第9章 二木夕月

第33話 二木夕月(A1パート)クラウドストレージ

 ようの行動が明らかになれば、彼がいいを殺したのか、遺棄したのかもわかるだろう。その場合、荷受け先である川崎区でたにゆうと接触していることも考えられる。


 そもそもあの夜、三谷が行きつけのスナックへ行き、与田がその近くに集荷に来たことが気になる。

 距離としては被害者の飯賀がいた幸区の隣にふたり揃っていたこと自体が不自然である。まるで三谷がアルコールを飲んで被害者をメゾンド東京まで送れないことを見せびらかすかのようだ。


 そのぶんだけ三谷が怪しくなるのだが、警視庁が初動で行った聴取やその後の神奈川県警の調書ではいつもこの時間にスナックへ通っていたのは確かなようだ。

 つまり三谷は夜になるとアルコールをたしなんでいたことになる。妻や子供がいるにもかかわらず、毎夜スナックへ通っているのだ。家族が反対しないのもれいには理解しづらい。アルコールを飲むためだけなら、スーパーや酒店で安く買って家で飲むほうが遥かに経済的だからだ。


 まるでなにかのアリバイを作るために、スナックへ通っているようにも映る。飯賀が三谷の不倫をネタにゆすっていたと被害者側の捜査で調べがついている。それを知り得たのは偶然かもしれないが、三谷としてはなんとしてでも口止めしたかったのだろう。であれば、永遠に口を封じる手段に出たのか。

 三谷が飯賀を殺すなら、不倫の口止めが原因だと考えられる。しかしアルコールを飲んでいるから自動車で遺体を運ぶことは不可能だ。それを逆手にとって飯賀を殺して死体を処分したのではないか。


 おそらく三谷については不倫相手を突き止めることで真相が明らかになるはずだ。

かなもりくん、三谷さんの不倫相手を突き止められますか」

「今のままでもできますが、違法で証拠にならないんですよね。任意で提供された三谷のスマートフォンを解析することで明らかになれば採用できるでしょうけど」


「三谷のクラウドストレージの写真をさらって、共通する女性が出てくるか。いや、性的マイノリティのおそれもあるから女性だと安易に決めつけないほうがいいわね。同じ人物が何枚も写っていないかをチェックしてください」


 金森が三谷のスマートフォンのアドレスを解析して、紐づけられているクラウドストレージにアクセスする。

 いくらクラウドストレージから写真を削除していても、ストレージのデータがまっさらになるわけではない。単にインデックスが書き換えられただけだ。新しいデータで埋め尽くされて初めて削除した領域に他のデータが書き込まれる。だから、クラウドストレージに余裕があれば、たとえ削除していてもデータの復元は可能である。そのことを多くのユーザーは知らない。


 だから単に削除しさえすれば証拠を消せると思ってしまうのだ。そしておそらく三谷もそこまで気がまわるタイプではなかろう。もしクラウドストレージの写真から誰か同じ人物が抽出されれば、それが裏づけられる。

 通常、利害の一致する者同士が殺人を行うのなら、双方を認識して手を組むものだ。しかしどうやら与田と三谷は面識がほとんどないのではないか。


 少なくとも与田は三谷の存在を知らない可能性がある。もし知っていれば、川崎区で荷物を受け取るときに三谷だと気づくはずだからだ。

 であれば与田の調書に三谷が出てきて不思議はない。というよりそれが自然だ。だが、調書では三谷についての言及がない。

 これは知らないのか、知っていてあえて語らないのかの択一だ。であれば。


 玲香はスマートフォンでつちおか警部に連絡をとった。

か、なにかわかったか〕

「今、三谷さんの不倫相手を探しています。それとは別にそちらで確認していただきたいことがありまして。与田に三谷の写真を見せていただけませんか」

〔与田は三谷のことなどひと言もしゃべっていないが〕


「それは三谷という名前がわからなかったからでしょう。おそらくですが、川崎区で大きな荷物を与田さんに運搬させたのは三谷さんのはずです。その荷受けに際して三谷さんが直接表に立っているか、もしくは三谷さんと懇意にしている人物を介していると推測できます。どちらかをはっきりさせるために、与田さんに三谷さんの顔写真を見せていただきたいのです」

〔つまり、三谷が殺したと考えているわけか〕


「いえ、まだそれはわかりません。三谷さんの知り合いが殺して処理を任されただけかもしれませんから。軽々に逮捕状は請求しませんように」

〔わかった。与田に三谷の写真を見せよう。他にやってほしいことはあるか〕


「お言葉に甘えまして。容疑者全員のスマートフォンを借りてきていただけますか。こちらで中身をチェック致しますので。もちろん本人の了承は得てください。拒否する場合は犯行に関与した可能性がある、とでも言えば不承不承ではあるものの提供いただけるはずです」

〔しかしロックのかかったスマートフォンは外部からはアクセスできんぞ〕


「心配ありません。かなもりくんがすでにアクセスする機能を量子コンピュータに追加済みです。それと、すでにそれぞれのスマートフォンのクラウドストレージへのアクセスを開始しています。それで見つけた証拠を裏づけるために現物が必要、というだけでもあります。まあクラウドストレージに載せていない写真やデータもあるでしょうから、そちらもこの機会に探れたら、と」

〔捜査はそこまで進んでいるのか。わかった。科捜研に相談して容疑者全員のスマートフォンを借りられないか交渉してこよう〕


「あと確認なのですが、すべての容疑者に監視はつけていますよね。誰かが誰かに罪をなすりつけるために動く可能性があります。それを阻止するためにも監視を強化してもらえれば」

〔三谷は神奈川県警に任せるしかないが、他の人物はすでに警視庁の監視がついている〕

「越権を承知で、三谷さんには警視庁も独自で監視できませんか。もし三谷さんが殺人犯であれば、必ず動くはずですから」


〔三谷は警察への不信感が強いようだからな。まあ隠しおおせると思っていた不倫を探られて苛立っていたようだしな〕

「では与田さんのマークを強化してください。三谷さんの顔を知っている与田さんが邪魔になって口封じに動く可能性もあります。その場合は三谷さんが殺人犯で間違いないでしょう」


〔地井は三谷を想定しているのか。一課では与田だろうと見ているが。その次は市瀬、二木と続いて、三谷はまったく想定していないな〕

「まだ犯人は絞りきれておりません。状況証拠を揃えながら推理をしていますが、まだ誰にでも飯賀さん殺害は実行できますので」

〔二木もか〕


「二木さんは最近交際に悩んでいたようです。ただネガティブではなく、結婚しようかどうかなようですが」

〔飯賀と結婚か。それは本当か〕

「二木さんの大学時代の知人夫婦が相談相手になっていることを確認しています。その知人夫婦から情報を引き出せれば確実なはずです」


〔それじゃあ私のスマートフォンにその夫婦のプロフィールをメールしてくれ。ただちに任意聴取に向かわせよう〕

「わかりました。では電話後すぐにお送りします。全員のスマートフォンの件、よろしくお願いします」

 通話を切ると、玲香は金森にプロフィールをメールするよう指示を出した。





(第9章A2パートへ続きます)

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