第10話

 二日酔いになることを覚悟していたが、春来の手厚い介抱の甲斐あってか、思いのほかすっきりと目覚めた。身体は回復したその一方で、昨晩の醜態を思い出して心は沈んだ。酒で記憶を飛ばせない質は、良いようで悪い。

 顔を洗ってからリビングに入ると、春来はまだソファーに横になっていた。長い足がはみ出さないように、小さく丸まっている。今更ながら寝心地が悪そうだ。不躾に寝姿を眺めていると、唐突にぱちりと春来の目が開いた。

「寝込みを襲いに来てくれたのではないんですか」

「何、起きていたの?」

「少し前から微睡んでいました。ユリさんの気配がずっと近くにあるので、起きるタイミングを見失ってしまって」

「それはごめんなさい。ソファーが寝づらそうだなと思って見ていたの」

 春来は起き上がると、大きく伸びをした。

「あー、確かに。一時的に寝る分には問題ないですけど、連日となるとそろそろ身体がちょっと痛いかもしれません」

「やっぱり。そういうことはもっと早く言って。ハルは今日何か用事ある?」

「今日はフリーな日ですよ」

「丁度良いわね、私も特に用事無かったから、一緒に出かけましょう」

「デートですか」

「違います。ハル用のベッドを探すんです」

「十分デートじゃないですか。ユリさんとの初デート、楽しみだなあ、支度してきますね」

 春来は鼻歌を歌いながら、洗面所に向かっていった。

「だからデートでは無いのだけれど」

 そう呟いてみたものの、変に意識してしまう。自室に戻ってクローゼットの中身を眺めながら、何を身に纏うか真剣に吟味する。家具を見るならスカートよりパンツの方が利便性は良いだろうか、でも仕事着がパンツスタイルばかりだから休日くらいスカートを履きたい。折衷案として、ロングスカートにすることにした。タイトめなシルエットにスリットが入ったデザインのクリーム色のスカート。上はフェイクファーの真っ白なニットを選んだ。

 相手はただのペットだぞ、そう心の中で自分に文句を言いながらも、化粧だっていつもより丁寧にしている自分がいる。春来がデートなんて言うせいだ、と総ての責任を春来に丸投げして、刹那はもう純粋に今日を楽しむことにした。

「お待たせしました、支度できたわよ」

 リビングでは既に準備を整えた春来がスマホを弄りながら待っていた。

「わぁ、ユリさんの私服ってそんな感じなんですね。とっても可愛い、似合ってる」

 そういう春来も、いつもながら綺麗めカジュアルなスタイルが似合っている。今日はチョコレート色の無地のセットアップに、中はより濃い茶の縦ストライプシャツだ。シルバーのネックレスがアクセントになっている。

「ハルも服のセンス良いわよね」

「そう思っていただけて嬉しいです」

 二人で玄関に向かう。

「手でも繋ぎます?」

「リードなら持ちますが、手は要りません」

「うーん、手厳しい」

 冗談を言い合いながらマンションを出た。

「まずは目黒の家具屋さんですよね。高輪台から電車乗りますか」

「いや、折角お天気だし、五反田まで歩きましょうか」

 並んで歩きだす。

「昨晩辛そうだったから、今日元気そうで良かったです」

「その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした・・・。ハルが作ってくれたしじみ汁が効いたわ」

「作ったって、ただ即席のカップにお湯注いだだけですよ」

「それが十分助かったのよ。ありがとう」

「そんなに喜んでもらえたなら良かったです、どういたしまして」

 十二月ではあるが、日向をこうして歩いていると、心地好い陽気だ。

「誰彼構わず抱きついたらいろんな意味で危ないので、もう僕の居ないところではお酒セーブしてくださいね」

「ハルまでそんなこと言うのね。あそこまで酔ったのは久しぶりよ。普段はそんなことないから安心してください」

 窘められてバツが悪く、唇を尖らせる。

「あぁ、僕が他のご主人様のところ行っちゃったかと思って自棄酒したんでしたっけ」

「んんん、平たく言うとそうだけど、もうちょっとオブラートに包んで、恥ずかしい」

 手で顔を覆う。冷静になって考えると、何て幼稚な。

「可愛かったですよ。先日も似たような話をしましたが、少なくとも互いの利害が一致している内は勝手に出て行ったりしないので、ユリさんはもうちょっと僕を信頼してください」

 首肯。春来の言う通り過ぎて、頷くほか無い。

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