第4話
◇
遡ること数時間前。
客が来たと聞いたから、出迎えてみれば。
「こんにちは、リシェル」
そこには、婚約者であるヘレネの友達であるミア嬢がいた。
「…どうしたのですか?」
「助けてください……」
聞いてみれば、最近ヘレネがひどい態度をとってくるという。
ここで放っておくのは流石にまずいので、とりあえず屋敷の中に入れたはいいものの。
「…やっぱりっ…距離を取られているのですわ!私、何かしてしまったかしら…」
友達想いなのは良いことだが、それを私に言われても。
「…ヘレネのもとに行ってみては?」
「無理ですわ!!」
だからと言って、ここは困った人の駆け込み寺ではない。
「あ……そうだ。公爵家はお庭がお綺麗なのでしょう?案内していただけると嬉しいですわ」
はぁ…ほんとうに面倒だ。
だが彼女も貴族令嬢。ここで無下に扱うことはできない。
「はぁ……わかりました」
本来、こんなことをしたいのは、ヘレネだけ。
ヘレネにならどんなことでもすると、豪語できる。
「まあ!可愛い花が沢山…!すごいですわ!」
ああ、これが、ヘレネだったらどんなに良いことかーー。
「まあ、あそこにテーブルと椅子が。ティータイム用、ということですわね。お花に囲まれていて素敵!」
嫌な予感がした。
あれはヘレネのために作らせたものなのにーー。
「リシェル、あそこでお茶したいです……だめ、ですか…?」
ああ、もううんざりだ。
「そもそも、なんで君は私を呼び捨てにしているんだ?」
急な口調の変化に、彼女は驚きを隠せないでいる。
「あっ……ごめんなさい。不快でしたか…?」
「ああ」
ばっさりと切り捨てると、彼女はしゅんとうなだれた。
もとより貴族の男性を手のひらで転がしているような女だ。きっと今も、「そんなことはないよ」と言ってもらうことを期待していたのだろう。
「失礼でしたか…?」
「ああ。それと、その椅子にも座らないでくれないか」
「えっ…なんでですか?」
それは、ヘレネのために作らせたものだから。
座っていいのは我が婚約者だけ。
「それはヘレネの席だ。だから、座らないで欲しい」
「そんなこと言わないで…。私は、あなたをお慕い申し上げているのです!!」
だめだ、話にならない。
第一、こんな女に好かれるなど、全然嬉しくない。
本人はその自覚がないのか、上目遣いをしてくるけれど。
「…はぁ…」
大きなため息をつく。
「お願い、リシェル…」
「だから、容易く名前を呼ぶなとーー!」
「リシェル…?ミア…?」
そこには、婚約者、ヘレネがいたーー。
◇
「お二人とも、何をなさっているのですか…?」
ヘレネは驚きを隠せない。
そして、それと同時に「浮気かもしれない」と不安になっていた。
「…へ、ヘレネ!違うの、これはーー」
「違うもなにもない」
ヘレネは、今度こそ自分淡い初恋が砕け散ってしまったのだと、そう覚悟したがーー。
「この女が勝手に屋敷に押しかけてきた上に、私を呼び捨てし、上から目線でヘレネのための椅子に座ったから、私がきつく言った。それだけだ」
リシェルは、一部始終を全て話した。
「本当…?ミア」
「っ……」
ミアは、そんなことをする女性だっただろうか。
ヘレネは、愛する婚約者をとるか、大事な親友をとるか、迷っていたーー。
「…ねえ、リシェル。私ね、リシェルのためにチョコクッキーを焼いたの。これあげるから、本当のことを教えて?」
「ありがとう。ぜひいただくよ。でも、僕が言ったことに間違いはない。そうだろ?」
最後の確認は、冷ややかに言われたものだった。
ミアは、さらに小さくなる。
「そ、そのっ……」
ミアは視線を泳がせて、「ごめんなさい…」と小さく呟いた。
ヘレネはというと、大事な親友に裏切られたような気持ちになってしまった。
「…ミア。もうこんなことはしないでね」
婚約者は「愛してる」と言わない 月橋りら @rsummer
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