第7章 関係性

第25話 関係性(A1パート)市瀬と二木

 いいれい殺害における第一の容疑者は、第一発見者である市瀬いちのせ海斗かいある。


「まず市瀬が真犯人だとすれば、これまでの行動からどんな事情を汲み取れますか」

 かなもりの興味は量子コンピュータかられいの推理に傾いているようだ。

「捜査の鉄則にまず第一発見者を疑えとあります。第一発見者は密室を作り出すのに最も適した人物だからです」

「具体的にはどのようなことをしたと考えられますか」


「遺体発見の現場に居合わせることで不都合なものをその場で隠したり、特定の誰かを貶めるために細工したりできるのよ。その気になればどんな状況や、ありえない密室を作り出すために犯人が第一発見者を装うことが多いの。たとえば内側から鍵がかけられていたように装って、第一発見者のふりをして実は密室でなかった現場をあたかも密室に見せかける。これは第一発見者だからこそ採りうる作戦よ」


「そう考えると、第一発見者の市瀬はそれだけ警察にマークされているということになりますが」

「ただ、市瀬さんの彼女であるたてばやしゆうさんの証言を見ると、犯行時刻、というより飯賀さんが川崎市幸区で口論していたときから、遺体発見までの間は館林さんの部屋で一緒に過ごしていたそうですね」

「普通恋人同士の証言は参考になりはしても、採用されないのではないですか」


 問題はまさにそこだ。もし恋人でなければこれ以上ない鉄壁のアリバイである。

 しかし情を通じた相手であれば、市瀬の犯行を隠蔽しようとして嘘を供述しないともかぎらない。


「警察では館林の言いぶんは採用されないのかな」

「そう。参考にはしても採用はしないの。恋人同士という利害が一致する関係だから」

「恋人同士で採用されないとしたら、友達とか仕事仲間とかの供述はどうなんですか。どちらも利害関係者ですよね」

「友達や仕事仲間の証言なら採用される可能性が高いわね。恋人関係は一対一が基本だから、市瀬のすべてを手に入れたい館林さんが市瀬さんを全力で後押しすることは考えられるわ。でも無二の親友ならいざ知らず、ただの友達だったり仕事仲間だったりという関係はそれほど密じゃない。善悪をきちんと客観的に判断できるから、その証言は信用するに足るわね」


「市瀬がいちばん信頼している恋人の証言が、実はいちばん信頼ならないというのは気の毒ですね」

「そうとも言えるんだけど、逆に考えると、市瀬さんか館林さんは飯賀さんの遺体が玄関先に置かれていたことを証言できるかもしれないのよ」

「そうか。館林の部屋は飯賀と同じ二十階。もしかしたら見ているかもしれませんね。さっそく裏をとってみますか」


「いえ、これはまだ仮説にすぎないわ。もし飯賀さんの遺体が彼の玄関先に置かれていたとして、それから市瀬さんがその後に館林さんの部屋へ向かったのか。館林さんが市瀬さんを待っている間に何度も廊下に出ていたのか。このふたつのいずれかで飯賀さんの入っていた大きな荷物に気づけたかもしれない。もちろん同じ階の別の住人にもその可能性はあるわ」


「となれば、量子コンピュータではのぞけない範囲の住人ということになりますから、警察の聞き込みに頼るしかありませんね」

「そういうこと。量子コンピュータは飯賀さんとおぼしきものを見つけるのが先よ」

「わかりました。玄関を通過した人物だけでなく、なにか大きな荷物が運び込まれていないかもチェックしてみます」


 市瀬海斗は現場のドアガードを壊したことから真犯人ではないのだろう。おそらくなんらかの痕跡は残っているはずだ。残っていなければスマートフォンの電源を落としていたおそれもある。


「ぶり返しますけど、なぜ細工されたドアガードを破壊したことで市瀬が容疑者リストから外れるんですか。市瀬が自分で仕掛けて、自分で壊したのなら、やはり市瀬が犯人だと考えるのが矛盾しないと思いますよ」

「市瀬さんはドアガードに細工していないわよ。それをするには道具か腕力が必要なの。市瀬さんは筋骨隆々でなく優男タイプだから、おそらく細工は不可能。まあ道具を持っていれば別なんだけど。その場合は女性の館林さんも二木さんも容疑者リストに載ります。それを所持していた、または購入した形跡があるのに家探ししても出てこない場合は、という注釈は付きますけどね」

「女性が持っているのが奇異な道具ってことですか」


 通常の女性は持っていないはずだ。一部の物好きが趣味にしている可能性は残るが。そのあたりは警察の裏どりで明らかになるだろう。


「そのふたですが、彼女には電話で飯賀と口論してからのアリバイがありません。もちろんアリバイがあるから犯人ではない、アリバイがないから犯人だというつもりはないのですが」

「それは一面の真理をついているわね。ただ、今回の場合密室殺人を偽装するような犯人よ。鉄壁のアリバイがあって然るべき。アリバイがなければすぐに疑われますからね。ドラマなんかだと、たいていの真犯人はまったくの無関係を装ったり、命を脅かされていたなんて理由づけられますが。あんなの捜査のイロハも知らない下手な脚本家の仕事としか言いようがないわね」


「じゃあコロンボ警部が真犯人を追い詰めるとき、まず完璧に思えるアリバイを崩しにかかるのって、コロンボ刑事のカンだけなんですか」

「まあ、コロンボは警部補なんだけど、それは置いておいて。完璧なアリバイこそ、密室殺人や偽装殺人においてセットで必要になってくるものなのは確かね。本来殺人は衝動犯が多いから、アリバイなんてないのが当たり前なんだけど。その場合、現場に証拠を残してしまいますから、すぐに真犯人を特定できます」


「でも、今回は密室だから用意周到。つまり完璧なアリバイを用意して警察の追及をかわそうというのが狙いだったわけですね」

「それこそ警察の捜査の裏をかくため、あえてアリバイを用意しなかった可能性もあるわね。金森くん、二木ゆうづきさんの電話で口論した日と翌日の飯賀さんが遺体で発見されるまでのアリバイを徹底的に洗ってください。プロフィールにある彼女の自動車の型式やナンバープレートでオービスなどの映像で調べるのよ」


 恋人だった二木が飯賀を殺すとは思えない。だが男女の仲は他人には推察しづらいものだ。

 一日一日の積み重ねで、不満が殺意まで成長しないともかぎらない。普段仲が良いと思われていた関係ほど、わずかなことでいびつになる。

 玲香の勘は二木犯人説は成立しないと叫んでいる。

 しかし、確実に裏をとらなければただの刑事の勘で捜査を終えて迷宮化して未解決事件となることが多い。

 だから刑事の勘が訴えかけているほど、慎重な裏どり捜査が欠かせない。

 その結果、確実に捜査線から消えるのが正しい捜査のあり方だ。





(第7章A2パートへ続きます)

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