翡翠色の研究・II

 切断されまくっているカゴはどこもかしこも傷だらけで……あれ?でもなんか変。

「……これ、もしかして角を避けてます?翡翠さん」

 カゴの網目は大量に切断されている。

 だけど、どういうわけか角の方には切断されている部分がないんだ。

「大正解」

「だけど、角の方を避けるなんて、どうして……?」

「『面』が大切なんじゃない?角の方を避けてるのは、境目のつもりなんじゃ」

「……なるほど!」

 だとすると、やっぱり左面が鍵になるのか……そう思って、俺は翡翠さんの方を向く。

 翡翠さんは、やっぱり無表情だった。

「……瑞樹、あんたとアリスって、どういう関係?」

 そう聞かれた瞬間、俺は首を普通に戻す。

 アリスってことは、莉栖さんのことか。

「たまに勉強を教えてもらうんです。別に、変な関係じゃないですよ」

「……面白みがない」

「人の関係に面白さを求めないでください」

 そのまま、翡翠さんはずっと無表情で自転車を触る。

「……じゃあこっちからも聞きますけど、あなたと莉栖さんはどうして知り合ったんですか?」

「SNS。アリスの『例え芸』をいいねしてたら仲良くなってた」

「例え芸……って?」

「変な例えをするの。例えば椅子を横から見て、『小文字のh』に似てるって言ったり」

 俺は椅子と『小文字のh』を思い浮かべる。なるほどちょっと似てるな。それの何が面白いのかは不明だけど。

 そんなことを考えていたら、彼女はしゃがみつつ横移動していた。

 どうやら、今度は後輪を調べるつもりらしい。

「……これどういうことだろ」

「どうしました?」

 俺は視線を後輪に映してみる。

 そこには、相変わらず無表情の翡翠さんが、青色の目で後輪を見つめていた。

 後輪には、莉栖さんの言う通り5桁のダイヤルロックがかかっていた。

「瑞樹。あんたは自転車の鍵って、何個つける?」

「えっ?いや、一個だけですけど……」

「まぁそうだよね……ここ見て」

 俺は翡翠さんが指さした方向を見てみる。

 ダイヤル式じゃない、普通の鍵。自転車と直接つながっている鍵がそこにあった。


◇◇◇


 自転車の真横に並ぶ俺らの前に、莉栖さんが現れた。

 翡翠さんに言われて、俺が呼んできたんだ。

「これが鍵やけど、翡翠」

 そう言って、莉栖さんは半透明の青いキーホルダーが付いた鍵を差し出した。

 形は下の方がカッターナイフの刃みたいになっていて、上の方は普通に直線だ。

 なんかおしゃれだな、ああいう四角形のキーホルダー。宝石みたい。

「ありがとう。アリス」

「あぁそれと、そのキーホルダーめっちゃ鋭いから気を付けー!」

 アリスもとい莉栖さんは、そのままガレージを離れた。

 その直後、翡翠さんはその場にしゃがむ。

 鍵を鍵穴に差し込むと、鍵は解除された。

「なんでナンバーロックと鍵を両方使ってるんでしょう?翡翠さんわかります?」

「わかるわけない」

 冷たいなぁと思いつつ、俺はもう一度カゴの近くに行く。

 切断箇所は前、右、左の3か所。切断箇所には境目ができてる。

 だとしたら、まさか……

「翡翠さん、カゴの穴の数、数えてみます?」

「……勝手にやって。そんなの面倒くさいの極み」

 まぁ、その回答はちょっと予想できた。

「……じゃあ数えてみますよ?翡翠さん」

「やるなら早く。瑞樹」

 とりあえず俺はカゴに指をさし、一個一個数えだす。

 1、2、3……50、51……そんな感じで数えてたら、多分10分は経ってた。

「……前は78個、右は40個、後ろは107個です。翡翠さん」

 この3つの数字から左面の『何か』を求めるのだろうか……

 そう考えた数秒後、翡翠さんはつぶやいて来た。

「このキーホルダー側面だけざらざら……こういうの私も欲しいな」

 おいせめて反応してくれ。

 そんなことを思って、俺は翡翠さんの方を向く。

 俺の数センチ横に、翡翠さんの顔があった。

「……ねぇ瑞樹、ちょっとだけアリスの様子見て来てくれない?」

「……今、ですか?翡翠さん」

「もちろん」

 何なのこの人。すっごい自己中。


◇◇◇


 莉栖さんの家の中は常に片付けられていて、それはリビングも例外ではない。

 ケースに入ったティッシュすらもおしゃれに見える空間。

 その中心にある背もたれ付きのおしゃれな椅子に座るのが、莉栖さんだ。

「おぉ瑞樹くん。結構翡翠と仲良くしとるやん」

「仲良く……ではないと思いますけど」

 そもそもあの人のことがまだ何もわからない。

 自己中だし面倒くさがりだし、わけわかんない。

「というか莉栖さん、何見てるんですか?」

 俺は莉栖さんが何か、大きな本を見ていることに気づいた。

「アルバム。兄貴との写真の中に、なんかヒントないかなって思ってな」

「なるほど……ちょっと見せてもらっても?」

「ええでー!」

 俺は莉栖さんの手元にある、アルバムを見つめる。

 10歳くらいの頃の莉栖さんと、その兄・千野さんが仲良さそうにケーキを食べていた。

「これ、いつの写真ですか?」

「小学校の頃。兄貴はケーキが好きだから、母さんよく買ってくれてたんだ」

 直後、莉栖さんはページをぱらぱらとめくり始めた。

 しばらくめくったり戻したりを繰り返して、莉栖さんはあるページを開く。

「個人的にはこれが一番記憶に残っとるかな。兄貴がテストでええ点とった時のやつや」

 そう言って見せてくれたのは、同じくケーキを食べている写真。

 だけど不思議と、さっきより千野さんは嬉しそうな顔な気がする。

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