第3話


「やっぱり、婚約破棄するべきよね……」


衝撃のお茶会を終え、私は自室のベッドに飛び込み考えていた。

リシェルが本当にミアを好きなら、二人には幸せになってほしい。


好きな人の恋は、悲しいけれど応援してあげたい。


そのためには、私から解放しないと。



「…急にどうした?話があるなんて、珍しいな」


リシェルが品よく紅茶を飲む。

その姿に見惚れながらも、ヘレネは姿勢を正して言い放った。


「婚約破棄、してほしいの」

「……え?」


彼は、思わずティーカップを落とす。

それは床でパリンと割れた。


「…待って。どうして急に?」

「だって……私、リシェルのこと好きじゃなくなったもの」


こんなことを言うのは辛いけど、大好きな人のため。


「だから、婚約破棄しましょう」


彼は信じられないといった顔で私を見ていた。

それから、我に返ったようにはっとして私に言った。


「…いや、だめだ」

「どうして!?」


拒否されたことに純粋な疑問を感じて、思わず立ち上がってしまう。


「…それは、言えない」

「だ、だって…私と結婚したら、愛人は許さないわよ?」

「もちろん、そうだと思っていたが…何もおかしくない。何を言ってるんだ?」


私を正妻にし、ミアを愛人にするのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

彼は首を傾げていた。


「わ、私と婚約したら、リシェルにとっては苦痛の日々よ?」

「?いや、そんなことはないと思うけど…」


ますます困惑した表情になる婚約者に、思わずこっちまで困ってしまう。


「…と、とにかくっ、婚約破棄するから!」



「…で、婚約破棄を叫んだと」

「叫んではいないわ」

「いえいえ、私にまでよ〜く聞こえましたよ」


リサは面白半分で聞いている。


「だって。ミアのことが好きって、聞いたのよ」

「それも確かかはわかりませんけどね」


確かに彼本人からはそんなこと一言も聞いてない。

やっぱり、私が心配性なだけなのかと思えてきた。


「それでも気になさるのなら、楽しいことをして忘れちゃいましょう!」


リサが提案してきたのは、お菓子作りだった。

手軽にできるクッキーを焼いてみてはどうかと言ってきたのだ。


次の日、厨房に立って、私はリサたち侍女や料理長から教えてもらいながらクッキーを作った。


そういえば、リシェルはチョコが好きだった。


「チョコクッキーも作りたいわ」

「まあ!いい案ですね」


こういう時は、侍女たちと同じ目線に立って過ごせる。そんな時が、私は好きだった。


「できた!」


おめでとうございますと料理長や侍女も手をぱちぱちと叩く。


「みんなのおかげね。本当にありがとう」

「いえいえ」


円満なこの家で、私は幸せに暮らしているのだと、改めて実感する。


みんなで作ったクッキーはとても美味しくて、思わずリシェルに持って行きたいと思うほどだった。

そして、それをリサに言ってしまった。


意外に彼女はいい案だと賛成してくれたので、今すぐに持っていくことにした。


「それにしてもリシェルの家、久しぶりだわ。いつも来てもらっていたから」

「そうですね。公爵家だけあって、なかなか立派ですよねぇ」


馬車に揺られてリシェルの家に到着した。


私は婚約者なので、リシェルやそのご両親から自由に入っていいと承諾を得ている。

なので、私は構わず門を開けてもらい、中に入った。


そこで、公爵家自慢の庭園を散策しながら本邸に向かっていると。


「…だから、………ほしい」

「そんな………で。私は…………」


全然内容は聞こえないが、男女が話し合っているのが聞こえた。


もしかして、と不安を抱きながら私はそちらに向かう。


「…はぁ…」

「…お願い、リシェル」


そこには、ミアとリシェルがいた。

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婚約者は「愛してる」と言わない 月橋りら @rsummer

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