第10章 越境捜査
第37話 越境捜査(A1パート)川崎市へ
「土岡警部。二木
〔二木は自殺ではないのだな。それを証明できるのか〕
「二木さんの住むマンションに顔を隠した人物が出入りしているのを突き止めました。しかも入るときと出るときで服装が一変しています。これだけだと住人が帰ってきて着替えてから再度外出したように見えます。しかしその人物はいまだに帰ってきていません。つまり犯人の偽装工作です」
そう。着替えて出ただけなら住民である可能性が高い。しかしその不審者は帰ってきていないのだ。
歩行データはある人物と一致している。だから状況証拠なら二木を殺害した犯人はすでに割れている。しかし本丸である飯賀を殺害した犯人を追い込む決定的な情報が不足していた。
神奈川県警も頑張って捜査しているのだろうが、他県での事件だからやや的外れな捜査になっているおそれがある。
玲香としても、
また、警視庁の刑事は二人一組で動くのが基本であり、神奈川県警に
〔わかった。だが
「衛藤くんですか。その際は仕方がないですね。土岡警部は指揮を執っているわけですし」
〔まあ先方としても、大人数で押しかけられて捜査を混乱されたくないと思うだろうから、ふたりよりも地井ひとりのほうを選ぶとは思うがな〕
「私もそう思っております。川崎市で距離感や目撃証言を確認すれば、おそらく飯賀さんを殺害した犯人もわかるはずです」
〔飯賀を殺したのは
「それだけでは遺体を運搬したことが証明できるだけです。殺した証拠にはなりません。どこで殺害されたのかも含めて川崎市で捜査したいのです」
〔そこまで考えているのならよかろう。すぐにねじ込んでくる。お前は先に川崎市の川崎警察署へ向かってくれ。そこで地元に詳しい刑事か巡査を道案内につけさせる。今は時間が惜しい。とにかく先手で動いてくれ〕
「わかりました。それでは先に川崎警察署へ向かいます。交渉が頓挫した場合はすぐにご連絡ください。越権を承知で単独で探れるだけ探ってきますので」
〔無茶はするなよ。それじゃあな〕
電話が切れると、玲香は
「私はこれから川崎市へ向かいます。スマートフォン以外で持っていってほしいものはあるかしら」
「そうですね。このフィルムカメラを持っていってください。ネガがあればどんな些細な手がかりでも、量子コンピュータで見つけ出すことができます。玲香さんが見逃した証拠も入手できるかもしれません」
「私の刑事としての目に疑問があるのかしら」
「そうではありませんが、人間ひとつのことに集中していると注意が散漫になりやすいので。それに捜査期間が短いですから、わずかな痕跡も見逃せないですよね」
「じゃあこのフィルムカメラは借りていくわ。あとは自動車移動になりますから、こちらが呼びかけるまでは待機していてください。走りながらの通話は事故の元ですからね」
「完全自動運転でも実現しないかぎりは、ですね」
「そういうこと。時間が惜しいから行ってきますね。留守をお願いします」
金森にそう語りかけると、玲香は事務所を出て地下駐車場へと向かった。
川崎警察署へやってきた玲香は、受付で警察手帳を見せて刑事課に話を通してもらった。すぐに男女二名がやってきた。
「警視庁の地井玲香さんですね。僕は神奈川県警の
「私は
「警視庁から自動車移動に詳しい者を付けてほしいとのことでしたので、松本に来てもらいました」
「よろしくお願いします。私が警視庁捜査一課の地井です。時間がないのでさっそく移動しましょう。ところで、警視庁側は私ひとりで問題ありませんか」
「はい、一課長からは自分たちのシマに何人もの門外漢を入れるわけにはいかない、と
「それは好都合でした。ではまず飯賀礼次さんが最後に目撃された幸区へ案内していただきたいのですが」
こうして、玲香は初めて他県での捜査を始めることになった。
川崎市幸区で聞き込みをした結果、
「ああ、あのえらい剣幕で喚き散らしていた男か。確かにこの公園に来てからすぐに怒鳴り声が聞こえてきたな。電話の相手はわからん。ただ、早く川崎へ来いと盛んに言っていたが」
「ということはその電話は恋人の
「そういえば飯賀殺害の容疑者だった二木が今朝遺体で発見されたとか。報道管制されていますから風の噂で知っただけですが」
「はい、自宅で亡くなっていたことを確認しています。私が殺したと書き置きしてですね」
「であれば、飯賀殺害はその二木だったのではありませんか」
「二木は神奈川に来ていません。ですので殺せないのです」
玲香はホームレスの女性に向き直った。
「他に気づいたことはありませんか。たとえば途中から口調が変わったとか声を潜めながら話していたとか」
「ああ、そうじゃそうじゃ。若い男が喚き散らしていたかと思ったら、急に止まって。それからひそひそ話し始めてな。もちろんひそひそだから内容はわからんがな」
「切り替わったとき、少し間がありませんでしたか。十五秒とか三十秒とか」
「おうおう、そうじゃよ。確かに少し間があったな。大声がやんだと思ったら機械の音がして、それからひそひそと話しておったな」
「何時頃かわかりますか」
露木刑事が丁寧に問いかける。
「さあ、何時じゃったろうな。時計を持っておらんので」
玲香はあたりの風景と脳内の記憶を探ってみた。
(第10章A2パートへ続きます)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます