第23話 容疑者たち(B1パート)細工の痕跡

 れいは電話でつちおか警部と話を続ける。


「たとえばチンピラを殺すのは、そのチンピラに脅されていた被害者かもしれませんが、実はそのチンピラから暴力を振るわれていた妻かもしれませんよね。全体で見れば脅されていた人物の利益のほうが大きいのだけれど、暴力から逃れられるという一点において妻は利益を享受できます。必ずしも最大の利益を享受する者が犯人とは限らないということです」


〔そう言われればそうだな。警察としては最大受益者を重点的に調べるが、外れたこともたびたびだ〕

 土岡警部から情報を得たことにするため、お願いしてみる。


「第一発見者の市瀬いちのせの供述はわかりますか」

「ああ。調書によると、十五時頃に遺体を発見したそうだ」

「二十一歳の東都大学生ですよね。記憶しています。試しにドアノブを回したら開いたそうですが、ドアガードがかけられていたようですね。で、重ねてのお願いなのですが、鑑識に頼んでその市瀬さんに壊されたドアガードと証拠を撮るためのカメラを現場まで持ってきてもらえますか」


〔地井は市瀬が犯人だとにらんでいるのか〕

「いえ、違います。ただ、それを証明するためにもドアガードをあらためて調べることです」

〔わかった。それじゃあ鑑識はこちらが手配するから、お前は現場に直行してくれ。こちらはふたの聴取に戻るからな〕

「ありがとうございます。捜査に有益な情報がつかめるよう努力いたします。では失礼致します」


 通話を切ると、玲香は黒いスーツの襟を正した。

「金森くん、私は遺体発見現場に向かいますので、なにかありましたらスマートフォンに連絡してください。私が戻るまでに二次対象者の絞り込みを終わらせてもらえると手間が省けるんだろけど」

「努力します」

 カードキーでドアロックを解除すると、玲香は地下駐車場へと向かった。




「鑑識さん、ご足労願ってすみませんでした。頼んでいたものは持ってこられましたか」

「はい、刑事。壊されたドアガードとカメラです。これでなにをしようというのですか」

「さっそくお借りしますね」

 玲香は鑑識からドアガードを受け取ると、付属しているネジ山を確認した。

 やはり、か。


「鑑識さん、ドアガードのネジ山をアップで撮影してください。それとドアガードが取り付けられていたドアと壁もお願いします」

 ドアガードの四つのネジ山を確認すると玲香は取り付けられていた場所を念入りに調べた。

 こちらもか。


 これで市瀬海斗の犯行説は否定できるだろう。もちろんこれをやったうえでドアガードを壊した可能性もある。しかし、密室殺人に見せかけるためには、ドアガードを壊して入るのでは効率が悪い。

 警察が来るのを待って彼らに壊させたほうが鉄壁のアリバイを手に入れられるはずだからだ。


「地井刑事、ドアと壁の写真を撮りますので」

「よろしくお願いします。それが終わり次第、壊されたドアガードを取り付け位置に合わせてみます。その写真も撮れば本庁に帰って精査してください」

「わかりました。それではさっそく撮影します」

 ドアガードを取り付け位置の近くまで持ってきた鑑識は、そこで奇妙な感覚にとらわれた。

「地井刑事、どういうことでしょうか、これは。今までまったく気づきませんでした」


「まあドアガードの壊れ具合を見れば、まさかそんな細工がしてあったなんて考えもつきませんからね。これまで鑑識さんが気づかなかったのも無理はありません」


 これが密室トリックの正体だ。あっけないほど簡単である。


 第一発見者だろうと警察だろうと、ドアガードを壊してくれれば証拠は残らないと踏んだのだろう。もちろん現場保全のために鑑識が呼ばれてドアガードを撤去したとしても同様だ。それだけ狡猾な仕掛けだったのは確かだ。


「いったい誰が細工したのでしょうか。やはり第一発見者が怪しいと見ていますか」

「いえ、第一発見者の市瀬さんはこの仕掛けを知らなかったからドアガードを壊して入ったのだと思います。一種の正義感ですね」

 市瀬はおそらくこのからくりには気づいていないはずだ。もし彼が仕掛けたとすれば、ドアガードを壊すはずがない。

 不自然な形でトリックが露見しかねない。そもそも玲香が気づいたくらいだ。現場百遍は捜査の基本。だからいつかは誰かが気づいていたはずである。


「では交際相手の二木でしょうか」

 玲香は鑑識に断って土岡警部へ電話した。


〔地井か。現場を調べてみてなにか収穫はあったか〕

「はい、おそらく最大の収穫だと思います。これで犯人を一気に絞り込めるはずです。ただ、裏どりには時間がかかるでしょうから、捜査と並行して関係者の事情聴取は予定どおり進めてください」

〔じゃあ応援の刑事に裏どりは任せよう。で、なにを調べればいいんだ。ああ。わかった。容疑者たちの自宅とホームセンター、インターネットショップを洗わせよう。だが、それが見つかったとして、使われた形跡までわかるのか〕


「おそらくわからないでしょう。ただ、アリバイを崩すことはできるので、突きつければ決定打になるに違いありません」

〔決定打、か。それで、真犯人は誰だと見ているんだ〕


「それはまだわかりません。推理するには情報が不足しています。調書を電子化していただければこちらのコンピュータから閲覧できますのでそちらを急ぐように指示してください。聴取の動画がリンクされているとなお助かるんですけど」

〔俺からせっついておこう。今はえいとうが二木から話を聞いているところだ。すでに第一発見者の市瀬の調書は電子化されているはずだが〕

「これから事務所に戻って閲覧しますので、できれば二木さんの調書もすぐに電子化しておいてください」


〔それにしても、本部庁舎外からサーバーの中身が見られるというのはあまり喜ばしいことではないな〕

「まあ、量子コンピュータだから可能なだけですからね。金森くんレベルのスーパーハッカーなら時間さえかければのぞけるとは思いますが」


〔ということは、本庁のサイバーセキュリティ対策本部に、本庁サーバーの防御レベルを上げるよう進言しておくか〕

「オススメいたします。どれほど厳しくしても量子コンピュータならあっという間に突破できますので、実質本庁とうちでしか覗けないくらいがちょうどよいでしょう」


 玲香は電話を切ると、鑑識にあいさつして現場をあとにした。





(第6章B2パートへ続きます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る