第8章 追跡

第29話 追跡(A1パート)帰る手段は

 事務所で次なる情報を待っていると、つちおか警部から連絡が入った。川崎市にいたいいが千代田区の自室に戻った形跡が追えないというのだ。


〔ガイシャは自動車運転免許を持っていなかった。だから公共交通機関を使ったと思われるんだが。幸区での目撃証言からすると時間が遅いからバスは難しいだろうし、電車は最寄りの駅から防犯カメラの映像を検証させたが見つからなかった。となればタクシーかと思ってタクシー業界に連絡して当日の乗客をチェックさせたんだがヒットしなかった〕

「それらはこちらの量子コンピュータで探したほうが早かったですね。かなもりくんに飯賀さんが使いそうな交通手段を洗わせます」

 金森は端末の前に腰かけると、れいの指示を待った。


「金森くん、飯賀さんが目撃された幸区からどうやって千代田区の自室へ戻ったのか。追跡できそうですか」

「そうですね。電車、バス、タクシーといったあたりなら探せます。ライドシェアだと手間がかかりそうですが。すべてのライドシェアにインターネットとつながった車載カメラが付いているわけでもありませんから。今はタクシー会社がライドシェアの車両を管理していますから、タクシー会社のサーバーに入ればまだなんとかなるんですけど。将来的にはなんらかの追跡手段をライドシェアの車両に搭載させないと、犯罪の温床になりかねませんね」

 口を動かしつつ、金森は量子コンピュータに集めてくるデータの指定を行っていた。


「バスを使われるのがいちばん困るんですよね。車載カメラの画質と画角が悪くて個人を判別しづらいですから」

「夜だから乗客自体は少なそうだけど」

「そうですね。まずバスを探しましたがヒットしませんでした。電車は幸区の最寄り駅だけでなくその周辺と、メゾンド東京の最寄り駅とその周辺を検索させています。そろそろ結果が出る頃ですが。出ました。電車で調べたすべての駅で飯賀は見つかりませんでした。もっと範囲を広げますか」


「いえ、わが家へ帰るのにわざわざ最寄り駅から遠く離れた駅を利用するとは思えないわ。健康のためでもたいていはひと駅ですから」

「そうですね。タクシーのサーバーをチェックしましたが、幸区から千代田区へ向かったタクシーは二台しかありませんね。どれも女性客で飯賀とはつながらないようです。念のため川崎区から千代田区を検索しました。三台ですが関係ないようですね」

「となると残るはライドシェアか。聞こえましたか、土岡警部」


〔ああ、聞いていた。ライドシェアだと探すのは骨だな。タクシー会社にGPS情報の提供を頼んでひとつずつ当たるしかない〕

「それでしたら量子コンピュータに任せてください。金森くん、ライドシェアの車両をすべて追跡してください。これがダメなら白タクか友人か犯人かに運ばれたはずです」

「すでに始めています。ちなみに同時並行で逆についても調べさせています」


〔逆を調べる、とはどういうことかね、金森くん〕

「飯賀が幸区へ来た手段です。普通なら電車で来たら電車で帰りますし、タクシーで来たらタクシーで帰りますよね。なので幸区に行った手段がわかれば、帰る手段も推察できるはずです」

〔おお、さすがだな。君の言うとおりだ。わざわざ異なる手段で移動する人は少ないだろう。で、結果は出たのかね〕


「はい、今出ました。まずライドシェアで帰宅した件ですが、一件もヒットしませんでした。ライドシェアで遠くまで移動する人が少ないのもあるんでしょうね。で、飯賀が幸区へ行った手段ですが、電車と徒歩ですね。つまり電車に乗って帰るのが普通だということです」

〔電車で、か。最寄り駅は鹿島田駅あたりか。乗り換えに武蔵小杉駅を使っているだろうから、そこから映像を提供してもらえば通過時間もわかるわけか〕


「警部のスマートフォンにどの駅の何時の映像をもらってくればよいのかをメールしますので、そちらを参考にして取り寄せてください。これで手間が省けるはずです」

〔ありがとう。助かるよ。じゃあメールを待っているぞ。、捜査本部には入れないがその事務所から事件を解決できたら上へのアピールになるはずだからしっかりやれよ〕

 土岡警部からの電話が終わると、金森がメールを送信し終わったところだった。


 すると短いチャイムが鳴った。

「次はたにの供述調書ですね。AIに整理させます」

 さすがに三度目ともなると、指示されなくても同じフォーマットの供述書に仕上がった。玲香は大型モニターでそれをチェックする。


「三谷さんは飯賀さんと、昭和ポップス専門のカラオケサークルで知り合った。三谷さんはながぶちつよし、飯賀さんはざきゆたかのファン。でもどこのサークルかしら。三谷さんは川崎市住まいで、飯賀さんは千代田区住まい。接点が不可思議なんだけど」

「大田区にあるカラオケサークルらしいですね。中間地点ですからそれほど不可思議ではないかと」


「でも移動時間を考えたら、普通住んでいる街のサークルに入ると思うんだけど」

「プロフィールによると三谷は川崎市の前に大田区で暮らしていたようですね」

「それは把握しています。ですが移動時間が30分もあればサークルの人数と立場次第ですが一、二回は多く歌えるはず。そのメリットを捨ててまで大田区のカラオケサークルに通うのは無理があるわ」


「では千代田区の飯賀が大田区のカラオケサークルに通っていたのはなぜでしょうか」

「飯賀さんの実家が大田区にあります。おそらく幼い頃から通っていたのではないでしょうか。それだけ愛着があった、とか」

ふたさんはカラオケサークルのことを知っていたのかしら」

 大型モニターのタッチパネルを操作して情報を探す。


「どうやら警察は聞いていないようね。まあ二木さんが知っていたとしても、三谷さんと面識があった、くらいの情報にしかならないからでしょう」

「三谷が川崎市へ引っ越してからも同じサークルに所属していたかったのも、飯賀と同じく愛着があったからでしょうか。それとも目当ての人物がいたとか」

 目当ての人物、か。確かに下心があれば多少不便でもそこに通い続けるかもしれない。


「誰が目当てだったのかしら」

「調書には載っていませんね。そこまで突っ込んで聞かなかったようです。警察は不思議に思わなかったってことですか」

「まあ接点があった、という事実で三谷さんを犯人として見なせますから」


「でも普通、犯人だと思えば、どういう関係なのかとかトラブルはなかったのかとか聞きますよね」

「三谷さんが黙秘している可能性もあるわね。目当ての人が女性であれば、恋心が芽生えてってことになりますから。結婚してお子さんもいる三谷さんとしては、女性目当てでカラオケサークルに通っていたと家族に知られるわけにはいかないでしょうし」

「ということは、三谷はそのことで飯賀に脅されていた可能性はありませんかね。ある女性と懇意にしていると奥さんに知らせるぞ、とか」





(第8章A2パートへ続きます)

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