を思いやってないもんね、翡翠さん。

 まぁこのままわからないのも癪だから、俺は何か理由を考えてみる。

「……莉栖さんに、自分の成長を見せつけたかったとか?」

「うん?どういうことやそれ?」

「お兄さんは勉強が苦手……だけど、今は外国で働いてるんですよね?」

「そうやけど……あぁ。そういうことな」

 千野さんは勉強が苦手だった。だけど、確か台形は小学5年で習うはず。

 その程度の内容なら自分でもできるんだぞって、そういうつもりなのかもな。

 ナンバーの3700も……というか、3700って!

「そういえば莉栖さん、お兄さんがとった『順位』って確か……!」

「……37位!」

 千野さんは自分の教え――――『無駄なことはするな』を実際に使った暗号を作った。

 しかも、多分この暗号は莉栖さんのアカウントがやってる『例え芸』から来てるのかも。

 そう考えると、この暗号は莉栖さんへの問題、みたいな感じなんだろうな。

 自分に教えてくれたことと、自分が教えたことの復習、ということで。

 まぁ……俺らが解いちゃったんだけどね。でも、これはこれでいいか。

 ある意味3人で協力して解いたんだから。

「というか翡翠さん、一体あなた、何者なんですか?」

 そう尋ねながら翡翠さんがいる方向を見た時だった。

 翡翠さんは、もうそこにはいなかった。

「……えぇ?どうなってんの?」

「翡翠はそういうやつやねん。割と狂ってて……ちょっとアレな感じ」

「アレですか」

 俺は困惑して、莉栖さんの顔を見つめてしまった。

 その瞬間、莉栖さんのポケットから通知音が鳴った。

「……瑞樹、いいニュースがあるで!」

 莉栖さんはそう言って、俺にスマホを見せる。

 次の瞬間、俺のテンションは急激に低下した。

「……これ、マジですか?」

 スマホの画面には、『その瑞樹とかいう子、また使わせてもらうからね』と書かれていた。

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レペゼン・コード 日奉 奏 @sniperarihito

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