第32話 追跡(B2パート)無許可な金融業
〔
「いえ、まだ可能性を潰している段階です。被害者と同じ階に
〔量子コンピュータではわからんのか〕
「清掃活動の参加者名簿は電子化されてインターネットにアップされていたのですが、個人的な働きかけをわざわざアップする必要もありませんので」
〔確かにな。館林に聞きたいことは他にあるか。この一点だけで捜査員を割くわけにもいかんのでな〕
「でしたら、市瀬さんが部屋へ訪ねてきた時刻と立ち去った時刻、そして飯賀さんの部屋の前に大きな荷物が置かれていなかったかを聞き出してください。どちらも防犯カメラに写っておりませんでしたので。マンションの出入り口の防犯カメラには入った時刻が残されていました。マンションに入った時刻と部屋を訪れた時刻に開きがあれば、なにかがあったことを意味しています」
〔市瀬の出入りと、飯賀の部屋の前に大きな荷物か。もしかしてガイシャは大きな荷物として部屋の眼の前に置かれていたと見ているのか、お前は〕
「はい。それなら飯賀さんの部屋を訪れた時間がどうであれ、犯人は遺体を被害者の部屋に運び込めますので」
〔鍵はどうするんだ〕
「鍵自体は飯賀さんが持っていたでしょうから問題ありません。内鍵のドアガードは気にしなくてだいじょうぶです。すでにタネは割れていますので」
〔密室トリック自体は見破っているんだな。現場に壊れたドアガードを持ってこさせたのもそれを確認するためか〕
「そのとおりです。鑑識さんからドアガードを見せてもらえば、瞬時にトリックを見破れるはずですよ」
〔
「お願いします。こちらはさらに情報を精査します。また裏どりが必要になったときはお電話いたします」
電話を切ると、金森に指示した。
「今度は飯賀さんを殺すと得をする
マウスをひとつクリックする音が聞こえただけで与田と三谷のプロフィールが大型モニターに表示された。
「与田さんは飯賀さんから五百万円以上も借金をしています。その原資をたどらなければなりません。もちろん飯賀さんが持っていた資産が含まれているでしょうが、他にも二木さん、市瀬さんから借金をしていましたし、三谷さんからもお金を脅し取っていたとされていますよね。それぞれの金額を足し合わせたとき、与田さんに支払われた金額以上の原資を集めていたのかどうか」
「つまり、無許可で金融業をやっていた可能性があるわけですね」
「おそらく、ね。それなら金利も法外だったろうから、与田さんは負担に耐えかねて飯賀さんを殺したのかもしれません。仮に与田さんが飯賀さんを殺したのなら、場所は川崎市川崎区、時刻は停車した五分の間でしょう」
「確かに与田の行動はすべて追えていますから、飯賀を殺したのならそれしかありませんね。で、集配車に遺体を載せて、千代田区のメゾンド東京まで運んだ。住所は所持していたマイナンバーカードから、鍵は携行しているものを手に入れれば、たとえメゾンド東京に行ったことがなくてもなんとかなりそうですね」
「まあ、すでに殺されていて箱詰めされていた飯賀さんを、その箱に貼られていた住所まで届けて置き配した、ということもありえます。その場合、与田さんはマイナンバーカードや鍵を持っていないことになります」
「つまり他に真犯人がいて、与田は運び屋にされたわけですか」
「そういうことね。今のところ、与田が遺体を運んだことだけは立証可能なの。ただ、殺害したのと、密室に仕立てたのが誰なのか。そこはまだ不確定要素になっているわね。そこで重要になるのは、飯賀さんの部屋の前に大きな荷物があったかどうかなのよ」
「もしかして、
「当たりです。その有無によって、犯人が誰か、はっきりします」
「ということは、玲香さんなりに真犯人に目星はついているんですね」
金森の問いかけに大きく頷いた。
「ええ。大きな荷物があったかなかったか。それで誰が犯人なのかまで推理できています」
「さすがですね。でも、どうして大きな荷物があったかなかったかで真犯人が変わるんですか。遺体を運んだのは与田で間違いないんですよね」
「間違いないとまでは言い切れないんですけどね。遺体を運ぶためには自動車と台車がどうしても必要になるから、それを有している人が運搬したのだろうと目星はつけていました」
「ということは与田の身柄をただちに押さえてもらいましょう。証拠は揃っていますから」
「その証拠はどうやって集めたのかしら」
「そりゃあこの量子コンピュータを使って」
今回はそこが問題なのだ。
「宅配会社のサーバーに不法に侵入して得たデータです。裁判の際、証拠に採用されない可能性が高いわね」
「ではどうしますか」
玲香はスマートフォンを取り出してちらつかせる。
「警察に宅配会社へ出向いてもらって、サーバーのデータをチェックさせることはできるはず。任意で応じなければ捜査令状が必要になるでしょうけど。それを解析して得たデータ、というのであれば裁判でも採用できるわ」
「つまり、どんなに科学が進歩しても、人にできる思考の範囲でしか真実を判断するすべはないわけですね」
「そういうことになるわね。警察がなくならない理由かもしれないけど」
「まあこいつはまだインターネットにつながった情報しか集められませんからね。ロックされたスマートフォンを解除せずに中を見られるシステムは組み込みましたけど、まだ場数を踏んでいませんから」
「じゃあ土岡警部に頼んで被害者と容疑者全員のスマートフォンを持ってきてもらいましょう。それを確認すればある程度真実が見えてくるはず。ただ、先ほども言いましたが、所有者から許可を得ずに中を覗くことになります。これで得た情報は推理の参考にはなっても証拠にはなりません」
「そうなんですね」
金森は肩を落としている。捜査の最前線という自負があったのだろう。
「まあ、情報の存在と相手がわかれば、本人から聴取すればいいだけですから。今回はあくまでも量子コンピュータと私の推理力のテストケースです。いずれそれなりの確度にまで高められるでしょうし、時代が追いつけば証拠として扱えるようになるかもしれないわね。そう落胆するものじゃなくてよ」
(第9章A1パートへ続きます)
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