第40話 越境捜査(B2パート)三つのゴルフクラブセット
「では
三谷の左の口角をわずかに上げた。どうやら彼の意に沿った流れなのだろう。
「まずこのスナックに来て、
「では、山口さんが出勤したときにはすでに荷物は梱包済みだったのですね」
「ああ、そうだが」
「それを証明してくれる人はいますか」
「スナックのママなら知っているんじゃないかな」
「そちらは神奈川県警に裏をとってもらいます」
「まあ、疑いはすぐに晴れるだろう」
「それでは配送業者に、センターを通さずこのまま直接送ってくれ、と指示した理由はなんでしょうか」
「高級なゴルフクラブなんでな。持ち逃げされたらかなわないし、センターで行方不明になっても困る。どうせ千代田区の配送業者を越させたんだから、そのまま送り届けさせればいいだろう」
「その配送業者の弱みでも握っているのですか」
「弱みなんて人聞きの悪い。単にチップを多めに弾んだだけだ」
「チップですか。それを渡したのは山口さんで間違いないですか」
「ええ、そうよ。優ちゃんからお金を預かって、全額業者に渡してくれって。特急料金だから、だったわよね」
「特急料金、ですか。配送業者でそんな指定ができるとは思いませんでした。今度うちでも使ってみようかな」
「じゃあ聴取はこれで終わりだな。早くカクテルが飲みたいぜ」
「長々とお時間をとってしまい申し訳ございませんでした。誰かから命を狙われているようなことがあれば神奈川県警でも警視庁でもご相談ください」
「被害者の彼女が自死に見せかけて殺されたからか」
「そういうことがないとはかぎりません。もしかしたら連続殺人事件の始まりかもしれませんので」
「よかろう。行き帰りには気をつけることにしよう。まあ自宅はここからすぐのところにあるから、まず襲われないだろうがな」
「襲撃に距離はあまり関係ないのだそうですよ。標的がひとりになる状況ならいつでもどこでも襲撃してくるもの。それが襲撃なんです」
「まあ確かに、相手が拳銃でも持っていれば店を出た瞬間に撃たれて終わりってこともあるか。じゃあ妻にでも迎えにこさせますよ」
口が達者なのはよいが、こういう輩は気持ちよく話させるにかぎる。途中で遮るとふて腐れて、以後口を開こうとしなくなる。
「それはおやめになったほうがよろしいでしょう。連続殺人犯は最初の被害者の彼女を殺害しています。ということはもしあなたが次の標的だった場合、狙われるのは奥様になる可能性が高いでしょう」
「なるほど。前例があるから俺の妻も危ない、と。しかし買い物にも行くなとも言えんしな。俺も四六時中監視するわけにはいかない」
腕を組んで首を傾げて考えているような素振りをしている。
「あ、そういえば。ここに神奈川県警の刑事さんがいましたね。あなたに妻のガードを頼めませんかね。たしか、
「具体的な脅威が示されなければ民事不介入ということで警察は話を聞くこともないでしょう。神奈川県警も警視庁ほどではないですが、多数の事件を抱えています。護衛に割けるだけの余裕はないでしょう。それにガードするだけなら民間の警備会社にでも頼んだほうが確実かもしれませんよ。彼らは警察と違って護衛するのが任務であり、そのための特殊訓練も受けていますから」
「なんだ、くだらない話を聞きに来たくらいだから、余裕があると思ったんだがな」
「ちなみに三谷さんはなにか武術の心得があるのでしょうか。腕っぷしも強そうですが」
「おっ、わかるのか。俺の筋肉が。そう、昔から空手を習っているんだ」
「道理で胸板が厚くて腕周りも発達しているんですね。ちなみに黒帯でしょうか」
「もちろんですよ。こう見えても会社経営をしながら大会にも出場しているんでね」
妻の護衛の件で不機嫌になりそうなところをなんとかごまかせたようだ。
「それでは、三谷さんがゴルフクラブを三セット送った買取店について
