第31話 追跡(B1パート)どこが犯行現場か

 の集配車が停まっていた場所は交差点が多い。これは信号待ちだろう。どれも一分も経たずに動き出している。

 そのまま追っていくと、集配車は川崎区のとある場所で五分弱停まっていることがわかった。場所はたにが飲んでいたスナックの近くだ。おそらく三谷が依頼したものを積み込んでいるところなのだろうか。

 問題はなにを積み込んだのかと、どこへ運んだのかだ。


「もしかして、いいを乗せて千代田区に送り届けた、とか」

「ない話ではないわね。飯賀さんの帰りの手段がわからない以上、知人に送ってもらったと考えるのは自然ですから。ただドライブレコーダーに飯賀さんが写っていればという話になるでしょうけど」

 ちょっと確認します、と金森は端末を操作している。


「川崎市に入ってからのドライブレコーダー映像には飯賀は写っていませんね。ということは与田は飯賀殺しとは関係ない、ということでしょうか」

「では誰が飯賀さんを幸区から千代田区へ運んだのか。それを考えないといけないわね」

ふたに送ってもらった、なんてことはないですよね」

 二木は直前まで被害者の飯賀と電話で口論していた人物である。


「飯賀さんと電話で口論していたとすれば、すぐに迎えに行って拾って帰ったとは思えないわね。ただ、そうしなかった明確な理由にはならないだろうから、二木さんの供述次第ではありますが。調書では二木さんは自宅から電話して以降外出はしていなかったので、二木さんが飯賀さんを送ったとは思えないのよね。二木さんの行動履歴をチェックしても、外出はしていないんでしたよね」


「はい、口論し始めたのも自宅ですし、通話が終わっても自宅を出ていません。念のためスマートフォンを置いて外出したのだとしても、自家用車での移動もオービスなどで確認されていません」


 いったいいつ飯賀さんは殺されたのか。どこが犯行現場なのか。それがわからないと犯人を特定しようがない。

 飯賀さんの目撃証言は幸区で止まっているが、犯行現場は幸区なのか、隣の川崎区なのか。その場合、与田と三谷が殺害に関与しているのかもしれない。

 もし千代田区のメゾンド東京で殺されたのだとしたら、誰に可能なのか。恋人の二木、第一発見者の市瀬いちのせ、その彼女のたてばやし、宅配会社の与田あたりは誰でも可能だろう。ついでに言えば飯賀と二木の恩師であるたかもやってやれないことはないはずだ。

 ここまで挙がっている関係者の中で唯一、三谷には不可能である。彼はその夜、川崎市から一歩も出ていないことは確認されているからだ。ただ翌日の遺体発見時刻の前に千代田区へ赴いていることも量子コンピュータが割り出している。



 推理が煮詰まっている。ここはいったん消去法で考えるべきだろう。

 被害者の飯賀れいが死んで損をする人物は誰か。

 まず付き合っていてお金を貸していたふたゆうづき。彼女は飯賀が死ねば将来の伴侶になるかもしれない男性を失うし、貸した金も返ってこない。これでは損ばかりではないか。他に結婚したい男性がいたということだろうか。それで飯賀が邪魔になった。


「金森くん、二木さんの交友関係を洗ってください。飯賀さん以外の男性と懇意にしていたかどうかを知りたいので」

「つまり二木が飯賀を見限っていたか調べるわけですね。えっと。大学時代のサークル仲間の男女が頻繁に彼女と会っているようです。そのふたりはすでに結婚しているようですね。飯賀のことを相談していたかもしれません」

「このふたりについては考えなくていいでしょう」

 飯賀と二木の恩師である高田ふみは、教え子同士が結婚するという祝いたくなるような出来事を迎えていた。飯賀を殺せばその歓迎ムードに水を差す。他になにか損得が発生しているのかははっきりとしない。あとで高田のプロフィールをチェックする必要があるだろうか。


 第一発見者の市瀬かいは飯賀に金を貸していたのだから、彼が死ぬと貸した金が返ってこない。いくら督促しても返さないことに逆上して衝動的に殺した、と考えるのもなかなか難しい。

 そもそも玄関の鍵はかかっておらず、内鍵のドアガードだけがかかっていた。どうやってドアガードにトリックを仕掛けたのか。それに必要なものを持ったまま恋人の館林優子の部屋を訪れていたとは考えづらい。

 もしかしたらドアガードなど最初からされておらず、市瀬が壊したように装ったのかもしれない。ただ、肝心のドアガードには細工を施した形跡が残されていた。市瀬が壊してしまったらそのトリックを仕掛けた意味がない。

 とはいえ、当初は市瀬以外を第一発見者に仕立てようとしたが、誰も現れなかったので仕方なく市瀬が第一発見者になったとも考えられる。その場合は自分でトリックを仕掛けて自分で台無しにしたわけだが、まさか仕掛けた本人が壊したとは誰も思わないだろう。


 市瀬の恋人であり被害者と同じ階に住んでいる館林ゆうが仮に飯賀を殺したとすると、市瀬が金を貸していたことを知っていれば利益相反になってしまう。知らなければ館林本人が飯賀から迷惑を被っていたくらいしか動機がない。しかし捜査線上に浮かんでこないということは、飯賀に脅されていたり迷惑をかけられたりしていた情報はないのだろう。


「金森くん、館林優子さんのプロフィールも作成してください。おそらく無関係でしょうが、無関係ならそれを確定させる情報が揃うはずです。思い込んで調べないのがいちばんよくありませんので」

「館林のプロフィールはすでに出来ています。市瀬のものにリンクが張られていますので、そこから入ってください」

 指定して調べた人物だけでなく、関連した人物の情報も自動的に収集する能力はさすが量子コンピュータというところである。


 さっそく館林のプロフィールをプリントアウトして赤ペンでチェックを入れる。

 館林と飯賀には同じ階に住んでいる以外の情報がない。もちろん恋人の市瀬と飯賀の金銭問題はあるものの、館林自身は飯賀を殺すメリットはない。単純に殺人を犯しただけであり、実刑は免れないという損にしかならないのだ。

 年齢も二十七歳の飯賀と二木より三つ下の二十四歳で、仮に同じ中学高校に進んだとしても同じ時期に在籍しているわけがない。小学校まで遡っても、館林は群馬県出身であり、東京都の飯賀と二木とは接点が見出だせない。

 あとはメゾンド東京でどれほどの顔見知りだったのか。マンションとはいっても自治会は存在し、第三日曜日には住人たちでマンションの周りや地域の清掃活動を行っている。

 自治会名簿のリンクから地域清掃の参加者一覧をチェックすると、館林は毎月欠かさず清掃活動に従事している。参加者一覧には飯賀がいる月もあるが、毎月ではないようだ。

 であれば、館林が飯賀へ清掃活動に毎月参加するように働きかけていたとしたら。接点があるとすればそのくらいか。





(第8章B2パートへ続きます)

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