第4話


遡ること数時間前。


客が来たと聞いたから、出迎えてみれば。


「こんにちは、リシェル」


そこには、婚約者であるヘレネの友達であるミア嬢がいた。


「…どうしたのですか?」

「助けてください……」


聞いてみれば、最近ヘレネがひどい態度をとってくるという。

ここで放っておくのは流石にまずいので、とりあえず屋敷の中に入れたはいいものの。


「…やっぱりっ…距離を取られているのですわ!私、何かしてしまったかしら…」


友達想いなのは良いことだが、それを私に言われても。


「…ヘレネのもとに行ってみては?」

「無理ですわ!!」


だからと言って、ここは困った人の駆け込み寺ではない。


「あ……そうだ。公爵家はお庭がお綺麗なのでしょう?案内していただけると嬉しいですわ」


はぁ…ほんとうに面倒だ。

だが彼女も貴族令嬢。ここで無下に扱うことはできない。


「はぁ……わかりました」


本来、こんなことをしたいのは、ヘレネだけ。

ヘレネにならどんなことでもすると、豪語できる。


「まあ!可愛い花が沢山…!すごいですわ!」


ああ、これが、ヘレネだったらどんなに良いことかーー。


「まあ、あそこにテーブルと椅子が。ティータイム用、ということですわね。お花に囲まれていて素敵!」


嫌な予感がした。

あれはヘレネのために作らせたものなのにーー。


「リシェル、あそこでお茶したいです……だめ、ですか…?」


ああ、もううんざりだ。


「そもそも、なんで君は私を呼び捨てにしているんだ?」


急な口調の変化に、彼女は驚きを隠せないでいる。


「あっ……ごめんなさい。不快でしたか…?」

「ああ」


ばっさりと切り捨てると、彼女はしゅんとうなだれた。

もとより貴族の男性を手のひらで転がしているような女だ。きっと今も、「そんなことはないよ」と言ってもらうことを期待していたのだろう。


「失礼でしたか…?」

「ああ。それと、その椅子にも座らないでくれないか」

「えっ…なんでですか?」


それは、ヘレネのために作らせたものだから。

座っていいのは我が婚約者だけ。


「それはヘレネの席だ。だから、座らないで欲しい」

「そんなこと言わないで…。私は、あなたをお慕い申し上げているのです!!」


だめだ、話にならない。

第一、こんな女に好かれるなど、全然嬉しくない。


本人はその自覚がないのか、上目遣いをしてくるけれど。


「…はぁ…」


大きなため息をつく。


「お願い、リシェル…」

「だから、容易く名前を呼ぶなとーー!」


「リシェル…?ミア…?」


そこには、婚約者、ヘレネがいたーー。



「お二人とも、何をなさっているのですか…?」


ヘレネは驚きを隠せない。

そして、それと同時に「浮気かもしれない」と不安になっていた。


「…へ、ヘレネ!違うの、これはーー」

「違うもなにもない」


ヘレネは、今度こそ自分淡い初恋が砕け散ってしまったのだと、そう覚悟したがーー。


「この女が勝手に屋敷に押しかけてきた上に、私を呼び捨てし、上から目線でヘレネのための椅子に座ったから、私がきつく言った。それだけだ」


リシェルは、一部始終を全て話した。


「本当…?ミア」

「っ……」


ミアは、そんなことをする女性だっただろうか。

ヘレネは、愛する婚約者をとるか、大事な親友をとるか、迷っていたーー。


「…ねえ、リシェル。私ね、リシェルのためにチョコクッキーを焼いたの。これあげるから、本当のことを教えて?」

「ありがとう。ぜひいただくよ。でも、僕が言ったことに間違いはない。そうだろ?」


最後の確認は、冷ややかに言われたものだった。

ミアは、さらに小さくなる。


「そ、そのっ……」


ミアは視線を泳がせて、「ごめんなさい…」と小さく呟いた。


ヘレネはというと、大事な親友に裏切られたような気持ちになってしまった。


「…ミア。もうこんなことはしないでね」

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婚約者は「愛してる」と言わない 月橋りら @rsummer

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