第6話:もう後には引けなくなりました

「なんか、面白い事になっていたみたいね。残念、あたしもその場に居合わせたかったなぁ」


 授業が始まる少し前、サニアがフィナシェの隣でそんなことを言い出した。


「あなたねぇ、当事者じゃないからそんなことを言えるのよ」


 それを聞いて、フィナシェは呆れたように息を吐く。


「ま、あのリミィ様に絡まれた、というだけでも災難だったわね。あの方、あまり良い噂を聞かないもの」

「そうでしょうね。あの様子じゃ、自分の家柄に物を言わせて周囲を言いなりにしてきた、といったところかしら」

「あなたのお母様がソフィア様だと知ったら、顔を青くするのは間違いないわね。もしかしたら、今になって気付いて青くなってるかもね」


 サニアはいい気味だ、というような笑顔を見せた。


「あまり、お母様の方には頼りたくないのだけど」


 学園に来て意外だったのは、フィナシェの母親が公爵家令嬢のソフィアだということをしらない生徒が多かったことだ。

 できるだけ目立たないようにはしていたが、それでも他の生徒と全く接触がないということは難しい。

 もちろん自分のことも紹介するのだが、子爵家の人間だと見下す相手はいても、その裏にいるソフィアのことまで感づかれることはなかった。

 もちろん、サニアやアサラのような例外もいるが。


「それよりも、まさかあのアサラ様がねぇ……誰とも踊らないことでも有名だったのに、まさか最初に踊った相手があなたなんて、そっちの方が驚きよ」

「……そうみたいね。おかげで、かなり面倒なことになってるんだけど」


 あれから嫉妬混じりの視線を送られたり、直接何かしらを言われることもあったりと面倒なことになっていた。

 それでもアサラが悪いわけでなないので、誰を責めるわけにもいかずにもやもやしてしまう。

 

「ま、第二皇子様のお気に入り、という認識にはなっているのかしらね。だから、そこまで気にする必要はないかもね」

「そうだといいけど」


 サニアの言葉を半分くらい聞き流しつつ、フィナシェはアサラが唯一見せたどす黒いような感情を思い出していた。

 あの時、アサラは本気でコンテルに対して『自分に王位を譲れ』と言っていた。

 アサラは穏やかな表情で丁寧な言葉を使い、物腰も王族とは思えないほど柔らかい。だから、その言葉が本気だと誰も思わないだろう。

 傍から聞いていれば、それこそただの戯れ程度の言葉にしか聞こえない。

 本気でコンテルから王位継承権を奪い取るつもりなのか、それとも……


「ねえ、サニア。この国の王位継承権って、基本的に長男が後を継ぐようになっているのよね」


 気になったことがあって、フィナシェはそう聞いていた。


「そうね。余程のことがない限り、長男が後を継ぐのが決まりよ。どんな無能でも国王になれてしまうのは問題だけど、それよりも複数人の男児が王位を争って国が分断するよりは、ってところかしら」

「なら、皇太子殿下が王位を継ぐのは確定なわけね」

「その路線で確定じゃないかしら。ま、それだけこの国が平和だってことの証明でもあるけど」

「そうね」


 このままコンテルが王位を継げば平和どころではなくなりそうだな、とフィナシェは内心で思いつつ返事をする。


「随分と物騒な話をしているみたいだね」


 そんな声が聞こえて、二人はぎょっとして振り返った。


「ああ、心配しなくていいよ。その程度というか、国の制度を確認しただけで有罪になるとか、普通の国じゃ有り得ないことだからね」


 アサラはフィナシェの隣に座ると、軽く会釈する。


「あ、アサラ様?」

「珍しいですね、あなたはあまり他の生徒と関わらないと聞いていますけど」


 動揺して声が上ずっていたフィナシェに対して、サニアは比較的落ち着いた口調で言った。


「まあ、そうだね。でも、この前君と踊ったからあらぬ噂でも立てられたりしていないかな、と少し心配になったのもあるかな」

「そこまで心配して頂かなくても」


 真顔でアサラに言われて、フィナシェは小さく首を振った。むしろ、ここで親しくしていると余計に問題が大きくなりそうにも思えた。


「面倒だね、貴族社会は。でも、その面倒な社会で色々やっているから、僕達は庶民よりも贅沢な暮らしをさせてもらっている。義務と権利というやつかな」

「なら、アサラ様は将来の王弟として、他の貴族と顔を繋ぐくらいしておくべきではりませんか?」


 サニアにそう言われて、アサラは困ったような表情を見せる。


「それを言われると、返す言葉もないね。だけど、僕に近付いてくるのはほとんどが下心が見え見えなんだよ。さすがに無碍にはできないけど、いい加減うんざりするのは理解してもらえるかな」

