欠陥准将、異世界に転生する〜初めての人生の歩き方〜

@nagumo1942

第1話 魔法があるなら転生もあるか

元治16年10月1日。

400年間衰える事を知らない権勢を、これでもかと格調高く示し続けた、畳敷の大広間。

そこにはこの国を代表する名家の当主とその名代嫡子が、数百人勢揃いしている。

その中段で俺は、上座に対して深く平伏する。

「草薙家当主、草薙忠澄が嫡男、草薙忠孝。表をあげよ」

俺はゆっくりと、そして堂々とした面持ちで頭を上げる。

「本日を以て、草薙忠孝を大将格准将に昇格とし、国軍魔法師総隊司令長官に任ず。

また、それを以ち草薙忠孝の家督相続を許す」

俺は弱冠30歳にして、名門高家草薙家の当主を務める事が決まった。


「准将昇格おめでとう。まさかこんなに早くなっちゃうとは思わなかったな」

ピンク寄りのベージュ髪をした、明るく、それでいて清楚な、女性らしい女性にふと声をかけられる。

「准将も良いけど、大将と呼んでくれるともっと嬉しい」

俺が少しおどけて見せると、その女性はクスッと笑い、何を思ったか右手で敬礼をする。

「それでは大将閣下、昨日は御昇進おめでとうございます。日がな常々感じておりましたが、大将閣下のご栄達の程は正に天へと迫る龍の勢いで」

こうふざけて返してくるこの女性は、真壁姫綾。

この国を支える魔法師三高家のうちの一つ、真壁家の次期当主候補と目される人物であり、現在32歳にして国軍中佐を務める才媛だ。

草薙家もその三家の一つだが、草薙は武家、真壁は公家に連なる家柄のため、幼少期に関わる機会は少なかった。

とは言え姫綾とは高校からの長い付き合いのため、なにか確執があるわけでもなく...と言うか寧ろ、今最も仲が良いうちの一人と言っても過言では無い間柄だ。

「そう畏まられると気持ちが悪いな」

「む!女の子に気持ち悪いとか言ったらダメなんだよ?」

「女の子って歳でも無いだろうに」

「そんな歳までほったらかしにしてきたのは、一体どこの誰かなぁ?」

この調子で、俺はここ10年以上、猛アプローチを受け続けている。

色々あって異性関係を遠ざけてきた俺だが、当主になった以上はそろそろ伴侶を決めなくてはいけない。

あまり気は進まないが、こんな俺に10年以上も律儀に尽くしてくれたんだ。

どうせこの先の人生を共にするなら、姫綾に尽くし返すと言うのも割と良いんじゃ無いかと思っている。

俺と結婚すれば次期当主の座は捨てることになるが、両家にとって悪い話でも無い。

魔法師三高家の結束を高めようと言う機運が高まってる今、草薙家の当代と真壁家の才媛がくっつくのは、悪く無い選択だ。

と言うか、周りからはくっつくものだと完全に思われてる節がある。

それを俺も、どうこうしようとは思ってこなかった。

ただまあ、せめて当主の職務が板に付くくらいまでは待ってもらおうと思う。

「都合が悪くなると黙るんだから」

30代でこのキャラはどうかとも思うが、俺が居ないところでは、なんでもテキパキ卒なくこなす完璧エリートだ。

俺にだけ甘えてると考えたら、それはそれで可愛いものじゃ無いだろうか。

「都合が悪いと言えば、次の任務だな。かなり異質に感じるが」

俺は逃げるように話題を逸らした。

「む、逃げた。でもそうだよね、今まで観測した事のない魔素が充満してるって、かなり不気味...と言うか、怪しさ満点だよね」

俺たちが司令された次の任務は、属国の油田地帯周辺の異常事態対処だ。

現地国の部隊や、日本から派遣された精鋭部隊が色々調べたものの、結局原因不明。

敵対国の工作の可能性もあるものの、未確認の魔素なんて言う大爆弾をこんな些事で使うものだろうか?