「ああ、千代田区にあるスリンガーって店だな。俺の友人がやっていて懇意にしているんだ。今回もクラブセットをいくつか手放したいって言ったら、ぜひうちで買い取らせてくれって。だから送ってやったんだよ」
「でも普通ゴルフ宅配便はワンセットずつ送るものですよね。なぜ三セットを一梱包で送ったのですか」
「別にゴルフ場へ送るわけじゃないからな。買取店に送るとしてもひとセットずつ送ったら手間だろう。ひとまとめにすれば重くても取り扱いは楽になるからな」
「買取店スリンガーに三セットひとまとめで送った、と。着日や時間指定はされましたか」
「いや、とくには。店になにか送るとき、普通営業時間中ならいつでも受け取れるだろう。指定する必要もない。それは配送会社も心得ているだろうからな」
都内の配送会社の営業所に集配を頼むとして、それを担当した
「おっしゃるとおりですね。開店時間内ならいつでも受け取れます」
「それに東京の集配車に任せたんだから、翌日の朝にでも配送することになっても問題はあるまい」
玲香は警察手帳をペンで叩きながらかるくうめいた。
「先ほど確認しましたが、メモを失念していたため、もう一度確認です。あなたは与田さんのことを知らないのですよね」
「ああ、知らんな。東京の配送会社のドライバーなんて掃いて捨てるほどいるだろう。いちいち顔を覚えていられるかってんだ」
「そうですよね。まあ知っていたからどうということでもないのですが。ただ、連続殺人犯の可能性があるので、与田さんには近づかないようにしてください。呼び出してもいないのにあなたや奥様、お子様のそばに現れるかもしれませんので。もし与田さんを見かけたら、至急私の携帯にお電話ください。神奈川県警と連携して身の安全を確保してもらいますので」
「そこまでしていただけるのに、妻や子どもたちに護衛はつけられない、と」
「限られた予算内で警察活動をしている関係で、どうしても人員を割けないのです。もし殺人犯が現れれば、すべてに優先しますから、強制的に動員できますので。まあ与田さんをご存じないのであれば、襲われる危険も少ないとは思います。犯行現場を見られたと思われていたり、死体遺棄の瞬間を知っていたりすれば、いずれあなたの前に現れるでしょうけど」
「まあ仕方がないか。じゃあまたなにか進展があったら教えてください。かかわった事件ですから顛末が気になりますしね」
「わかりました。それでは今日はこのへんで失礼いたします」
威儀を正して一礼する。
「あ、そうそう。三谷さんの飼い犬が亡くなったそうですね。とても可愛がっていらしたとか」
「ああ、クロのことですか。子どもたちが可愛がっていたのですが、事故に遭いまして。まさか警察の方から言葉をいただけるとは」
「命に人も動物もありません。すべての命をたいせつに扱うのが警察の務めですので」
玲香は思いついたかのように切り出した。
「三谷さんの顔写真と手の写真を撮らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「そんなものなにに使うんだ。警察はすでに俺の顔写真なんて持っているんじゃないのか」
「いえ、このフィルムカメラを本庁から支給されたんですけど、まだ撮り方を憶えられなくて。試しに三谷さんを撮影してみようかと。写真映えしそうな容貌ですし」
「俺、おだてには弱いんだよな。わかった。好きなだけ写真を撮っていいぞ」
「ありがとうございます。では顔と全身、そして左右の手のひらを撮りますね。それが終われば警視庁へ戻りますので」
玲香は扱いがわからないふうを装って、三谷の写真を撮った。そののち、近くの花や街路灯、ベンチなどを撮影すると満足したように息をついた。
「それでは本日はこれで失礼いたします」
すっと敬礼すると玲香は後ろに振り返ってゆったりとその場を後にした。露木刑事と松本巡査がそれに従う。
(第11章A1パートへ続きます)
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