第一章

「さっむ」


四月の割に寒かった。新入生が並木に囲まれた道でわいわいしている。新学年ですね、という気持ちにならざるを得ない。それにもかかわらず、進みのドキドキの気持ちは完全に消えた。俺にはこの新学年はもう一年間の帰宅、もう一年間の一夜漬け、もう一年間のうろつきにしか見えない。


もったいないね。


溜息が俺の口から『っすー』と出た。足が疲れた。

これが、本当に俺が望んだことか?


「イッテ」

「あ、ごめんごめんー」

一年生か? 女子が俺とぶつかって軽い謝罪し、友達に追いついた。笑声が響いてる。その若い笑顔が太陽であるかのように場を明るくした。


うるさい。


と、思いたい。『がやがやしてんじゃねー、ガキが』みたいな愚痴を吐き出したい。『怒りたい』という望みが本当に珍しいが、そういう気持ちになってしまう。なんか、悔しくなった。あいつらの他愛のない話、純潔な笑顔―― 浸かりたい。


「意外と遅く出ることもありますね、小林さん」 凛々しく聞こえる、涼しい声が俺の右側から届いた。きりっとしたストレートな黒髪と四角い眼鏡が淑やかな縁取りを飾った。その麗しいな顔つきの割に細い目がいかめしく射貫いた。 しようともなしに、『femme fatale』が浮かんだ。


「宗像委員長、おはようございます」とよどみなく言った。宗像さんが微笑んだ。

「高校三年生の割にかなり固いですね、小林さん。もっと緩く青春を嗜みましょう」

近所の八百屋のおばあさんかのように、宗像さんがそう言った。『嗜む』を使うのは実に彼女らしい。委員長と仲良くできるのは、当然、お互いが勉強に努めているから。将来を目指すことは、俺たちの人生には置き換えのない部分だ。でも、彼女はいっそ励んでいる。


高一で知り合った。学級会の話になったら、宗像さんが学級会長の候補をした。組には唯一の志望者だったので、そうになって、俺はその一年副会長として活動をやりました。最初は彼女がまた一人の見栄っ張りだと思ったが、放課後になったらあいつは本に囲まれながら図書館で寝ているところを見た。確かに、ちょっとばかばかしい女だが、俺は本当に彼女を尊敬する。

……というか、宗像さんは本当に美しい。学級会のアイドルだったし、今は生徒会のアイドルとして見られている。しいて言うなら、文学少女の枠に当てはまっている。生徒会の委員長がクール美少女で、本当に漫画から飛び出してきた理想の高校生活になれるとも思えるぐらい。でも今のところ、俺の目には美しいのは彼女ではない。


「副会長さん」

「はい?」

「何かの問題とかありましたら、聞きますから」宗像さんはそう優しく言って微笑んだ。「困っているみたいですからね」

本当に、『femme fatale』だね。


「いや、委員長に聞かせるまで及ばないことなんです。気にしないでください」「ふ~ん」今日は、なんというか、あざとく見える。 「まあ、困りそうになりましたら、言っておいてくださいね。それでは」気が付くと、俺たちはもう学校に着いた。宗像さんは委員長らしく、華やかの歩みで去った。


頑張ってるな。こっちも頑張らなきゃ。 入学式は先週に終わってよかった。今日は一旦緩めで。

……と思ったが、1時限目の授業が古文だ。完全に忘れた。


……古文と言えば、『もののあはれ』が浮かぶ。それは、記憶に間違いがないとすれば、仮の世の無常に優美さがある、という理念だった。本当に、世界が大きすぎる。一生でやり遂げられることもだいぶ少ない。成績と成功、すべてが無常か。 そのことにも美しさがあるのか? たぎった哀感に美麗さを探すのは本当に我らの運命か? 『憐れ』。あらゆるものがその『憐れ』を醸し出している、ということか。『憐れ』に溺れられる。左側を向くと、窓越しには四月の青空、果てしない都市が見える。ガラスから春寒が感じる。四月はいい月ですね。これもいつか消えるべきの優美さかな。『憐れ』。


気がついたら、一時限目が終わった。


今日はなんかぼうっとしてる。


授業が終わった後、俺はすぐ帰った。昨年は帰宅部だったし、今年もそれにしようと思う。今年は塾に通う予定もないし。


「暇、っすね」

ぶつぶつと呟き、俺は緩い足並みで帰り道を歩んだ。上旬の肌寒い春風はそよそよと吹き、微細に並木の梢を揺っていた。もう一年間ぐらいこの帰り道を歩くか。帰宅にも曖昧な安全さがある。


と思ったが、近所のコンビニを過ぎるところになると、俺の目にまた彼女が入った。佇んでいるヤンキーたちが遠くからも見える。とくに、あの冷淡そうな一人。

わけもなく、コンビニへ寄りたくなった。そう、そうだね、なんか買い物しなければね。後で夜中に出たくないし。買い物して帰る。


俺はおどおどとコンビニのほうに向かう。また煎餅とか買って帰るつもりなので、早めに終わりたい。だんだん近づくと、がやがやの音がさらに大きくなり、安いタバコの苦酸っぱい匂いが漂ってくる。しようともなく、俺はブリーチ毛先の彼女に一瞥を投げてしまった。コンビニの壁にもたれかかりながら片手にタバコを持ち、別の手で古びた携帯電話を持ってる。煙が灯台の光線に浴びられながら空へ浮かんだ。

恍惚しそうになると、今度怒ったヤンキーが僕を睨んだ。ペコと会釈して、僕は急いでコンビニの中に入った。


「はー」

溜息を吐いた。まぁ、入ったし、いったん買い物でもするか。 と思ったが、別に何も買わなくてもいい。野菜や牛乳は、全部家で持っている。 「マジで意味わかんないっすね……」と呟いて、僕は棚へ向かった。

煎餅はまだある。缶コーヒーはいらないかも。野菜となると、トマトぐらい買っとけばいい。僕はそう思って、トマトを別に手に取らなくてホットショーケースを見た。そうだ、唐揚げでもいいから、ホットフード食べたい。


五分ぐらい迷った結果、僕は唐揚げと缶コーヒーを買った。買った瞬間すぐに気づいたが、空腹でもない。

悩むところになって、僕はまた長い溜息を吐き出口へ向かった。


「――つってんだろーが」

「だから引っ越ししてんってば、ボケ!」

「ボケ!?」


がやがやよりごたごたに聞こえる騒音。 無意識に「え?」と言って、僕は外側をちらっと見た。あのヤンキーたちが、誰かと口論している。っていうか、向こうは不良らしい。なんだこれ、ヤン子―の領土問題? と思ったら、僕は彼女を見た。あいつは渋面でタバコをくわえて、相手のちんぴらを凝視した。


なんというか、変な気持ちが湧いてきた。

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コンビニ駐車場 sai二 @cy2

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