第11話

「そういえば、昨日電話したとき、どこに行っていたの」

 元凶となった事案を問いかける。合鍵も渡してあるしどこに出掛けるも春来の自由ではあるのだが、どうしても気になってしまった。

「あの時間、僕も仕事終わりだったので、職場から駅に向かって歩いていました」

「え、お仕事していたの?」

 衝撃的な回答に、素っ頓狂な声を上げてしまう。

「逆に、僕働いていないと思われていたんですか。確かにヒモみたいな行動をしていることは否定できませんが」

 心外だ、と春来は眉根を寄せてみせる。

「ごめんなさい。いろんな女の子の家を渡り歩いていたって言っていたから、てっきりヒモなのかと」

 正直な思考を白状する。

「ヒモって、家事も仕事も全てを女の人に丸投げする男を指す言葉ではないですっけ。僕はちゃんと家賃折半するって前にも話したじゃ無いですか。それにユリさんみたいにバリバリ稼いでいるわけでは無いですけど、自立した生活が送れる程度には貯金だってありますよ」

 本当に刹那の家に転がり込んできた理由は、ストーカー被害から逃れるためだけらしい。

「警察に行って接近禁止命令とか出してもらえば、平穏に暮らせるのでは」

「それもそうではあるのですが・・・元はと言えば、僕を好きになってくれた子達ですし、無碍にはできなくて」

 以前から感じていたが、どうにも春来の愛情の受け取り方は世間一般とズレているように思う。

「さ、お店つきましたよ。どんなベッドを買いましょうか」

 考え込んでいたら、目的の店に到着していた。

「使うのはハルなんだから、好きなのを選んで良いのよ」

「そうですね」

 ベッドコーナーを見て回る。マットレスの使い心地を確かめながら腰掛ける。

「ここまで来て今更なんですがユリさん」

「はい何でしょうハルさん」

「我が家にもうひとつベッドをおくスペースなんてありましたっけ」

「・・・ありましたっけ」

「ないですよね」

 顔を見合わせる。

「いや、薄々家でる前から思ってはいたんですけどね。ユリさんしっかりしているから何か考えがあるのだろうと大人しく着いてきたわけですよ。でも家具屋についても具体的な寸法とか一切言わないしこれはまさかと」

「勘づいていたならその時点で指摘してくれればいいじゃないの。私はハルの身体が心配でそれしか頭になかったわ。自分の家の寸法なんて測ってないわよ」

 互いに一頻り言い合って、可笑しくなってどちらからとも無く吹き出した。

「僕らここに一体何しに来たんですか」

「他にも買う物は色々あるからまあ無駄足にはならないけれど・・・ハルの寝る場所問題は本当にどうしましょうね」

 二人して無言でしばし考え込む。先に口を開いたのは刹那だった。

「ちょっと提案があるのですが」

「はいユリさん、何でしょう」

 立ち上がり、隣の売り場に移動する。

「今私が使っているベッドの代わりに、これに替えるというのは如何でしょうか」

 手で示したのは、ダブルベッド。

「あらユリさんってば大胆」

 口に手を当てて、春来はわざと大げさに驚いた表情をしてみせる。そんな反応をされるとやはり世間知らずな提案をしているのではという恥ずかしさがこみ上げてきて、顔に熱が集まるのを感じる。

「違うわよ、ベッド二つはスペース的に置けない、でも二人分の寝るスペースが必要ってなったら、もうこの手段しかないじゃないの」

 恥ずかしがったら負けだ。しっかりと春来の目を見据えて言い切る。

「確かにそうではありますが」

「ハルは別に私と一緒に寝ても、襲ったりしないでしょう?」

「・・・確かにそうではありますが!」

 刹那のダメ押しに、春来は盛大なため息を吐いた。

「どうしてこう、危機感というものが欠落しているのですかね、うちのご主人様は」

「ハルはどっちが良いの、私と一緒にダブルベッドで寝るのと、今まで通りソファーで丸まって眠るのと」

 頭を抱えてしまった春来に、二択を突きつける。

「そりゃあ、ダブルベッドで身体伸して眠れた方が」

「じゃあ決まりね」

 皆まで言わせず、刹那はぱんっと手を叩いた。まだ躊躇している春来を置いて、刹那は改めてダブルベッドの吟味を始める。その姿を見て、春来も腹を括ったらしい。刹那の説得は諦めて、どうせならと一緒になって真剣に選んだ。

 結局黒い木目調の、ヘッドボードが広いタイプものに決めた。三日後に自宅まで配送してもらえるらしい。

「あとは、ハル用の食器とかも買い足したいな」

 生活に必要な物を買い出ししながら、他愛も無い話に花を咲かせる。気づけばあっという間に夕暮れ時になっていた。晩ご飯を外食して、帰路につく。

「荷物持ってくれてありがとう、たくさん買っちゃったわね」

「いえいえ、これくらいお安いご用です。そもそもほとんどが僕のための買い物ですし」

 自宅について、早速今日の戦利品を片付けていく。食器棚に並ぶペアマグを眺めて、刹那は笑みを零した。

「どうしたんですか、そんなにやにやして」

 後ろから春来に話しかけられて、慌てて扉を閉める。

「ふふ、そんなに僕とお揃いが気に入ってくれたんですね」

「わかっているのなら敢えて訊かないでよ」

「すみません、可愛くてつい」

 少しずつこの部屋に、春来が居ることが当たり前になっていく。痕跡が増えていく。それが無性に嬉しかった。


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ナメアイ 桜田 優鈴 @yuuRi-sakura

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