「それは理解できますが、フィナシェは子爵令嬢ですよ。遊び相手程度には良いかもしれませんけど、それ以上を望むなら向いていないのでは」

「ちょ、ちょっと、サニア!?」


 サニアが思いもしなかったことを言い出すので、フィナシェは慌ててそれを止めようとする。

 このくらいでアサラが怒るとは思えなかったが、伯爵程度の身分で王族に物申すのは不敬と言われな兼ねない。


「心外だね、僕はそんなに軽薄な人間に見えるのかい」


 アサラはサニアを一切責めるようなことはせず、おどけるような口調で答えた。


「いえ、あなた自身はそう見えませんわ。ただ……」


 サニアはそこで言葉を濁した。


「僕は兄さんとは違うよ」


 アサラはおおよそを察したのか、周囲を少し気にしてから小声で囁いた。


「そうですよね、失礼なことを言いました」

「いや、構わないよ。君は大事な友人が酷い扱いをされるかもしれない、と心配してのことだろうし」


 サニアが頭を下げると、アサラは軽く手を振った。


「本当に、君は周囲の人に愛されているね」


 そして、フィナシェの方を見てそう言った。


「あの時も、そんなことを言っていましたね。あなたの言うようにわたしは色々な方に大事に思われている、それは本当にありがたいことだと思っています。でも、あなたも……」


 フィナシェはそこまで言いかけて、言葉を止めた。

 第二皇子とはいえ、周囲からフィナシェと同じような扱いをされているとは限らない。皇太子であるコンテルならともかく、第二皇子のアサラはその代役とも言える。

 コンテルに比べて扱いがぞんざいにされていることも、容易に想像ができた。


「僕は、兄さんに何があった時の代わりでしかない。もちろん、そうじゃない扱いをしてくれる人がいないわけじゃない。だけど……」


 アサラはそこで言い過ぎたことに気付いて、言葉を止めた。


「と、すまない。今のは忘れてくれないかな。さすがに、人に聞かせて良い話じゃないからね」


 そして、無理に笑顔を作ってそう言った。

 

「そうですね。あまり、そういったことは他言しない方が良いかと」


 それを察してか、サニアも無理な笑顔で首を振った。

 

「わたしでは、あなたの支えにはなれませんか?」


 フィナシェがそう言うと、サニアとアサラが驚いたようにフィナシェを見た。


「僕は君と知り合って日が浅い。だから、君のことはあまり良く知らない。でも、君が僕に取り入ろうという人間でないことは何となくだけど、わかる。だからこそ君がどうしてそんなことを言うのか、ちょっと理解できないな」


 アサラはフィナシェの言葉を疑ってはいなかったが、それでもそんなことを言われれたことに驚いてもいるようだった。


「言い方が良くなかったですね。支え、というよりは愚痴の一つも言い合えるような友人になれませんか、と言うべきでしたか」


 フィナシェは敢えて笑顔を作らず、真剣な表情で言った。


「面白いことを言うね、君は」


 それを聞いて、アサラは声を上げて笑い出した。


「今まで僕に近付いてくるのは、大抵肩書で見る人ばかりだったかな。でも、君はそうじゃないみたいだ」


 そう言われて、フィナシェは心臓を鷲掴みにされるような思いがした。


 申し訳ありません、アサラ様。わたしは、あなたを利用するつもりです。

 

 フィナシェはコンテルの弟であるアサラに近付くことで、ユリーティアが何を考えているのか探れないかと考えていた。

 また、アサラが本気で王位を狙っているのなら、それを手助けすることでユリーティアがコンテルを利用してランカート領に手を出すのを防ぐこともできる。


「なら、こちらからもお願いするよ。フィナシェ、僕の友人になってくれるかな」


 アサラは曇りのない笑顔でそう言った。


「はい、喜んで」


 フィナシェも笑顔を作るが、自然な笑顔ができていたかどうか、自信が持てなかった。

 それでも、一度利用すると決めて行動したからには、もう後に引く事はできない。

 それがユリーティアと同じことをしているとしても、だ。


 わたしは、自分の大事なものを守るためなら手段を選ばない。

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