第28話 関係性(B2パート)なぜ大金を知り得たか

いいふたの恩師であるたかはどうですか」

 かなもりれいに提案してきた。


「十年くらい前に熱心に面倒を見ていたから、飯賀さんの裏の顔にも気づいていた可能性もなくはないとは思うけど。たとえば飯賀さんがさんに強い圧力で借金の返済を迫っている姿を目撃した、とか。飯賀さんが孤立していた理由も養子をからかわれてのものだから、お金が絡むと人が変わるかもしれないわね」

「養子だと金遣いが荒くなるんですか。ちょっと想像できないんですけど」


「言い方が悪かったわね。飯賀さんは養子でとくに兄弟からは爪弾きにされていたのよ。父母もそんな兄弟を止めるでもなく。見かねた母方の祖父が死亡保険の受取人に礼次さんを指定していたのよね。つまり唯一の味方であった祖父の死亡保険金を与田さんに貸し付けていたのだとすれば、逆上するのも無理はない、という話ね」

「なるほど。かわいがってくれた祖父の死亡保険金が元手であれば、確かに取り立ても厳しくなりそうですね」

「でも、なんで与田さんは飯賀さんにお金があると知ったのか。そこも謎なのよね」


「確かに。都会の一等地の賃貸物件に住んでいるとはいえ、どれだけ金銭に余裕があったのかなんて普通なら誰にもわからないですよ。僕だって飯賀さんが大金を所持していたとは思いませんから」


 これまでの登場人物の関係図から考えられるのは。

「まず、飯賀さんが祖父の死亡保険金を手に入れた。それで飯賀家から独立してメゾンド東京に引っ越した。そのことは恋人の二木さんや恩師の高田先生には伝えてあった。飯賀さんが言い触らしたのでなければ、二木さんか高田先生から他人の耳に保険金のことが漏れた可能性がある。その遠くない先に与田がいて、金に困っていた与田が飯賀さんに金を貸してくれるように頼んだ」

「それならつながりそうですね」


「そうでもないのよ。飯賀さんが大金を保有していたことを、与田が誰から聞いたのか。これがわからないとこの推察は成立しないの」

「それこそたになんじゃないですか。なにかのきっかけで三谷は飯賀が成金だと知った。それを与田に教えて金を借りさせた。そのとき金利を高くふっかけるように仕向けて、高利貸しとして三谷は飯賀を脅した。警察に通報すれば高利貸しとして逮捕されるぞ。通報しない代わりに金を出せ、と」

「ない話ではないわね。三谷さんと与田さんの関係を洗わないといけないけど」


 短いチャイムが鳴った。

「おっと、警察が調書をアップデートしたようですね」

 手早い操作で大型モニターに内容を映し出した。そこに書かれていたのは。

市瀬いちのせさんが飯賀さんにお金を貸していた、ですって」


「新情報ですね。事実なら市瀬は被害者を殺す動機があったことになります」

「貸付金の管理はインターネットに上げていなかったってことよね」

「そうですね。飯賀が市瀬から金を借りていたことはどこにも記されていませんでしたから」

 となれば、市瀬は飯賀から取り立てようとして殺した可能性も出てくる。

 飯賀が与田から取り立てようとしていたことに関係しているのか。もしかしたら、飯賀が与田に貸した金の原資は、祖父の死亡保険金ではなく市瀬から借りていたということかもしれない。


「もし市瀬さんが飯賀さんを殺してしまったら、貸したお金は返ってこないわけだから単純に損するだけなのよね。まあ飯賀さんの遺産相続の際に、市瀬さんが金を貸していたことを明らかにすれば、応分は取り返せるかもしれません。そもそも飯賀さんがそれだけの金額を持っていたことを知っていたらの話ですが」

「玲香さんとしては、飯賀が市瀬に殺されたとは考えていないのですか」


「第一発見者としては普通の対応ではあるのよね。飯賀さんの部屋から大きな音がするので抗議しに行った。ドアを叩いても返事がない。ドアノブをひねると扉が開いたがドアガードがかかっているので中に人がいると想定できる。隙間から中を見ると、なにかが染みついたカーペットの上に人のようなものが倒れているのを発見する。その場に居合わせた人たちと協力してドアガードを壊して中に踏み込んで飯賀さんの遺体を確認する。そして警察と救急に連絡する」


「確かに淀みがないですね。すべて決まり切った手順のようにさえ思えます」

「ここまで完璧だとかえって疑念を招くものなんだけど。でも冷静に行動すればたいていこういう流れになるのよね。だから警察も市瀬真犯人説にはならないんだと推察するけど」

「玲香さんでも市瀬真犯人説は支持しないんですか」


「貸した金を返してもらえていないのに殺すとしたら、よほどの恨みが必要なのよ。それこそ周囲の人が気づくくらいのね。今回は市瀬さんの恋人である館林さんや、飯賀さんの恋人である二木さんなら気づいていていいはず。証言がないということは、そういうものがなかった証左でしょう」

 そう。市瀬に関する館林さん以外の証言がないのだ。


「だから借金を返してもらえなかったと、市瀬さんが警察に打ち明けることになったのでしょう。そう考えれば市瀬さんが真犯人とする説には無理があるわね」

「無理がありますか。僕は第一発見者が真犯人って説が有力だと思っていたのですが」

「今のところは、という注釈が付きますけどね。もし新たな証言や証拠が見つかれば、市瀬さんが真犯人だったと結論づけるかもしれないわ」

「ということはまだ保留する段階ですね」

「そういうこと」


 またしても短いチャイムが鳴った。

「えっと、次は二木夕月の調書が更新されていますね」

 金森が淡々と伝えた。

「内容を大型モニターに出してください」

 注文するとすぐに表示された。先ほどの作業をAIがさっそく憶えたのだろう。


「二木さんも飯賀さんに金を貸していた、ってどういうこと」

「調書だとスマートフォンでの口論の内容は、貸した金を返してくれないことで言い争いになっていたってことですね。いくら督促してもナシのつぶてだったそうです。第二対象者からの聴取で明らかになったとか。だから金を返さない飯賀を殺害したのでは、と。被害者宅の合鍵も持っていますから、状況からして、彼を殺したと思い込んだ二木が外から鍵をかけた。でも、まだ息のあった被害者が内鍵をかけてから死んだとも判断できる。というのが見立てのようですね」


「しかし、十年来の付き合いが金の貸し借りだけで壊れるものかしら。それだとよほど恨んでいたことになるんだけど。ふたりの恩師だった高田先生の話を聞いてきたけど、互いを慈しむ間柄だって証言していたのよね」

「十年も経てば人は変わりますよ。高校生もじゅうぶん大人になる。子供がいてもおかしくない年頃ですからね」


 確かに十年も変わらない間柄でい続けるほうが難しいかもしれない。飯賀にとって祖父の次であるふたりめの理解者も、時が経てば変貌してしまう。いつしか険悪になり、疎遠になっていく関係のほうが多いのではないか。

 そう考えれば、十年というのはひと区切りつく頃合いともいえるだろう。


「玲香さんとしては二木真犯人説は支持できないんですか」

「感情としては、ね。状況証拠から見れば、ない話じゃないわ。ただ、計画性があったかどうか。電話をしていたときに飯賀さんが川崎市にいて、それを目撃されていたのを知っていたのか織り込んでいたのか。そうしないと疑いが自分に向かうのは明らかですからね」


 どれだけの計画性がある事件なのか。それ次第で真犯人が変わってくるような予感を玲香は覚えていた。





(第8章A1パートへ続きます)

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