翡翠色の研究・III
「いい点って、どれくらいの?」
「えーっと確か……180人いる中で37位やって。そこそこ高いやろ?」
そのまま、莉栖さんは話し続ける。
「兄貴は国語も数学も、年下の私の方ができるレベルやった。やけど、私と頑張って走りぬいたんや!」
どうやら、莉栖さんは俺以外の人間にも勉強を教えていたらしい。
そしてその千野さんは海外へ……か。
「……そういえば、千野さんはあの自転車を気に行ってたんですか?」
ふと気になったので、俺は質問をぶつけてみる。
「うん?あぁ、多分気に入っとった……ていうか、相棒って感じやったと思う」
「相棒?」
「兄貴は自転車で旅するんがすきやったんや。小学校の頃から、こっちの度肝を抜く距離自転車で行っとたわ!」
「なるほど……」
「ちなみに、私に自転車の乗り方を教えたのも兄貴やで!」
小さいころの2人が自転車に乗る映像が頭に浮かんだ。仲良さそうな家族だなぁ。
俺はひとまずヒントを求めて、もっと質問してみる。
「千野さんからその時に教えてもらったことで、何か覚えてることないですか?」
「うーんそうやな……『無駄なことはするな』とはよく言っとったわ」
「無駄なこと?」
「無駄にベルを鳴らすとか、無駄に速く漕ぐとか……そういう無駄を抑えてこそ達人。やってさ」
確かにそうかもしれないな……そう思いつつ、俺は会話を終えて、軽く頭を下げた。
「……とりあえず、翡翠さんに報告してきます」
俺はリビングの出口の方を向く。
そのまま翡翠さんのところへ行こうとした瞬間……ある質問が、浮かんできてしまった。
「莉栖さん、ちょっと質問いいですか?」
「うん?別にええけど……」
俺はまた振り返る。莉栖さんの目を見ながら、質問を口に出した。
「翡翠さんってすごい面倒くさがりに見えますけど、じゃあなんで莉栖さんに協力してるんですか?」
ちょっと失礼な質問かもしれないと思いつつ、俺は莉栖さんの回答を待った。
「翡翠ねぇ。まぁ確かにあいつは面倒くさがりやけど、実は優しいんやで?」
「優しい……ですか」
そんなわけないと思いつつ、俺はその考えを頭から振り払おうとする。
ついさっき会ったばっかりなんだぜ?そんなすぐに決めつける必要もない。
「まぁ確かに瑞樹くんの気持ちもわかるで?実際私も、初めてリアルで会った時は引いたわ」
「まぁ、そうですよね……」
「やけど、あいつは頭もいいし物事をよー見とる。やから、瑞樹くんも信頼したって!」
その言葉を聞き終わると、俺は軽く頭を下げてお礼を言う。
確かに翡翠さんは面倒くさがりかもしれないけど、それでもいいところもあるんだろう。
あの人は、今何をやってるのかな……そう考えながら、俺はガレージに戻った。
◇◇◇
ガレージの隅っこには、スマホをいじる少女がいる。
「……翡翠さん、今何見てるんですか?」
「ん?電子書籍の漫画」
まさかガレージに戻った瞬間失望するとは思わなかった。
というかよく考えたら、この自己中人間に期待した自分がバカだった。
「……あの、翡翠さん。実はちょっと見つけたことがあるんですけど」
「何?手短にお願い」
「莉栖さんはお兄さんに『無駄を抑えてこそ達人』と言われたそうです」
話しても無駄だと思いつつ、俺は翡翠さんと情報を共有する。
というかこの人本当に頭いいのか?莉栖さんはああ言ってたけど……
「……無駄を抑えて……キー2つなんて無駄だと思うけど」
「だから、それは暗号のヒントなんじゃないんですか?」
もちろん千野さんが用心深い人だったという可能性はあるが、とりあえず今はその考えを捨てよう。
「……無駄を抑えて、か」
翡翠さんはそうつぶやいた後、のそのそと自転車の近くまで移動する。
面倒くさそうに自転車の後輪の前に立つと、そのまま跪くように座った。
「どうしました?翡翠さん」
「このキーホルダー、鋭すぎる」
えっと、まぁ確かに鋭いけど……それがどうなんだ?
そう思っていた瞬間……翡翠さんは俺の方向に、手を差し伸べていた。
「ど、どうしたんですか?」
「私の手を取って運んで。アリスのところまで。普通に移動するの面倒くさい」
「いや、でも普通に移動するのと変わらないんじゃ」
「私の体重を少し押し付けたい。早く」
状況を飲み込む暇もないなか、俺は無理やり手を掴まれてしまう。
本能的な恐怖を感じてしまったのは、多分気のせいではない。
◇◇◇
相変わらずきれいな莉栖さんのリビングに、翡翠さんは佇む。
そのまま質問をし終わると、莉栖さんはすぐに答えた。
「確かに私のアカウントは、兄貴も見てたけど……」
「なるほど……なるほどな」
翡翠さんはそのまま、目を閉じてしまった。
一体何をするつもりなんだと警戒してるうちに、翡翠さんは口を開いた。
だけど……その後の声のトーンは、明らかに変わっていた。
面倒くさそうな声であることは変わらなかったけど……その声は、確かに楽しそうだ。
「面倒くさいことなっちゃった、最低」
そのまま、翡翠さんは両目を開けた。
青い2つの目が、宝石のように輝いて見えた。
◇◇◇
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