第35話 二木夕月(B1パート)容疑者の死去

 たにふたの行動を推理している。

 とくに三谷と二木については完璧なアリバイがあるのが不思議ではある。

 普通に暮らしていて、完璧なアリバイが成立する時間は限られている。なのにふたりの人物に完璧なアリバイがあるなどありえないはずだ。

 偶然は一度だから偶然なのであって、ふたつもあれば必然である。


 三谷にしても二木にしても、与田を操って殺させて死体を移動させた公算が高い。であれば与田のスマートフォンに指図が残っているかもしれない。

「金森くん、与田さんのスマートフォンに他の容疑者から電話があったわよね。二木さんからは連絡があったのかしら」

「いえ、二木とつながるものからは一度も。おそらく二木と与田は面識すらないのではと推察します」

 金森の言うとおり、二木と与田に接点がないのは警察の裏どりでも確認されている。通話履歴やSNSでのやりとりもなかったようだ。


「これで二木さんを容疑者から外せるかもしれないわね。彼女には時間、空間、協力者が揃っていませんから」

「時間と空間と協力者ですか。確かに板橋区の自宅から移動していませんし、協力者がいた形跡もない。現状実行犯の角度が高いのは与田ですが、二木のことは知らなかったようです」

 情報が集まりつつある現状では、二木を犯人とするのは無理がある。いったん消去法で外してみて推理を進めてみるべきか。


 そう考えているとき、警視庁のつちおか警部かられいのスマートフォンに連絡が入った。


「えっ、二木さんが自殺した、ですって」


〔ああ、二木ゆうづきは、いいを殺したと書き残して、服毒自殺をしたそうだ〕

「そんなことって。二木さんに殺害は不可能です。少なくとも前夜に自分の住所のある板橋区から電話をかけて、その後は移動した記録は残されていません。板橋区から川崎市まで行って帰ってくることは不可能です。運搬役が別にいるとしても、です。仮死状態だった飯賀さんにとどめを刺したのならわからないでもありませんが、遺体発見当日の二木さんがメゾンド東京に来たのは私たちと一緒です。つまりそのときにはすでに事切れているんです。だから二木さんが犯人だとは思えません」


〔しかし遺書が出ているからな。上層部からはこのまま二木を犯人にして明日にでも捜査本部を閉じるよう要請されている。時間がないぞ〕


「その二木さんの書き置きですが、自筆ですか」

〔いや、部屋に置いているパソコンで書いてプリントアウトしたものだ。私がれいさんを殺しました。もう警察をごまかすことはできそうにありません。せめてあの世で愛する礼次と添い遂げます。以上だ〕


「事件の真相についていっさい書かれていません。普通、罪を悔いて自殺する場合、どのような手口を使ったのかを明らかにするものです。もちろん知られたくない理由や方法だったのかもしれませんが、礼次さんを今も愛しているのなら、手口を明らかにするはず。それがなく、ただ自分が殺した。もうごまかせない。死んで礼次さんのそばに。ただそれだけです。こんなものは関係者であれば誰にだって作成可能です」

〔それはわかっているんだが。上はもう捜査を終えたいらしくてな。圧力がかかっているとしか思えんな〕


 まさか神村かむら弁護士が落としていない国家公安委員会委員長、警視総監、刑事部長あたりがれいを例外にすることを阻止したいのだろうか。そんな俗物的な判断しかできないのであれば、明日までに二木を殺した犯人と、飯賀を殺した真犯人を見つけ出す以外にない。実績でねじ伏せるしかないのだ。


 二木夕月宅のパソコンで入力され、プリンタで印刷された。その程度の小細工は誰にでもできる。


「念のため、パソコンのキーボードに二木さんの指紋がついているか、確認してください。二木さんを脅して書かせたのか、殺してからなりすまして書いたのか。どちらかが知りたいので。犯人がいればおそらく手袋をしていたでしょうから、二木さんの指紋が薄くなっているはずです。また二木さんがかな入力派だったとして、パソコンがローマ字入力になっているかもしれません」

〔しかし、普段からかな入力だったのかは見分けがつかんぞ〕


「それでしたらキーボードの右下にあるアンダーバーのキー、または右上にある¥マークのキーで指紋を採取してください。どちらもローマ字入力ではまず使いません。ローマ字入力では使用頻度が低いので、入力方法が推察できます」

〔なるほど。普段使わないキーを調べれば判別できるわけか〕

「まあ今はローマ字入力が主流ですから、二木さんもローマ字入力だと判別はできないと思われます。参考情報だと思ってください」

〔わかった。それで他に気になった点はあるか〕


「こちらで二木さんの住んでいる場所の防犯カメラ映像をチェックします。不審者が写っているかもしれませんので。いたらその人物が二木さんに罪をなすりつけようとしているのがはっきりします」

〔だが、二木の自殺を打ち消す根拠にはならんだろう〕


「ですが、自殺する理由もありません。いくら書き置きをしたからといって、殺人犯が自ら命を絶つのはきわめて稀です。知らぬ存ぜぬでのらりくらりと警察の尋問をかわせば、犯人だと思われていても逃げ切れますから」

〔しかし警察に疑われて自棄になったのかもしれんぞ〕


「二木さんが犯人でも、疑われた程度で死を選ぶほど思い詰めていたのなら、もっと早くに自白しています。単独の殺人の場合、死刑になる確率はかなり低いですからね。もし痴情のもつれというのであれば懲役五年から七年あたりのはずですから。それと引き換えに死を選ぶのは馬鹿げています」

〔損得勘定では確かにそうだろう。だが、人の心は変わりやすい。二木が殺したとしても、追い詰められたとしても、いつまでも厚顔でいられるとはかぎらない〕


 そのとき、あることを思い出した。

「二木さん宅の防犯カメラ映像と、警視庁で事情聴取した市瀬さん、館林さん、与田さんの動画をチェックしていいですか。できれば神奈川県警から三谷さんの動画もいただきたいのですが」

〔それでなにかわかるのか〕


「おそらく二木さんを殺した犯人は帽子や覆面やマスクなどで顔を隠しているでしょう。しかし歩き方までは変えられないものです。カメラに写った殺人犯と、容疑者たちの歩行データを解析して正体を暴きます」

〔科捜研でテストしているあれか。お前のところでそれができるんだな〕





(第9章B2パートへ続きます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る