コンビニ駐車場
sai二
プロローグ
俺は一目惚れなんか信じない人だ。
そもそも恋愛に興味を持つのは時間の無駄遣いと思っているが、『一目惚れ』はそれ以上愚かだと思う。どうやって全然知らない赤の他人を好きになるか、って。そういうたぐいのロマンスストーリなんかはたわいのない話だと感じる。 勉強と懸命な努力のほうが好みだった。模範生を目指した。東大を志した。
ただいい人生を成し遂げたいと思うかもしれない。
だから、異性に興味はあまり持たない。興味を持つなら、俺と同程度の知識で真面目な人と付き合いたい。恋愛はさておき、お互いを励まし、いい人生を目指したい。
それが正解ではないか、と思ってる。どうせ人生は一度きりだから、ちゃんとやり遂げたい。自分の生涯を色と宴で送ってくるみたいなことは馬鹿の極みだと思う。恋なんかいらない。
だから、なぜ俺は懸想の罠に落ちた?
節操のある俺が一目惚れした。
花冷えの宵の口。夜風が最近改修された近所の並木の梢をそよがした。こういう時、俺はよく出かけてる。用事があるということではなくて、ただの癖で。出かけると、濛々とした気持ちでうろうろする。なんだかんだそういう目的もない行動はちょっと落ち着く。時間がもったいない気持ちは確かに持っているんだけど、憑かれたようにうっとり外に出る。 市街地再開発はこの近所をあまり変えなかった。道路を補修し、樹木を植え、つまりそれだけで完成になった。でも一つの大きな変化があった。市政のおかげで近くにコンビニができたということだ。
二週間も経ったが、コンビニのなかにはまだ新築の匂いが漂ってるみたい。あたかも「21世紀」を代表してるかのようにインテリアが全部モダンでLEDがどっさりある。壁につけたスピーカからのろのろとした歌曲が流れてる。意外と居心地いいところだと思う。すくなくとも確かに便利だ。家から徒歩で10分しかかからない。 この二週間、俺はコンビニによく通っている、週に三回ぐらい。特に夜、コーヒーを飲んだり煎餅を買ってきたりして家に帰る。そういう時、習慣の安全さをたっぷりと感じてる。
今夜もコンビニの予定だった。
勉強の疲れを癒して寝るつもりで私服で行った。底が見えない問題の答えにどんどん近づいてきてる感じだった、それはどうやって節約できるのかな?確かに今日分の煎餅を除けば400円ぐらい貯めるのできるが、割引券を使えば煎餅を買っても250円ぐらい残る。あ、っていうか、財布を忘れてないか?
のろのろと歩いてコンビニに近づいてた。俺を止めたのはタバコの悪臭だった。
この近所はあまり危険ではないはずだ。だいぶ静かで何も起こってない。それを考慮して、ヤンキーが意外だ。昭和の少年漫画から飛び出してきた不良かのように、しゃがんでバットや竹刀を持ってタバコを吸ってる。
これは本当に珍しい光景だ。生まれてから初めてこの辺でヤンキーを見た。実はちょっとおどおどしてる。
でも、まあ、あいつらをじっと見ない限り放っておかれるじゃないか、と考えた。じっと見ない限り。
俺はヤンキーたちをあまり見ないようにし、コンビニのほうを向いてびくびくと足を
運んだ。タバコの煙のせいで咳が止まらない。あと5歩ぐらいだけ。見ないように。
見ない限り済んだはず。
それなのに、俺がひっかかった、馬鹿かのように。
一瞥だけした。俺にはがやがやとしてるヤンキーの集まりが一瞬で聞こえなくなった。典型的な特攻服みたいな服装に覆われた女性がしゃがんで一本のタバコを吸っている。ブリーチされた毛先を手でいじっていた。その手は傷だらけだったが、妙に女らしい。
女性がどんよりとした目でどこかを見て佇んでいた。
俺にはその姿勢、その顔、その赤の他人のヤンキーが輝いてみえた。
気が付くと彼女は渋面で俺を見つめた。何も言えずじっと睨んでタバコを吸っていた。これを言うのは恥ずかしいけれど、だいぶ怖気づいた。俺はへこへこしながらコンビニの方へ歩き始めたが、そのヤンキーの目が自分の背中に突き刺さるように感じた。
「いらっしゃいませー」
着いた。
バイトのレジがもぞもぞしている。ひとけがない。
…とりえあず、煎餅買っとくか。
俺は煎餅へ向かった。棚を見つめた。
「……。」
うろついている。永遠に流れてるコンビニの音楽が雑音になった。エナドリの棚を過ぎた。あ、コーヒー買わなきゃ。え?缶コーヒーどこにあったっけ?