とは言え、油田は日本の同盟圏の生命線の一つでもある。

とりあえず隔離でも宇宙空間への放出でも、なんでも良いから対処をしてくれと言う事で、日本の魔法師トップである我々が現地で任務を行う事になった。

「まあなんだ、最悪油田が吹っ飛んだとしても、生存を最優先に動こう」

俺は自他共に認める、当代最強の正面戦力だ。

部下たちも、姫綾を含め、一騎当千の魔法師ばかり。

異常事態の対応くらいなら慣れているし、最悪何かあっても、俺たちが生き残る方が国益に叶うだろう。

つまるところその時の俺は、その程度にしか考えていなかったのだ。



11月3日、俺たち魔法師総隊麾下の部隊は、現地の油田地帯に到着した。

「あったかいね〜」

赤道に近いこの地域は、11月でも気温が夏と変わらない。

まあ、今の日本の11月初旬もこんなものだろう?と言われたら、なんとも言えないのだが。

「確かにな。真冬にバカンスに来るにはちょうど良い気候かもしれない」

「この任務が終わったら、少しだけ遊んで帰らない?」

姫綾には危機感がちょっと足りないようだ。

「お前が魔素に吹き飛ばされてお陀仏しなかったら、それも考えるか」

自然と一堂の間に笑いが広がる。

姫綾も、軽く膨れながら、それでも楽しそうに笑っている。

「閣下、魔素の測定値が急激に上昇しています」

異変が始まったのは、そんな折だった。


「よって、本作戦は魔素の時空間隔離及び大気圏外への転移を軸として行うプランβを取る。いいな」

「「「はっ!」」」

即座に我々は対策協議をして、作戦班の行動を決めた。

たった数分、それでも致命的なロスになっているのではないかと言う不安がよぎった。

それだけ嫌な予感がしたのだ。

まるで我々が来る事を待ち構えていたかのような、そんな言い知れない不気味さが押し寄せてくる。

「一班、完了」

『二班、完了』

『三班、完了』

『四班、完了』

全隊から準備完了の報告がされた。

「よし。状況開始」

俺は総隊直轄が護衛に目を光らせる中、姫綾率いる実働第一班と共に、魔素の時空間隔離の魔法を発動させる。

四方からそれぞれ共同で魔法を発動して、それを俺が統括としてまとめ上げる。

大規模魔法の発動手順は慣れたものだ。

何度も実戦で、それこそ自分より格上の相手に対しても渡り合ってきた、我が国自身の魔法技術。

だが、今回はその程度の相手では無かった。

魔素が唐突に収縮を始める。

「総員、退避!」

強烈な違和感を感じて、全員に退避を命令する。

俺は完成途中の魔法を無理やり力技でまとめ上げて、時空間処理を行う。

脳に過剰負荷は掛かるが、時間が経てば回復する。

この精鋭達を危険に晒すよりは遥かにマシな選択肢。

だが、無情にも魔素は、今までの人生で見たこともないほどの精密な魔力操作を以て、その収縮から解き放たれた。

そんな俺を、少しでも質量で守ろうと、姫綾が脳の負荷を一切考えずに防御結界を展開して俺の前に立つ。

「姫綾!」

俺はせめてもの抵抗として、姫綾を抱きしめて、その防御結果を上塗りする。

転移を発動できるほど安定した魔素環境ではないので、これ以外に選択肢はない。

時空間魔術との並行発動だ。もう脳の血管は殆ど焼き切れているんじゃないだろうか。

だが、それでも、この瞬間的で致命的な爆発から逃れることは出来ない。

これは魔素の偶発的爆発なんかじゃない。

極めて壮大且つ精緻に組まれた、あり得ないような大魔法。

それを今、目の当たりしながら、俺たちの人生は塵のように尽きるのだ。

俺はその魔法を、とても綺麗だと思った。




「hre broike gray ner」

ふと目を覚ます。

俺の枕元には、よく聞き慣れない言語を話す男性と女性が立って、こちらにしきりに話しかけている。

ここはどこですか、ととりあえず口に出そうとする。

「おおああああえええ」

言えない。

枕元からは、なんとも嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。

まるで赤子を慈しむような、そんな笑い声。

いや、わかっている。

多分、転生というものをしてしまったんだろう。

この体はどう考えても赤子のものだし、この言語はどう考えても聞き覚えのないものだ。

このベットも、この服も、この視点も、全て赤子だと考えれば辻褄がつく。

そして、極め付けに、西欧建築風の内装と、ヨーロッパ風の服装をする婦人。

この服装は、18世紀のフランスに似通っているだろうか。

中世といえば15世紀ごろまでだから、18世紀で有れば、中世異世界転生にはならないのではないだろうか?

この世界では、一体いつまでが中世だと区分されているのだろう。

いや、そんな極めて現実的な現実逃避をしても仕方がない。

俺が向き合うべき現実とは、地球の史料的学問ではなくて、今のこの現状だ。

俺はどうやら、異世界に転生したらしい。

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