第39話 越境捜査(B1パート)山口朋子

 パブの女性従業員であるやまぐちに六枚の写真を手渡した。

「あら、ゆうちゃんがいるじゃない。彼は犯人じゃないわよ。だってひと晩中、隣のスナックで飲んでいたんだから」

「へえ、優ちゃんっていうんですね、その人。被害者が電話で口論していたところを見ていた人が、被害者とこの人が一緒にいるところを見たんですって」


「それは変ね。被害者ってこの人でしょう」

 そう言っていいの写真を玲香に見せる。

「ですが、一緒にいるところを見たって人がいるのも確かなんです」


「絶対嘘よ、その証言。だって公園でこの人が電話で口論したのを見てから立ち去って、まっすぐ店に来たら、優ちゃん、スナックの前で私が来るのを待っていたんだから」

「なるほど。飯賀さん殺害と優ちゃんは無関係ですか」

 つゆ刑事が納得したかのように相槌を打つ。どうやられいの流儀に倣おうとしているらしい。


「そういえば、この優ちゃんから荷物の発送を頼まれませんでしたか。受け取りに来た集配員はこの人だと思うんですけど」

 そういって玲香はの写真を山口に示した。

「ああ、そうそう。これから配送業者が荷物を取りに来るから、来たら今から持ってくる荷物をその人に渡してくれって。中身はなにか聞いたら、昔使っていたゴルフクラブが三セット入っているって言っていたわね。重いから絶対に触らないように言われたっけ」


「ゴルフクラブが三セット。普通ゴルフクラブの配送サービスってワンセット単位ですよね。わざわざ三セットをひと括りにして出す理由はなんでしょうか」

「そんなこと知らないわ。優ちゃんに直接聞けばいいじゃない。彼、会社が終われば毎日のように直行してくるから」

「ですが、センターを通さないように直接送ってくれ、と念押しされたそうですが」

「理由は優ちゃんに聞いてよ。私は言われたとおりに渡しただけなんだから」

「それではこの人を見た記憶はありますか」

 ふたゆうづきの写真を示した。


「こんな女知らないわ。私よりグレードの低い女って憶えていないのよね。もちろん、もうひとりのこの女もね」

 山口はたてばやしゆうの写真を指で弾く。

「このふたりは私たちが追っている殺人事件の関係者なんです」


「あらやだ。こんなうぶな顔をして人を殺したなんて」

「顔で人殺しをするわけじゃないですよね」

「あら、人殺しするってことは、それだけ人を惹きつける能力があるってことでしょう。それなら殺人犯ってかなりの美形に見えるんじゃなくて」


 この論理は理解しがたい。まあ人それぞれの価値観があるから、否定して機嫌を悪くするのは得策ではないだろう。

「まあ確かに殺人犯でイケメンや美女がいなかったわけではないですからね」

 突然背後から声が聞こえてきた。


「あれ、警視庁捜査一課の刑事さんが神奈川県で捜査ですか。越権ではないのですか」

 眼の前をたにゆうが歩いてくる。玲香はすかさず内ポケットから名刺入れを取り出して一枚引き抜いた。

「あ、申し遅れました。私、警視庁捜査一課の玲香と申します」

 丁寧に腰を折って名刺を差し出した。


「へえ、捜査一課ともなれば名刺を持ち歩くものなんですか」

「あくまでも私のこだわりですね。ちょっと考えが平成っぽいと仲間からよく言われます」

「まあバブル景気の頃はあなたのような美女ならお立ち台で扇子を振りかざして踊っていらしたことでしょう」

「その頃はまだ生まれておりませんわね。それより三谷さんに写真を見ていただきたいのですが」

「ほう、神奈川県まで来て聞き込みですか。さっきも言いましたが、越権行為じゃないんですか」


「神奈川県警の許可はとっておりますので」

 つゆ刑事が警察手帳を出して示した。

「私、神奈川県警捜査一課の露木です。刑事部長から地井さんのサポートをするよう命令されています」

「なるほど、捜査協力ですか。それだけ重要な案件ということですか。ただの死亡事故じゃないんですか」


「残念ながら殺人事件と断定されています。ちなみにこの人を知っていますか」

 そういうと山口から写真を回収して、飯賀の写真を見せる。

「ええ、神奈川県警の任意聴取で何度も見せられましたから。人の平穏な家庭を破壊しようとした悪魔だな。殺されて清々するよ」


「ではこの人は」

 の写真に差し替える。

「こいつは知らないな。どんな人なんですか」

「配送会社の集配人です」

「そういえば殺しがあった日、俺はともちゃんに荷物の発送をお願いしていたっけ。朋子ちゃん、あのときの控えは持っているか」

「発送したあとすぐに渡しに行ったじゃない」

「そうだったか。酒に酔っていて憶えていないな。もう紛失したかもしれないな」


 神奈川県警が追い詰めきれなかった理由がわかった。

 ありもしない状況を完璧にでっちあげて、それを本当のように話して聞かせる性質なのだ。でっちあげているのに理路整然としているから、なかなか嘘だと見破れない。天才的な詐欺師といえる。


「宅配の集配人が複写を一枚取って会社で保管しているはずなので、発送したかどうかはそれを見ればわかりますね。露木刑事、あとで裏どりをしてください」

「それは無理だろうな。呼んだ配送業者は東京エリアを担当しているやつだ。神奈川県警が捜査できるはずもない」

 やはり尻尾を掴むのは難しい。そう思わせることが今回の任務である。三谷が侮っている間に暴けるだけ暴かなければ。


「ではこの人はどうですか」

 二木の写真を見せた。

「なかなかぐっとくる娘だな。惜しいな。俺がもう少し若ければ言い寄ったかもしれないのに」

「若ければ、ですか。ではこの人は」

 館林の写真を突きつけた。

「この女も知らんな。俺好みってわけでもなさそうだ。まあ彼氏と仲良くやってくれればいいだろう。


「最後にこの人ですが」

 市瀬の写真を見せると三谷はいきなり立ち上がった。

「こいつだ。こいつが犯人だ。俺は見たんだよ。こいつが飯賀を殺したのをな」

「殺害シーンをご覧になっていたのですか。ではなぜ警察へ通報なさらなかったのですか」


「こっちにだって仕事がある。それに警視庁は優秀だから、タレコミがなくても真相にたどり着くだろうと思ってな。俺の買いかぶりかな、地井刑事」

 一度聞くだけでは嘘を言っていないように映るが、そのほとんどが嘘っぱちである。

 だからこの手の輩は気が抜けない。





(第10章B2パートへ続きます)

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