第26話 関係性(A2パート)二木のアリバイ
「
「確かに筋は通るわね。では二木さんが飯賀さんを殺したのはどこかしら」
「それは遺体発見現場である飯賀の部屋ですよね」
「密室を作り出した理由は」
「ドアガードをかけていないと、合鍵を持っている二木が真っ先に疑われるから」
「ではドアガードをかけておきながら、ドアの鍵をかけていない理由は」
「それもやはり合鍵を持っているから。ドアの鍵が開いていれば、鍵を持っていない者が犯人だと思わせられますよね」
「いちおう、筋は通っているのよね」
あまりにトントン拍子で推理できるのがかえって怪しい気もするのだが。
「でしょう、玲香さん。やっぱり二木が犯人ですよ」
「じゃあ、どうやってドアガードをかけたのか、わかる」
「それこそ
金森の推理は素人としては鋭いところを突いているような気がする。確かにその可能性は否定できない。今までの捜査では被害者の飯賀と容疑者との関係だけを調べたに過ぎない。容疑者同士のつながりがなかったと断定するにも情報が足りない。
容疑者はひとりなのか複数名なのか。そこも徹底的に洗わなければならないが、量子コンピュータではわからないだろう。ここは地道に足で情報を稼ぐしかない。
「
「わかりました。それにしても玲香さんでも犯人を暴くのに時間がかかるんですね。地井さんから敏腕刑事と聞いていたので、今回も犯人をズバリ指摘するものだと思っていました」
「推理はゲームじゃないわ。間違えたらその人の人生がめちゃくちゃになりかねない。絶対に間違えられないの。だから警察は地道に情報を収集して、確信を持って犯人を名指しする。絶対に逃げられないように追い詰めていくのよ。今、容疑者の四人は参考人として聴取に応じているだけ。それも容疑者として聴取するとタイムリミットがあるからね」
玲香はスマートフォンを取り出して土岡警部を呼び出す。
〔
「二木さんの調書を早く電子化していただけますか。それとは別に頼み事なんですけど。容疑者それぞれになにか関係性がないかを調べていただきたいのですが」
〔容疑者同士につながりがあると見ているのか〕
「あくまでも可能性ではあるのですが、もし容疑者が裏でつながっていたら、真犯人をひとりに絞ることが難しくなるおそれがあります」
〔まあ、容疑者は四人だから裏を探るのはそう難しくはないだろう。課員を割いて調べさせよう〕
「お願いいたします。こちらも量子コンピュータでつながりを探っています。もしなにかヒットしたらただちに土岡警部にご報告いたします」
〔わかった。それじゃあ情報を待っているぞ。ちなみに二木だが、遺体発見当日のアリバイがなかった。俺とお前がエレベーターで二十階へ上がるときに同乗しているが、それ以前の動きがわかっていないんだ。地井のところで調べられるか〕
「遺体発見当日の二木のアリバイですね。こちらでスマートフォンの動きを追跡してみます。その過程で二木の目撃証言があれば、彼女のアリバイは成立するということでかまいませんか」
〔そうだが。というか地井は二木が真犯人ではないと見ているのか〕
「それを確定させるためにも、容疑者同士のつながりを洗う必要があるのです。飯賀さんと二木さんの恩師である
〔あとでその高田先生について聞かせてくれ。こちらでも聴取したいからな〕
それぞれ頼みごとをしてから電話を切った。
「金森くん、聞いてのとおり、二木さんの遺体発見当日のアリバイを探してほしいんだけど。彼女のスマートフォンを追えるかしら」
「えっと、問題ないですね。今は警視庁から出て大通りを歩いています。ここから戻せばいいんですよね」
金森に追跡を頼むと、玲香は一度頭をリセットするために炭酸水のペットボトルを自室へ取りに行った。
戻ってくると金森は得られたデータを読みやすくする変換作業をしていた。すでにデータそのものは取得できているようだ。AIがまだ知らない手順だから、金森が一からやり方を教えているのだろう。
「玲香さん、二木の裏がとれました。昨夜電話で飯賀と口論したのち、自身の住むマンションへ直行しています。それから二木らしい人物は出入り口の防犯カメラに写っていません。変装しているとわかりづらいのですが、その様子もなさそうです」
「変装していても歩き方には人それぞれ差があるといいます。どんなに似ている影武者でも歩行データはよくて七十パーセント台の一致率らしいし。本人でも八十パーセントくらいなら一致するとされているみたいですね」
「それ、面白そうですね。ぜひAIに組み込みましょう。警視庁の監視カメラに写っている容疑者の歩行データを採取して、他の場所での歩行データと突き合わせる。その結果を学習してからメゾンド東京の出入り口映像と比較する。これで一致率次第になりますが、犯人が絞り込めるかもしれません」
なるほど。歩行パターンを抽出できれば、今後の捜査にも役に立つだろう。
今から学習を始めるとして、量子コンピュータでいつ頃歩行データの分析ができるようになるか。それ次第で捜査の大きな分水嶺となるはずだ。
だが、今は警察が地道に容疑者同士のつながりを確認している最中だ。
こればかりは防犯カメラや監視カメラに写っていなければ情報を採取できない。昔ながらに警察の足で情報を集める。アナログが過ぎると言われるだろうが、人の噂はコンピュータには入力されない。直接人に当たらなければ聞き出すことは不可能だ。
玲香はそこにこそ刑事の矜持があるような気がしていた。
どんなに自動化された世界であっても、泥臭い捜査で真相を暴く。どんなにAIがすぐれても、警察はなくならないだろう。コンピュータでカバーできないところがある以上は。
(第7章B1パートへ続きます)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます