第38話 越境捜査(A2パート)放置自動車

 れいはホームレスの女性に問いかけた。

「若い男の人が大声で話しているとき、なにか大きな音がしませんでしたか」

「大きな音、ねえ。いや聞いておらんな。男の声が大きいことはわかったんじゃが」

「それでは、配送会社の集配車が近くで停まりませんでしたか」


「いや、あのときは他には通行人がいくらかいたけど、車の類は来ておらんな。自転車は多い通りなんじゃがな」

「ありがとうございます。とても役に立ちました。それでは私たちは失礼いたします」

「ご協力ありがとうございました」

 つゆ刑事とまつもと巡査も慌てて一礼すると、玲香の後をついてきた。


さん、あの質問にはどのような意味があるんですか」

「消去法ですよ、露木さん。電話で言い争っていたとき、近くで大きな音が発生していたり、車が停まったりしていない。ということがこれでわかりましたから」

「どういうことなんでしょう」

 松本巡査も首をひねっている。


「次に川崎区のスナックとパブですね。地図は頭に入っていますが、土地勘のある松本巡査にお任せします」

「そこにはなにがあるのですか」

「先ほどの大声で喚いていた人物が川崎区へ来たかどうかを確認するのと、大きな音や車が停まるなどしていたかの確認です」


「大きな音ということは、拳銃の発射音かなにかですか。こちらでも警視庁から当該事件のデータを共有してもらっていますが、被害者は銃撃されたわけじゃないですよね」

「刃物で刺した跡がありました。であれば口をふさがない限りは大声を発するはずなんですよ。だから殺されたとしたら大声を上げても不自然にならないところです」

「じゃあさっきの公園で大きな音のことを聞いたのは殺害現場かどうかの確認ですか」

「そのとおりです。すぐに川崎区のスナックとパブが併設されているエリアに向かいましょう」

 覆面パトカーに乗って三人は川崎区へと急いだ。




「ここがご指定のスナックとパブです。どちらから聞き込みますか」

 露木刑事が尋ねてきた。

「もちろん、飯賀さんを見たという女性従業員のいるパブからです」

「はぐらかされませんか」

「それならそれで手の打ちようはあります」


「ですがこういう盛り場はお昼だと誰もいないですよ」

「誰か現れるまで周囲を見てまわりましょう。松本巡査はここでスナックとパブの従業員が来たら引き止めて連絡をください。すぐ戻りますので」

 そう言い残すと玲香はある場所に一目散に向かっていた。

「ここになにがあるんですか」

「今はなにもないでしょうね。ただ、当日容疑者のひとりがここに車を停めていた形跡があります。この付近になにか手がかりが残っていないか、確認したかったのです」


「でもありますかね、手がかり。僕なら万全の計画で動いていたなら痕跡は残さないと思いますが」

「ないならないで説明がつきますからね。あるのかないのかを確定させるだけでも捜査には有意義なんです」

 しばらく付近を探ってみても、めぼしいものは落ちていなかった。周囲に監視カメラがあればよかったのだが、そんな気の利いたものはなかっただろう。

「この自動車、チョークの文字を見ると四日前から停まったままのようですね」

「車載カメラやドライブ・レコーダーの類は付いていますか」

「はい、ドライブ・レコーダーが付いておりますね」

 つまりインターネットにつながっていない防犯カメラがあったことになる。


「この車をただちに押収して、ドライブ・レコーダーの記録媒体を貸していただけませんか」

「どうするんですか、そんなもの。まさか、ここで被害者が殺された瞬間か、運ばれる瞬間が写っている可能性がある、と」

「そうです。警視庁には優秀な解析用AIがあります。それでチェックをすれば、犯行が写っているかもしれません」


「わかりました。ただちにレッカー車を呼んで川崎警察署へ移動させましょう」

 玲香はその路上駐車されている自家用車をフィルムカメラで撮影した。

 すると露木刑事のスマートフォンが鳴った。


「松本くんか。なに、パブの従業員が現れただって。わかった。すぐに向かうから引き止めておいてください」

 通話を切った露木刑事が玲香に声をかけようとした。

「わかっています。重要参考人が現れたのですね。店まですぐに戻りましょう」

 玲香が走り出し、露木刑事がそれに付いてきた。


「私がなにをしたっていうのさ」

「ですから、四日前の夜に、幸区の公園で大声で電話している男性を見たんですよね。その話を聞きたいのですが」

「そんなの、すべて話しているでしょう。なんで何回も話さないといけないのよ」

「その男性の顔を見て、間違いないか確認したいんです」

「じゃあすぐに見せなさいよ。私だって開店準備で忙しいんですからね」

 松本巡査と女性従業員の会話を聞きながら、玲香と露木刑事は急いで駆けつけた。


「松本さん、ありがとう。えっとあなたが幸区の公園で男性を目撃したというやまぐちさんですね」

「そうだけど、それがなにか。もう話せるものは話してあるわよ」

「二、三、確認したいことがあるんです」

「確認したいこと。さっきも言ったけど、開店準備で忙しいのよ。ちゃっちゃと済ませてよ」

 玲香はバッグからフォルダに挟んであった六枚の写真を取り出した。


「この中に、あなたが見た人物を選んでほしいんですけど」

 その行為にカチンときたのか、山口は攻撃口調になる。

「私を試そうっていうの。頭にくるわね、この女」

「いないならいないでかまわないんです。この中であなたが見たことのある人を選んでほしいだけです」

「そうすればすぐに解放してくれるんでしょうね」

「お約束します」


 大きくため息をひとつついて山口は呼吸を整えた。

「わかりました。それではさっそく写真を見せてください」





(第10章B1パートへ続きます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る