缶コーヒーの棚を過ぎた。LEDライトに目がくらんだ。
「...いやーでも、野菜買わなきゃなー」と俺がぼそぼそと呟いた。
また煎餅の棚に着いた。買わなきゃ。 俺は煎餅の一袋を手に取ってラベルをぼんやりと見た。案の定、煎餅だ。原材料表示を見た。国産の米。醤油。砂糖、などなど。
確かに煎餅だよね。
「もう!」と呟いて俺が煎餅の袋を棚に投げた。
ぞっとするぐらい混乱してるな、俺。頬が火に浸かったように感じた。熱か?熱なのか?熱ですね。
レジへ向かっても、支払っても、頭の靄が消えない。一瞬、彼女の顔が浮かんだ。あの女って――
「あのー」
バイトが俺を疲れた目で見つめていた。
「お返しでございます」 「は、はい」
銭を握ってうろうろと出口へ向かったが、自動ドアの越しにヤンキーが見えた。
…よく見ると、ヤンキーじゃなくて、スケバンだ。
俺が一旦スマホを見て確かめた。やはり令和だ。それにもかかわらず、特攻服とロングスカートをまとっている女子不良がコンビニの駐車場でわいわいしてうろついて近所迷惑していた。赤いジャージを着た教師が来ても別に何も変に…… いや、もう妄想してる。
…そもそも、なんでおどおどしているんだろう?
深い溜息を吐いてやっと外を出た。見ようとせず目がうっとり彼女の顔へ向かった。
なんとなく『美』の漢字が浮かんだ。
その縁取りはタバコの煙に覆われても華麗に見えた。男勝りな雰囲気を醸し出しているのは意外にも美しく感じた。 タイプとかはない。でも、しいて言うのなら――
「メガネのやつー」
「うぇ?」
見ている間に茶褐色のショートパーマのスケバンが俺を見て呼びかけた。しかめっつらに些細の笑みを浮かべた。
「なーにぼっとしてんの?何見てんの?」
「い、いや、別に何も」とどもって答えた。
「へー」彼女は面白がってるように俺を見つめた。一歩を歩んで上からの目線であたかも観察してるかのように。
「なーんもかよ?じっと見てんのに?」 「何もです」 スケバンが鼻でくすくす笑って一旦佇んだ。
「じゃあ消えろや!!うろうろしてんじゃねーよバカがよ!その口を綺麗にぼっこぼこにやるや、アァ!?」
『うろうろ』のところで俺がもう走りだした。頑張って情けない声を口にしなかったが、心の中がびびって叫んでいる。
「まじでなんだ、あいつら……!?」 ぜぇぜぇとあえいでいる間俺が自分に呟いた。一旦振り向くと、ブリーチ毛先のスケバンが俺を同じ渋面で見送っていた。
なんでだろう。火が頬を追撃した。家まで走ったから、か。「ただいまー」 深い溜息を吐いてのらくら靴を脱いだ。父母が寝てるらしい。「夜更けまで起きるのはやっぱりやめようか」
コンビニの袋を台所のテーブルの上に放り投げて自分の部屋へ戻った。つけっぱなしのランプと月夜の輝きだけは明かりだ。 俺はベッドの上に転んで眼鏡を外した。寝るか、やっぱり。勉強は待てるっすね。 あの顔が浮かんだ。肌寒さの中、頬と耳朶が暖かかい。
何だ、この蟠りって?
目を閉めて考えた。この赤面。この鼓動。この気持ち。
それで思い出した。
割引券を使うのは忘れた。
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