第34話 二木夕月(A2パート)三谷と三名の女性

 かなもりから声があがる。

たにはかなりの写真マニアですね。クラウドストレージに三万枚以上の写真が保管されています。消されたものも含めれば八万は下らないでしょう」

「ということは、さしもの量子コンピュータもお手上げかしら」

「いえいえ、こういう膨大な画像データをチェックするのは量子コンピュータのAIが得意とするところです。ただ枚数が多いので、相応のストレージを要求されているので、今はある程度他の機能を抑えてマッチングに専念させています」

「じゃあプロフィールをメールで送るのは少し遅れるのかしら」

「いえ、そのくらいなら割り込んでも問題ありません。どうせデータ自体はすでにまとまっていますから」


 ピピッ、ピー。

 量子コンピュータから電子音が流れてきた。

「どうやらマッチングが終わったようですね。あとは写っていた人物の素性を調べればいいだけですね」


「まず三谷本人と奥さんと子供さんは除いてっと。それ以外の人で多く写り込んでいるのは三名ですね。ひとりが三谷が運営する会社の女性秘書ですね。次にスナックのママ。そして大学時代の女性の同窓生ですか」

「奇しくも三人とも女性だったわけね。スナックのママは毎晩通っているようだから、写真マニアの三谷さんが多く撮影していて当たり前ね」

「そうですね。まあそのママが不倫相手だったから飯賀に脅された、のかもしれませんが」


「もしいいさんがママを不倫相手だと認識していたとしても、三谷には誤認かどうか区別はつかないでしょうね」

「つまり、三谷は本当の不倫相手を悟られていないのに、飯賀が知っていると思い込んで殺した可能性もあるってわけか」

「そういうこと。後ろ暗いところがある人は、たとえ浮気相手の素性をすべて知られていなくても、すべてを認識されたと焦るものよ」


「じゃあ、もしかすると飯賀は殺される必要もないのに殺されたのかも」

「それなら完全なとばっちりでしょうね」

「飯賀が三谷から金をもらっていたのはどういうことですか」


「誰しもタダでお金をもらえたら受け取るわよね。とくに相手が下手に出てくる場合は。つまり飯賀さんとしては脅してお金をとっている認識はなかった。おそらくだけど三谷さんの会社でなにか副業を任されてその対価として受け取った、というていをとるのではなくて」

「なるほど。経営者の三谷ならそれくらいのお膳立てはできるわけか」


「となれば、会社の女性秘書か、大学時代の女性の同窓生が不倫の本命ってことになりますが」

「ここで考えなければならないのは、飯賀さんが不倫相手に気づいていると三谷さんが思い込んでいること。であれば、わざわざ不倫相手に飯賀さんが接触するような真似はしないでしょうね」

「あ、そうか。三谷の会社で副業をしていたのであれば、三谷の女性秘書とはなにかしらの接点ができてしまう。もし彼女が浮気相手なら、彼女も脅されるかもしれない」


「そう考えれば、わざわざ危ない橋を渡る必要はないわね」

「つまり大学時代の女性の同窓生が不倫相手か。すごいですね、玲香さん。推理が的確ですよ。これで三谷の不倫の実情を暴いたも同然。もし三谷が飯賀を殺したのなら、決定打になりえますね」


「それはどうかしら。女性とはいえ、昔の仲間と会うのに妻の許可をいちいちとるものでもないでしょうから。彼女とは腐れ縁ですよ、なんて言われたらそれ以上追及はできないわね。確実な場面で捕まえないことにははぐらかされるだけです。それに三谷さんが殺したとまだ決まったわけではありません。ここまでの話は、もしも三谷さんが飯賀さんを殺したのなら、という仮定です。中には真実も含まれているでしょうが、すべてそうだとは思いづらいわね」

「ダメですか」


「たとえばさんが犯人だった場合、異なる推理ができるわよ」

 金森は俄然食いついてきた。

「どんなことが推理できますか」


「与田さんが飯賀さんが五百万円以上の巨額な借金をしていた。飯賀さんから頻繁に返済を迫られていて鬱陶しかったけど、飯賀さんが死ねば借金を返さずに済む。まあ法律的には遺族への返済義務は負うわけですが、与田さんはそこまで考えていなかったでしょう」

「では与田の犯行だとするとシナリオはどんなものですか」


「飯賀さんをあえて自身の管轄外の神奈川県に誘き出して殺害。マイナンバーカードと家の鍵を入手して、そのまま集配車の荷台に用意した大きな箱に詰め込んで搬送。遺体が冷やされていたか温められていたことを考えればクール集配車を利用していたのでしょう。温度を下げられるだけ下げて、マイナンバーカードに書かれている千代田区のメゾンド東京まで運び、台車に大きな箱を載せて飯賀さんの部屋の前に置き配する。翌日通常業務でメゾンド東京を訪れて、鍵を使って堂々と飯賀さんの部屋に死体を遺棄する。鍵は合鍵を作っていたかもしれないけど、それは些末なことね」


「なるほど。確かにその流れなら無理なく犯行が可能ですね」

 もちろんこれらは単独犯としての推理だ。もし誰かと誰かが手を組んでいたら、もっと複雑な役割分担だったかもしれない。


「三谷さんは運転できない。与田さんは神奈川県内での明確な仕事を遂行していただけ、ということもあります。その場合は三谷さんと与田さんは事件とは無関係ということになり、市瀬いちのせさんやふたさんのアリバイ証言が嘘だったおそれもあります」

「その場合は二木が殺したかもしれないわけですか」


「二木さんは自宅のある板橋区から電話をかけていたことはサーバーの通話記録を見ればわかりますし、そこから幸区か川崎区まで行って飯賀さんを殺して帰ってくることは難しいわね。それだけ大きく動けば、オービスにもひっかかるだろうし、下道を通っていたとしても量子コンピュータの防犯カメラ・監視カメラのリレー追跡を振り切るのは難しい。また二木さんの板橋区での目撃証言はほぼ切れ目なく続いているので、そのスキを縫って川崎市まで行けるかどうか。かなりの賭けをすることになるわ」


「もし二木が賭けに挑んだとしたらどうしますか」

「賭けをするには見返りが必要よ。電話で口論していた程度で賭けが始められるとは思えないわね。もしかすると目撃者全員に金品を渡して虚偽の供述をさせているのかもしれないけど。それを考慮に入れても、やはり労多くして功少しなのは確かね。ただ、人間なんて人を殺したいとか傷つけたいと思っているときに、冷静な損得勘定はしていないものよ。だからどんなに実りが少なくても、一度決意してしまうと引き返すのは難しいわ」

「二木が殺意に取り憑かれていないことを祈るしかないですね」





(第9章B1パートへ続きます)

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